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ハンバーグ
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「ねえ、新しい冷蔵庫が欲しいの」
流しに向かい、俺に背を向け、夕食の準備をしながら妻がそんなおねだりをしてきた。
「冷蔵庫って、今ある奴じゃダメなのか?」
「うーん、あれでもいいけど、私達、共働きでしょう。私も仕事をしているから、週に何度も買い物に行くのが大変なの。大きい冷蔵庫なら、買いだめできるから……できるなら、大きな冷凍庫付きの物がいいのだけれど」
妻の言う事は分からなくもない。けれど、残念ながら、ウチはそこまで裕福な方ではない。無駄な出費は控えたい所だ。
妻は、こちらを見もしないでしきりに手を動かしている。どうやら今夜はハンバーグのようだ。
「あと、空気清浄器も欲しいわ」
「空気清浄器? お前、花粉症だったっけ?」
「いいえ。でも、気付かなかった? 最近、寝室が臭いのよ。湿気のせいじゃないかと思うのだけれど」
「そうか? 俺は気にならないけどなあ」
「私の方が匂いに敏感なのかもね。でも、これから梅雨に入るでしょう。もっとひどくなると思うの。それに、きれいな空気の方がいいでしょう?」
「いや、そりゃあった方がいいかも知れないが……そうだ。洗濯機はどうした。調子悪いって言ってなかったか?」
「ああ、あれ。あれは大丈夫よ。たまに止まるけど、本当に時々だから」
女というのは分からない。なんだって、今必要な物よりも、あれば便利な物を優先するのだろう?
「あと、お風呂場のリフォームもしたいわ。なんだか、タイルの目地に、真っ赤なカビがついているのよ」
昨日入ったとき、赤いカビを見たかどうか考えてみたが、記憶はなかった。
そういえば、俺が帰ったとき、妻はちょうど風呂掃除を終えて浴室から出てきた所だった。掃除で汚れに集中していたから、俺より余計に気になったのかも知れない。
「それに、もっと大きな湯船なら、もっと気持ちいいと思うの」
「おいおい、どんどん要求が大きくなっていくじゃないか」
そんな冗談を言いながら俺はぼんやりと妻の背中を見つめた。明るいショートカットの髪に、細身の体。ぺたぺたと肉の形を整え終えた妻は、フライパンを乗せたコンロに火をつけた。
「そういえば、あの嫌なママ友はどうした?」
またおねだりの品が増えないうちに、俺は多少強引に話題を逸らせた。
妻には、反りの合わないママ友がいるらしい。高校時代に同級生だった女性らしいが、何かにつけて妻と娘に嫌がらせをしてくるらしい。最近の妻の愚痴といえば、もっぱらその女性の事だった。
「二、三回広告の着物モデルをしているからって、ちょっと顔がいいのを鼻にかける嫌な奴」とは妻の談だ。
「ああ、あれ? あの人ならもういいのよ」
フライパンに落とされた肉が、ジュウっと音を立てる。
「もうってどういう意味だ?」
「あの人、急に行方不明になったの」
「なんだって?」
「旦那さんが警察にとどけ出たんだけどね。ほら、やっぱり、あんまり真面目に捜索してもらえないようよ」
「おおかた、浮気相手の所に転がり込んでるとかじゃないか」
「そうかもね」
召し上がれ、と妻は焼き立てのハンバーグをテーブルに置いた。
箸で切り分けたハンバーグの中に、黒く細い物を見つけ、俺は一瞬手を止めた。
「おい、髪の毛が入ってるぞ」
「あらごめんなさい」
俺は、指でつまんで髪の毛をひっぱりだした。まっすぐな、艶のある黒髪だった。
「なんだ、これ。こんなに黒くて長い髪、俺の物でも、お前の物でもないよな」
「あら、ほんと。嫌だわ、きっとスーパーの店員さんの物でしょう」
何がおかしいのか、くすくすと妻は笑った。
「ねえ、本当に冷蔵庫を買ってよ。実は、行方不明になる前に、その人からたくさんお肉をもらってしまって少し困っているのよ。冷凍庫に入りきれない分は、小分けにしてクーラーボックスに入れて寝室の押入れにしまっているのだけれど……」
