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一時間前に
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毎月恒例の、サークル仲間との飲み会の時期が近づいてきた。幹事として、俺は店のチョイスと予約を終えて、あとは集合日時の連絡を皆にするだけだった。
メールを書き終え、一斉送信しようとした所で、ふと指が止まった。
シンジ。
こいつは遅刻常習犯で、毎回毎回遅れてくる。その上「遅れた分楽しんでないから、その分まけてくれるよね」などとのたまう。それに、俺の憧れのハルカとつきあっているというのも気にいらない。
だったら、こいつだけ集合時間を一時間だけ早くしてやれ。そうすればシンジが遅れて家を出ても、ちょうどいい時間につくことになるだろう。珍しく遅れずに一時間早くついたとしても、それはちょっとした罰という奴だ。
俺はシンジの文面だけを変えてお誘いのメールを送ることにした。
当日、そろそろ準備をしようか思い始めたころだった。くだらない番組を見ながらだらだら支度するのがオレの癖で、ベッドの枕元からリモコンを見つけだす。
シンジはもう出発しただろうか? オレが教えた嘘の時間に着くつもりなら、今ごろもう××線の電車の中のはずだけれど。
そのとき、スマホが着信音をならした。発信者はシンジだった。にやにやしながら電話をとる。
「おお、シンジ。どうした」
外からかけているようで、雑踏が聞こえる。シンジは何か言っているようだったが、声が遠くてわからない。
「聞こえないよ、なんだって?」
オレはTVのスイッチをいれた。
画面いっぱいに、転覆した車両が映っていた。どこかにぶつかったのか、金属性の壁は
紙みたいにまくれあがり、荷物と血痕の散乱した電車内が見えた。まわりには、ブルーシートが敷かれ、毛布にくるまれた人らしきものが並べられていた。救急車が赤いランプを点灯させて何台もとまっていた。
アナウンサーが出来るかぎり落ち着いた声をだそうと努力している声で告げている。
「繰り返します。今日午後七時ごろ、××線で電車脱線事故が発生しました。原因は不明です。多くの死傷者が出ている模様です。詳細が分かりしだいご報告いたします。繰り返します。今日午後……」、
スマホからは、ただ、まわりの音だけが流れている。
『おい、こっち運べ!』
『もしもし、わかりますか! お名前は?』
『おい、野次馬こっち入るんじゃねえよ!』
オレのせいだ。体の震えがとまらない。オレがきちんと本来の時間を教えておけば、シンジはこの電車に乗らずにすんだのに。
担架に運ばれる男の姿をみて、オレは細い泣き声をもらした。額から血を流す男は、たしかにシンジだった。両腕をだらりと担架から垂らしている。
ザザッと耳にあてたままのスマホからノイズが走る。
「ひでえよ、嘘つき」
かすれたようなシンジの声だった。
TVはスタジオに切り替わった。
画面のハシから突き出された手から紙束を受け取ったアナウンサーが、うつむき加減で読み上げる。
「いま、死亡した方のお名前が入ってきました。漢字は不明です。ムライ ヨシミさん、イジマ アキコさん、ヨシダ シンジさん……」
メールを書き終え、一斉送信しようとした所で、ふと指が止まった。
シンジ。
こいつは遅刻常習犯で、毎回毎回遅れてくる。その上「遅れた分楽しんでないから、その分まけてくれるよね」などとのたまう。それに、俺の憧れのハルカとつきあっているというのも気にいらない。
だったら、こいつだけ集合時間を一時間だけ早くしてやれ。そうすればシンジが遅れて家を出ても、ちょうどいい時間につくことになるだろう。珍しく遅れずに一時間早くついたとしても、それはちょっとした罰という奴だ。
俺はシンジの文面だけを変えてお誘いのメールを送ることにした。
当日、そろそろ準備をしようか思い始めたころだった。くだらない番組を見ながらだらだら支度するのがオレの癖で、ベッドの枕元からリモコンを見つけだす。
シンジはもう出発しただろうか? オレが教えた嘘の時間に着くつもりなら、今ごろもう××線の電車の中のはずだけれど。
そのとき、スマホが着信音をならした。発信者はシンジだった。にやにやしながら電話をとる。
「おお、シンジ。どうした」
外からかけているようで、雑踏が聞こえる。シンジは何か言っているようだったが、声が遠くてわからない。
「聞こえないよ、なんだって?」
オレはTVのスイッチをいれた。
画面いっぱいに、転覆した車両が映っていた。どこかにぶつかったのか、金属性の壁は
紙みたいにまくれあがり、荷物と血痕の散乱した電車内が見えた。まわりには、ブルーシートが敷かれ、毛布にくるまれた人らしきものが並べられていた。救急車が赤いランプを点灯させて何台もとまっていた。
アナウンサーが出来るかぎり落ち着いた声をだそうと努力している声で告げている。
「繰り返します。今日午後七時ごろ、××線で電車脱線事故が発生しました。原因は不明です。多くの死傷者が出ている模様です。詳細が分かりしだいご報告いたします。繰り返します。今日午後……」、
スマホからは、ただ、まわりの音だけが流れている。
『おい、こっち運べ!』
『もしもし、わかりますか! お名前は?』
『おい、野次馬こっち入るんじゃねえよ!』
オレのせいだ。体の震えがとまらない。オレがきちんと本来の時間を教えておけば、シンジはこの電車に乗らずにすんだのに。
担架に運ばれる男の姿をみて、オレは細い泣き声をもらした。額から血を流す男は、たしかにシンジだった。両腕をだらりと担架から垂らしている。
ザザッと耳にあてたままのスマホからノイズが走る。
「ひでえよ、嘘つき」
かすれたようなシンジの声だった。
TVはスタジオに切り替わった。
画面のハシから突き出された手から紙束を受け取ったアナウンサーが、うつむき加減で読み上げる。
「いま、死亡した方のお名前が入ってきました。漢字は不明です。ムライ ヨシミさん、イジマ アキコさん、ヨシダ シンジさん……」
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