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ケブダーの屋敷
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ケブダーの屋敷は、アスターの街でも高級住宅が立ち並ぶ地区にあった。
ケブダーは、なんでも若い時はただの木工職人だったらしい。それが、きれいなデザインの棚だかタンスだかが人気になったのをきっかけに、そこからお金持ちになったそうだ。
三人は大きな門の前で立ち止まる。横にある小屋から出てきた門番が門を開けてくれた。
「うわぁ、すごいなあ」
まっすぐ屋敷まで続く道の両脇には刈り込まれた木が並び、小さな迷路のようになっている。上からみたら何か模様になっているのかもしれない。
「では、私はこちらで失礼を」
レリーザは、屋敷の裏手にむかった。使用人用の出入り口があるのだろう。
「ああ、ど、どうも」
別れのあいさつをしようとするサイラスの腕を、ルジーが引っ張った。
「早くいらっしゃいな」
「はいはい」
玄関を入ると、メイドが箱を運んでいたり、壁にタペストリーを飾る者もいたり、なんだか慌ただしい。すみに置かれた小さな飾り台には、きれいな花瓶が置かれ、花が生けられるのを待っていた。
「ああ、そうか。誕生パーティーの支度ですね」
「そうなの。今日の夜よ。いよいよ私も大人の仲間入りってヤツ」
少しうれしそうにルジーは言う。
そして、ひときわ立派な扉の前に立ち止まった。黒く塗られた分厚い木の扉には、草木の彫刻が彫られている。いかにも特別な部屋、と言った感じだ。
彼女がノックをすると、中から「入れ」と声が聞こえてきた。
ルジーが中に入り、サイラスも続く。
通されたのは、ケブダーの私室のようだった。
緑のじゅうたんが敷かれ、奥には一見石に見えるほどピカピカの木のテーブル。棚には、並ぶ酒といっしょに、使っていなさそうな釣りざおが飾っている。
ケブダーは、でっぷりと太った体をクッション付きのイスに沈めていた。あまり歓迎してくれていないようで、渋い顔をしている。
「おや、その制服はストレングス部隊の。まさか、あの予告状のことでルジーがお呼び立てしたのかな? わざわざ隊員さんの手をわずらわせること必要なんてないのに」
「でも、放っておくわけにはいかないでしょう」
ルジーがそう言うと、何か言いたそうにケブダーは閉じた口をもごもご動かした。
「それで、予告状送ってくるような人に心当たりは」
「ハハハ、隊員さん、商売をやっているとね、そんな心当たりなんて、ありすぎて話になりませんよ」
「は、はあ……」
(商売って、そういうモノなんだろうか……)
「じゃあ、カードを置いた人に心当たりとかは」
「さあね。どうせカードが置かれたのは深夜だろう。誰も見ちゃいないさ」
(う~ん)
メモを取りながらサイラスは心の中でうめいた。
なんだかとっても協力的じゃない。
「ちょっと、お父様! それじゃあ何の参考にもならないじゃない」
見かねてルジーが言った。
「お前は何もわかっていないんだ」
少しイラついた口調でケブダーが言った。
「商売というのは信頼が大事なんだ。ストレングス部隊が来たってだけで、犯罪にかかわっているのではとないか疑われて、信用がなくなるかも知れないのだぞ!」
サイラスはそっとため息をついた。
予告状の犯人を突き止めようにも、本人が解決を望んでいないのではどうしようもない。
「じゃあ、ついでみたいで悪いですけど、ケブダーさんて、食べ物をディウィンさんの所から頼んでいます?」
「ああ、そうだよ。まったくいまいましい」
ケブダーの口調は、苛立ちから怒りに変わっていった。
「なんでも、誰かに燃やされたとかで、届くはずの食料が遅れるって言うんだ。全く。これで誕生日のメニューに間に合わなかったら、どうするんだ!」
「なに、それ!」
叫んだのは、ルジーだった。
「食材が届いてない? 私、そんなの聞いてないわよ」
その言葉に、ケブダーは露骨に「しまった」と言う顔をした。
「そうやって怒るから言いたくなかったんだ。ディウィンはなんとか間に合わせると言っていたから心配するな」
うんざりとした口調で言う。
「何よ! いつもいつも、私に大切な事は言わないで!」
そう怒鳴ると、ルジーは廊下に飛び出すと乱暴に扉を閉めた。
ケブダーは、深々とソファに座りなおす。
「やれやれ。なんでこう親の言うことを聞かない子に育ってしまったのか」
(でも、全部が全部、親の言うことを聞くだけの子供なんて、それはそれで問題だと思うけど)