流しに向かい、俺に背を向け、夕食の準備をしながら妻がそんなおねだりをしてきた。
「冷蔵庫って、今ある奴じゃダメなのか?」
「うーん、あれでもいいけど、私達、共働きでしょう。私も仕事をしているから、週に何度も買い物に行くのが大変なの。大きい冷蔵庫なら、買いだめできるから……できるなら、大きな冷凍庫付きの物がいいのだけれど」
妻の言う事は分からなくもない。けれど、残念ながら、ウチはそこまで裕福な方ではない。無駄な出費は控えたい所だ。
妻は、こちらを見もしないでしきりに手を動かしている。どうやら今夜はハンバーグのようだ。
「あと、空気清浄器も欲しいわ」
「空気清浄器? お前、花粉症だったっけ?」
「いいえ。でも、気付かなかった? 最近、寝室が臭いのよ。湿気のせいじゃないかと思うのだけれど」
「そうか? 俺は気にならないけどなあ」
「私の方が匂いに敏感なのかもね。でも、これから梅雨に入るでしょう。もっとひどくなると思うの。それに、きれいな空気の方がいいでしょう?」
「いや、そりゃあった方がいいかも知れないが……そうだ。洗濯機はどうした。調子悪いって言ってなかったか?」
「ああ、あれ。あれは大丈夫よ。たまに止まるけど、本当に時々だから」
女というのは分からない。なんだって、今必要な物よりも、あれば便利な物を優先するのだろう?
「あと、お風呂場のリフォームもしたいわ。なんだか、タイルの目地に、真っ赤なカビがついているのよ」
昨日入ったとき、赤いカビを見たかどうか考えてみたが、記憶はなかった。
そういえば、俺が帰ったとき、妻はちょうど風呂掃除を終えて浴室から出てきた所だった。掃除で汚れに集中していたから、俺より余計に気になったのかも知れない。
「それに、もっと大きな湯船なら、もっと気持ちいいと思うの」
「おいおい、どんどん要求が大きくなっていくじゃないか」
そんな冗談を言いながら俺はぼんやりと妻の背中を見つめた。明るいショートカットの髪に、細身の体。ぺたぺたと肉の形を整え終えた妻は、フライパンを乗せたコンロに火をつけた。
「そういえば、あの嫌なママ友はどうした?」
またおねだりの品が増えないうちに、俺は多少強引に話題を逸らせた。
妻には、反りの合わないママ友がいるらしい。高校時代に同級生だった女性らしいが、何かにつけて妻と娘に嫌がらせをしてくるらしい。最近の妻の愚痴といえば、もっぱらその女性の事だった。
「二、三回広告の着物モデルをしているからって、ちょっと顔がいいのを鼻にかける嫌な奴」とは妻の談だ。
「ああ、あれ? あの人ならもういいのよ」
フライパンに落とされた肉が、ジュウっと音を立てる。
「もうってどういう意味だ?」
「あの人、急に行方不明になったの」
「なんだって?」
「旦那さんが警察にとどけ出たんだけどね。ほら、やっぱり、あんまり真面目に捜索してもらえないようよ」
「おおかた、浮気相手の所に転がり込んでるとかじゃないか」
「そうかもね」
召し上がれ、と妻は焼き立てのハンバーグをテーブルに置いた。
箸で切り分けたハンバーグの中に、黒く細い物を見つけ、俺は一瞬手を止めた。
「おい、髪の毛が入ってるぞ」
「あらごめんなさい」
俺は、指でつまんで髪の毛をひっぱりだした。まっすぐな、艶のある黒髪だった。
「なんだ、これ。こんなに黒くて長い髪、俺の物でも、お前の物でもないよな」
「あら、ほんと。嫌だわ、きっとスーパーの店員さんの物でしょう」
何がおかしいのか、くすくすと妻は笑った。
「ねえ、本当に冷蔵庫を買ってよ。実は、行方不明になる前に、その人からたくさんお肉をもらってしまって少し困っているのよ。冷凍庫に入りきれない分は、小分けにしてクーラーボックスに入れて寝室の押入れにしまっているのだけれど……」
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