戸棚の中の骨

三塚 章

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怖い話をしよう!

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「じゃあさ、なんか怖い話でもしない?」
 ブランコに腰掛けながらユカが言った。
「いいねえ、夏らしくて」
 暁弘(あきひろ)がニヤニヤ笑いながら同意する。
「ええ? 私はそういうの、好きくないです……」
 美貴(みき)は軽く眉をしかめながらいった。
「いいだろ、どうせヒマなんだし。大体こんな真っ昼間の公園で話したってたいして怖くねえって。じゃ、いいだしっぺからどうぞ」
「はいはい。怖いわよ〜覚悟してね」 
 そう念を押してユカが語り始めた。

 これはある女子高生の話なんだけどね。その娘(コ)――仮にA子とでもしておきましょうか――に友達がラインで話かけて来たの。「こんなおまじない知ってる?」って。そのおまじないなんだけどね。
『高校近くの地下道に、人の顔みたいなヒビがある。深夜、その地下道に行って、誰にも見られないようにその顔に願い事を言うと叶う』っていう物なの。
 半信半疑だったんだけど、A子はその頃ちょうど先輩に片思いをしていた。その友達もそれを知っていたから、噂を教えてくれたんだと思ったの。
 その義理もあるし、もし本当だったら儲け物だし、ということでそのコは真夜中に家を抜け出して地下道へむかった。壁には確かに顔のようなヒビがあった。そして、普通なら誰もいない時間なのに、男が三人待ち構えていたの。それからそのコがなにされたかは詳しく言わなくてもわかるでしょ? ヤられちゃったのよ。
 あとで分かったんだけど、その友達はうまく女の子を人気(ひとけ)のないところに呼び出した報酬ってことで男達から何万かもらってた。つまりはA子はソイツに売られてたってわけ。
 彼女は、それを苦に首を吊って自殺した。
 その後よ。三人の男が事故を起こしていっぺんに死んじゃったのは。そして残った例の友達だけどね。留守番している時に泥棒とハチあわせして、お腹を刺されたの。
 犯人が逃げたあとも意識はあって、そばにスマホがあったのに、なぜか119番しなかったの。ううん、かけた記録はあったのに、どういうわけかつながらなかったのね。何度も何度もかけたのに、なぜか。そして、彼女が死んだ時間、ラインに死んだはずのA子からメッセージが届いていたの。
『ザマミロ ザマミロ ザマミロ ザマミロ ザマミロ ザマミロ……』

「こ、こわいいい!」
 美貴が学生鞄を抱きかかえて言った。
「ていうか、友人極悪すぎだろ……なんかそれこそザマミロでスカッとして、あんま怖くないな」
 暁弘が呆れたようにいった。
「え~」
「じゃあ、次俺な」
 そう言って暁弘は話し出した。

 ある若い男がいた。そいつはとある工場で働いていたんだ。必要な道具を倉庫から持ってくるのはそいつの役目だった。バイトだけど中堅で、どこに何があるのかちゃんと覚えていたし、かといって「もってこい!」なんて偉そうに言える立場でもないし。
 その日も、脚立を使って棚の上の段ボールを取ろうとした。その時、急に脚立が倒れたんだよ。そいつは倒れた拍子に頭を打ってそのまま……
 それからしばらくして、そいつの同僚Aが、突然工場の敷地内でトラックにひかれるっていう事件が起きた。トラックの運転手に言わせると、急にAが倉庫から飛び出してきたんだと。なんでそいつがそんなに急いで出てきたのか、誰も心当りがなかった。
 ただな。その頃、その工場の倉庫に、脚立から落ちて死んだ男の幽霊がでるって噂があったんだ。ひかれた奴も、きっとその幽霊を見ちまったんじゃないかって。
それにしてもおかしいのは、Aの口になぜかネジが一本入っていた事だよ。
 実は、脚立が倒れた原因は、留め具のねじが緩んでいた事らしい。ひょっとしたら、事故じゃなくて、故意? やったのは同僚Aなんじゃないか? って噂になってた。そいつ、脚立で死んだ男の恋人に片思いしてたから、逆恨みだったんじゃないかと。
噂が本当なら、Aは倉庫で自分が死に追いやった男の幽霊を見ちまったんだからな。そりゃおどろくさ。
そしてAの口に入っていたネジ、脚立に使われていたのとぴったり同じだったらしいぜ。

