18 / 31
共通項
しおりを挟む
六つの死体を前に、糸村は物思いにふけっていた。死体は年齢も性別も、国籍すらも違っていた。共通しているのは同じ日、同じ場所、同じ木で首を吊ったこと。
確かにネット自殺というのは一昔前にはやったが、ここまで国際的になるなんて。もっとも、様々な国がネットで繋がれている以上、国境を越えて死の道連れを探すのも不思議ではないのかも知れない。
検察官である糸村は、身元が分かるまでこの遺体を預かる事になっていた。異様な事件なだけに、念の為の司法解剖もありえる。そうなったら、六つの死体の着物も持ち物もはぎとらなければならない。
ふと、若い青年の死体のトレーナーが捲くれあがっているのに気づく。土で汚れた裾から、手術の跡が見えた。
「手術をして健康を手に入れても自殺しては意味がないだろうに」
書類に書き込もうとした糸村は、眼鏡を忘れた事に気がつき事務室へ戻った。
解剖室と続き部屋になっている事務室は、ドアの横に解剖室が見渡せる大窓がついていた。だが今はカーテンが引かれ、何となく薄暗かった。
机の上に新聞と一緒に置かれた眼鏡を手に取ったその時、その見出しが目に入ったのは偶然だったのだろうか。
『誘拐、かなり大掛かりな組織関与か』
記事によると、海外で大規模な誘拐グループが摘発されたという。そのグループはアシのつき安い身代金の要求をせず、さらった人間を解体し、臓器として売買していたらしい。
ふと、さっき見た傷口を思い出す。腹のど真ん中にできた「人」の字に似た傷口は、肝臓移植でできる物だ。
肝臓、心臓、腎臓、角膜、肺、血管。人体のうち再利用できる臓器は六つ。解剖室に寝ている死体も六つ。残りの五人にも、何かしら移植手術の跡があったとしたら?
生ある物のいない解剖室で、かすかな音がした。水が、でなければ血がしたたるかすかな音。
糸村は不吉な想像を振り払おうとした。が、開けるなと言われた箱をのぞきたくなるように、忌わしい想像をやめることができない。
心臓は記憶する。他人に移植された心臓は、もとの持ち主の記憶を持っている事がある。ある患者が酒好きの心臓を移植されたら、飲めない酒を飲むようになったという記録もある。
ビシャリ。滴る液体は、その量を増しているようだった。
もし、移植された臓器のそれぞれが、新しい持ち主を操るほどの意思を持っていたとしたら。一つの体から無理やり離ればなれにされた物達が望むことはなんだろう? また一つに、いや、また「一人」に戻りたいとは思わないか?
乾いた喉が痛んだ。
やわらかい物をかき回すような音が解剖室から響いた。音源は、一つ二つと増えている。音の原因を、確かめなければならない。
そんなはずはない。あるはずはない。糸村は、汗ばむ手をノブにかけた。
確かにネット自殺というのは一昔前にはやったが、ここまで国際的になるなんて。もっとも、様々な国がネットで繋がれている以上、国境を越えて死の道連れを探すのも不思議ではないのかも知れない。
検察官である糸村は、身元が分かるまでこの遺体を預かる事になっていた。異様な事件なだけに、念の為の司法解剖もありえる。そうなったら、六つの死体の着物も持ち物もはぎとらなければならない。
ふと、若い青年の死体のトレーナーが捲くれあがっているのに気づく。土で汚れた裾から、手術の跡が見えた。
「手術をして健康を手に入れても自殺しては意味がないだろうに」
書類に書き込もうとした糸村は、眼鏡を忘れた事に気がつき事務室へ戻った。
解剖室と続き部屋になっている事務室は、ドアの横に解剖室が見渡せる大窓がついていた。だが今はカーテンが引かれ、何となく薄暗かった。
机の上に新聞と一緒に置かれた眼鏡を手に取ったその時、その見出しが目に入ったのは偶然だったのだろうか。
『誘拐、かなり大掛かりな組織関与か』
記事によると、海外で大規模な誘拐グループが摘発されたという。そのグループはアシのつき安い身代金の要求をせず、さらった人間を解体し、臓器として売買していたらしい。
ふと、さっき見た傷口を思い出す。腹のど真ん中にできた「人」の字に似た傷口は、肝臓移植でできる物だ。
肝臓、心臓、腎臓、角膜、肺、血管。人体のうち再利用できる臓器は六つ。解剖室に寝ている死体も六つ。残りの五人にも、何かしら移植手術の跡があったとしたら?
生ある物のいない解剖室で、かすかな音がした。水が、でなければ血がしたたるかすかな音。
糸村は不吉な想像を振り払おうとした。が、開けるなと言われた箱をのぞきたくなるように、忌わしい想像をやめることができない。
心臓は記憶する。他人に移植された心臓は、もとの持ち主の記憶を持っている事がある。ある患者が酒好きの心臓を移植されたら、飲めない酒を飲むようになったという記録もある。
ビシャリ。滴る液体は、その量を増しているようだった。
もし、移植された臓器のそれぞれが、新しい持ち主を操るほどの意思を持っていたとしたら。一つの体から無理やり離ればなれにされた物達が望むことはなんだろう? また一つに、いや、また「一人」に戻りたいとは思わないか?
乾いた喉が痛んだ。
やわらかい物をかき回すような音が解剖室から響いた。音源は、一つ二つと増えている。音の原因を、確かめなければならない。
そんなはずはない。あるはずはない。糸村は、汗ばむ手をノブにかけた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
不思議と戦慄の短編集
羽柴田村麻呂
ホラー
「実話と創作が交錯する、不思議で戦慄の短編集」
これは現実か、それとも幻想か――私自身や友人の実体験をもとにした話から、想像力が生み出す奇譚まで、不可思議な物語を集めた短編集。日常のすぐそばにあるかもしれない“異界”を、あなたも覗いてみませんか?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
扉の向こうは黒い影
小野 夜
ホラー
古い校舎の3階、突き当たりの隅にある扉。それは「開かずの扉」と呼ばれ、生徒たちの間で恐れられていた。扉の向こう側には、かつて理科室として使われていた部屋があるはずだったが、今は誰も足を踏み入れない禁断の場所となっていた。
夏休みのある日、ユキは友達のケンジとタケシを誘って、学校に忍び込む。目的は、開かずの扉を開けること。好奇心と恐怖心が入り混じる中、3人はついに扉を開ける。
未明の駅
ゆずさくら
ホラー
Webサイトに記事をアップしている俺は、趣味の小説ばかり書いて仕事が進んでいなかった。サイト主催者から炊きつけられ、ネットで見つけたネタを記事する為、夜中の地下鉄の取材を始めるのだが、そこで思わぬトラブルが発生して、地下の闇を彷徨うことになってしまう。俺は闇の中、先に見えてきた謎のホームへと向かうのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる