戸棚の中の骨

三塚 章

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共通項

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 六つの死体を前に、糸村は物思いにふけっていた。死体は年齢も性別も、国籍すらも違っていた。共通しているのは同じ日、同じ場所、同じ木で首を吊ったこと。
 確かにネット自殺というのは一昔前にはやったが、ここまで国際的になるなんて。もっとも、様々な国がネットで繋がれている以上、国境を越えて死の道連れを探すのも不思議ではないのかも知れない。
 検察官である糸村は、身元が分かるまでこの遺体を預かる事になっていた。異様な事件なだけに、念の為の司法解剖もありえる。そうなったら、六つの死体の着物も持ち物もはぎとらなければならない。
 ふと、若い青年の死体のトレーナーが捲くれあがっているのに気づく。土で汚れた裾から、手術の跡が見えた。
「手術をして健康を手に入れても自殺しては意味がないだろうに」
 書類に書き込もうとした糸村は、眼鏡を忘れた事に気がつき事務室へ戻った。
 解剖室と続き部屋になっている事務室は、ドアの横に解剖室が見渡せる大窓がついていた。だが今はカーテンが引かれ、何となく薄暗かった。
 机の上に新聞と一緒に置かれた眼鏡を手に取ったその時、その見出しが目に入ったのは偶然だったのだろうか。
『誘拐、かなり大掛かりな組織関与か』
 記事によると、海外で大規模な誘拐グループが摘発されたという。そのグループはアシのつき安い身代金の要求をせず、さらった人間を解体し、臓器として売買していたらしい。
 ふと、さっき見た傷口を思い出す。腹のど真ん中にできた「人」の字に似た傷口は、肝臓移植でできる物だ。
 肝臓、心臓、腎臓、角膜、肺、血管。人体のうち再利用できる臓器は六つ。解剖室に寝ている死体も六つ。残りの五人にも、何かしら移植手術の跡があったとしたら?
 生ある物のいない解剖室で、かすかな音がした。水が、でなければ血がしたたるかすかな音。
 糸村は不吉な想像を振り払おうとした。が、開けるなと言われた箱をのぞきたくなるように、忌わしい想像をやめることができない。
 心臓は記憶する。他人に移植された心臓は、もとの持ち主の記憶を持っている事がある。ある患者が酒好きの心臓を移植されたら、飲めない酒を飲むようになったという記録もある。
 ビシャリ。滴る液体は、その量を増しているようだった。
 もし、移植された臓器のそれぞれが、新しい持ち主を操るほどの意思を持っていたとしたら。一つの体から無理やり離ればなれにされた物達が望むことはなんだろう? また一つに、いや、また「一人」に戻りたいとは思わないか?
 乾いた喉が痛んだ。
 やわらかい物をかき回すような音が解剖室から響いた。音源は、一つ二つと増えている。音の原因を、確かめなければならない。
 そんなはずはない。あるはずはない。糸村は、汗ばむ手をノブにかけた。
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