「というか、その幽霊、わざとトラックが入って来たタイミングを見計らって出て来たならかなり策士ね」
「どうだかな」
 ユカの言葉に暁弘は笑った。
「ほら、最後は美貴の番だよ」
 ユカはツンツンと肘で美貴の腕をつついた。
「う、うん……」
 しぶしぶという感じで美貴は話始めた。

 ある所に、仲のいい姉弟(きょうだい)がいたんです。弟の方は病弱で、ずっと入退院を繰り返していました。体がつらい時でもニコニコして、逆にこっちを励ましてくれるような弟のことが、お姉ちゃんは本当に大好きだったそうよ。
 弟の病気は少しずつ落ち着いてきて、中学にも進学することができた。でも、人の命って、わからない物なんですね。ある夜、容体が急変して学校で倒れ、弟は天国に……
 それだけならまだ運命だって諦めもつくんですけど。そのあと、お姉ちゃんは弟が通っていた学校のそばの通りで聞いてしまったそうなの。同じクラスの男の子、A君が、「せっかくいじめてて楽しかったのに、くたばっちまった」て言っているのを。その時は、彼女は動揺してしまって、信じられなくて、そのまま帰るしかなかったそうよ。
それから、なんの偶然かしら。駅でA君と会ったんですって。その顔をみたら改めて怒りが湧いてきて、姉はA君を問い詰めたわ。A君は、あっさり嫌がらせを認めたわ。ただでさえ病気で大変なのに、弟はいじめられてたんだと思ったら目の前が真っ暗になって、この子を殺さなきゃ、と思ったの。弟が具合を悪くして倒れたのだって、こいつからのストレスの影響があったんだろうって。その時ちょうど電車がホームに入ってきた。お姉ちゃんはその子を突き落したひょうしに、足をすべらせ……

「……ねえ、もうやめましょう」
美貴はそう言って話を中断した。
「なによ、急に」
せっかくいいところだったのに、とユカが不満そうに言った。
「だって、こういう話をすると、呼び寄せちゃうっていいますし……」
「あはは、そんなの嘘よ嘘。私、友達と学校で今みたいに怖い話大会したけど、何も起きなかったもん」
「それは場所のせいじゃないか? 若くて元気な人間ばっかりいる場所じゃ……」
 暁弘の言葉をつんざくように、鋭いブレーキ音がした。公園の前で、一台の自動車が電信柱に突っ込んでいく。雷でも落ちたような大きな音。まるで車が粘土でできているように、ボンネットがひしゃげた。
「ほら、呼び寄せちゃった!」
 泣き出しそうな顔で美貴が言う。
「あらら……やっぱり、死にかけてるというか、心の奥で死にたがってる奴がこっち来ちゃうのかなあ」
「う〜ん、死にたがるってことはこっちの世界にあこがれてるってことだからね。私達の怖い話に魂が惹かれちゃったのかも」
 暁弘とユカが話している間に、ボンネットから白い煙が立ち上ってくる。
 運転手が、車内に体を置き去りにしたまま外へ出てきた。スーツを着た、中年の男だった。
「あれ、私は……」
「ご愁傷様。そしてようこそ」
 暁弘が微笑んで握手を求めるように手を伸ばした。

 自分の身に何が起こったのか分からないまま、スーツの男は茫然と前に立つ三人を見つめる。首にロープの跡をつけた少女と、作業着を着て後頭部から血を流した青年と、半身のない少女を。
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