戸棚の中の骨

三塚 章

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くま

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 姪のナオは、クマのぬいぐるみにすっかり夢中になった。自分より一回りも大きいぬいぐるみを床に置き、その前に画用紙にクレヨンで描かれた料理を並べてにこにこしている。スープにサラダに皿に載ったトースト。
「はい、あなた。今日はごちそうよ!」
 どうやらクマが旦那で姪が奥さんの設定らしい。
 今と昔の子供は違うなんて事をよく聞くが、女の子に人形を渡せばおままごとを始まるのは同じらしい。
 私はぬいぐるみの後ろに回ると、チャックの付いた背中に顔を隠し、ふわふわの腕をとって振ってみせた。低い声を作っていう。
「わあ、おいしそうだなあ」
 ナオはきゃっきゃと笑った。
 こんな調子で、少し遊んであげることにする。
「さあ、私達のおやつにしましょう。クッキーを焼いてあげるわ」
「わーい!」
 玉子をといている私に、なおは嬉しそうに話しかけてきた。作るのは、バニラとココアの二種類だ。
「私、おばさんのこと大好き!」
「あらそう? ありがとう」
(まあ、そうでなければ家には来ないでしょうね)
 学校の帰り道、たまたまおばさんに会って家に遊びに来ただけだとナオは思い込んでいる。おばさんから、お母さんに連絡はいっているから、遅くなっても大丈夫だと。
 溶けたチョコレートに、粉にしてあった睡眠薬をとかし込む。これでバニラだけを食べれば私が眠ってしまう事はない。
「ナオちゃん、お母さんの事は好き?」
 そう聞くと、姪はにっこりと微笑んだ。
「うん、大好き!」
 私は、大嫌い。

 義妹は、兄(つまり私の夫)を溺愛していたようだった。だから、兄を盗った私の事が憎くて仕方がないのだろう。それとも、自分は子供を連れて離婚したから、私に嫉妬しているのかもしれない。
 とにかく、夫がいないときを見計らってわざわざ家に来てまで嫌味を言ってくる。
「お兄ちゃんはどうしてこんなあばずれなんかを選んだのかしら」
「あなたのお父さん、ろくな大学出てないんですってね。だからあなたもバカなのね」
 そして、義妹が帰ったあと、母からもらったネックレスや、コツコツ貯めたお金で買ったブランドバッグがなくなっているのに気がついた。夫に訴えたが、「証拠はないだろう。何かの間違いじゃないのか」という返事が返ってきただけだ。
 確かに証拠はない。だけど私は義妹の仕業だと確信していた。
「泥棒に入られたなんて災難ねえ」
 本当に心当りがないのなら、人はそんなに意味ありげにニヤニヤしない。
「生意気に、あんな高価な物を持ってるからよ」
 それだけではなく……

 小さく音を立てて、ナオがテーブルに突っ伏した。睡眠薬が効いてきたようだ。テーブルに載っていたジュースがこぼれなくてよかった。
 私は、すやすや眠るナオの体を抱え、ぬいぐるみの前に横たわらせた。かわいらしい寝顔をしている。
 そして、ぬいぐるみのチャックを開ける。このチャックは飾りではない。本物だ。
 私はあらかじめこのクマと一回り小さい、同じ形のぬいぐるみを作っていた。そして、大きなクマの詰め物をすべて捨て、その中に小さいぬいぐるみを入れていた。ちょうど、手作りのぬいぐるみが着ぐるみを着ているような物だ。
 睡眠薬のおかげで相当なことがないと目を覚ましたりはしないはずだが、それでもできる限り音をたてないよう、私は小型のぬいぐるみを取り出した。
 そして着ぐるみ状態になったクマにナオに着せる。チャックを完全に閉めると、くったりと横たわるその姿は本物のぬいぐるみのようだった。
 義妹には、それとなくこれからの時間私も夫も家にいないと伝えている。それに、ナオがここにいることは義妹には知らせていない。彼女はまだ、自分の娘が学校で遊んでいるとでも思っているはずだ。間違いなくもうしばらくすれば義妹はやってくるだろう。
 義妹は、私大切な物を盗んだ。それだけではなく、壊した。写真立てに飾られていた写真は破られ、服は切り刻まれた。そして、持っていたぬいぐるみは滅多刺しにされた。全部。小さいときからずっと一緒で、結婚するときも離れがたくて持ってきた物なのに。
 押入れを開け、クマになった姪を中に押し込める。ついでに、余った小さなぬいぐるみも。
 大小のぬいぐるみが、薄闇の中で肩を寄せ合って座っている様子はなんだか妙にほほえましくて、私は少し笑ってしまった。
 夫と義妹は今だに仲がいい。夫は、誕生日プレゼントに私が大きなぬいぐるみをねだったこと、それをもらった私がクマに名前をつけてかわいがっていることを義妹に話しているはずだ。それを、義妹が我慢できるはずはない。
 どんな顔をするだろう? ぬいぐるみだと思って突き刺した包丁に重い手ごたえを感じた時は。そして、血があふれてきて、中に入っているのが愛する娘だと知った時は。
警察には、鍵をかけ忘れていたと言おう。遊びに来た姪が、勝手に着ぐるみに入っていた、たぶん私を脅かそうと思っていたのだろう、と。あ、でも睡眠薬に気付かれるか。まあいいや。
 私は、静かに押入れの戸を閉めた。
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