まあ、子供どころか結婚もしていない自分が、ケブダーと子育て論を戦わせても仕方がないので、黙っておくことにする。
「とにかく、これ以上事を大きくするつもりはないんだ。さっきも言った通り、娘の誕生日で忙しいんだから」
「そうそう。ずっと聞きはぐっていたんですけど、そこまで盛大に祝うという事は十六歳 (成人)のお祝いですか?」
「ああ、そうなんだ」
そこでは始めてケブダーは嬉しそうな笑顔になった。
「たくさんの人を招くつもりだ。例えば……」
ケブダーは招待客の中からいくつか名前を挙げた。
どれも政界の中枢……とまでは言えないが、この辺の金持ちや貴族の遠縁など、そうそうたる名前だった。
「成人のパーティーかぁ。懐かしいなあ。僕が十六になった時もたくさんお客さんを呼びましたっけ」
サイラスの実家は医者で、かなりの有力者と縁がある。
(お父様の付きあいの関係で、成人のお披露目パーティーをさせられたっけ。最初は緊張するし知らない人がいっぱい来るしで嫌だったんだけど、始まったら結構楽しかっな)
ケブダーの眉が片方、ぴくりと跳ね上がった。
「ほお、君はどんな客を呼んだんだね」
(あ、これめんどくさい奴だ。呼んだ客のランクで張り合うつもりだ)
草食動物的な野生の勘で、サイラスは見抜いた。
「実はよく覚えていないんですよ。僕、記憶力がないもので。アハハハハ」
適当にそうごまかした。
「そうか。でも、うちの誕生パーティーはどこよりも盛大にするつもりだ。まず……」
結構親バカらしいケブダーは、パーティーのプランを得意げに話し始めた。
完全に席を立つタイミングを逃したサイラスは、ふんふんと機械的にうなずいた。
(帰りたい……)
まだまだやることがあるので、あまりこんな所で足止めを食っているわけにはいかないのだけれど。
(そうだ、今ごろジェロイさんは都へ送られてるはずだ)
ケブダーの自慢話を聞くふりをしながら、無事につくといいなあ、なんてサイラスは考えていた。
ケブダーは、なんでも若い時はただの木工職人だったらしい。それが、きれいなデザインの棚だかタンスだかが人気になったのをきっかけに、そこからお金持ちになったそうだ。
三人は大きな門の前で立ち止まる。横にある小屋から出てきた門番が門を開けてくれた。
「うわぁ、すごいなあ」
まっすぐ屋敷まで続く道の両脇には刈り込まれた木が並び、小さな迷路のようになっている。上からみたら何か模様になっているのかもしれない。
「では、私はこちらで失礼を」
レリーザは、屋敷の裏手にむかった。使用人用の出入り口があるのだろう。
「ああ、ど、どうも」
別れのあいさつをしようとするサイラスの腕を、ルジーが引っ張った。
「早くいらっしゃいな」
「はいはい」
玄関を入ると、メイドが箱を運んでいたり、壁にタペストリーを飾る者もいたり、なんだか慌ただしい。すみに置かれた小さな飾り台には、きれいな花瓶が置かれ、花が生けられるのを待っていた。
「ああ、そうか。誕生パーティーの支度ですね」
「そうなの。今日の夜よ。いよいよ私も大人の仲間入りってヤツ」
少しうれしそうにルジーは言う。
そして、ひときわ立派な扉の前に立ち止まった。黒く塗られた分厚い木の扉には、草木の彫刻が彫られている。いかにも特別な部屋、と言った感じだ。
彼女がノックをすると、中から「入れ」と声が聞こえてきた。
ルジーが中に入り、サイラスも続く。
通されたのは、ケブダーの私室のようだった。
緑のじゅうたんが敷かれ、奥には一見石に見えるほどピカピカの木のテーブル。棚には、並ぶ酒といっしょに、使っていなさそうな釣りざおが飾っている。
ケブダーは、でっぷりと太った体をクッション付きのイスに沈めていた。あまり歓迎してくれていないようで、渋い顔をしている。
「おや、その制服はストレングス部隊の。まさか、あの予告状のことでルジーがお呼び立てしたのかな? わざわざ隊員さんの手をわずらわせること必要なんてないのに」
「でも、放っておくわけにはいかないでしょう」
ルジーがそう言うと、何か言いたそうにケブダーは閉じた口をもごもご動かした。
「それで、予告状送ってくるような人に心当たりは」
「ハハハ、隊員さん、商売をやっているとね、そんな心当たりなんて、ありすぎて話になりませんよ」
「は、はあ……」
(商売って、そういうモノなんだろうか……)
「じゃあ、カードを置いた人に心当たりとかは」
「さあね。どうせカードが置かれたのは深夜だろう。誰も見ちゃいないさ」
(う~ん)
メモを取りながらサイラスは心の中でうめいた。
なんだかとっても協力的じゃない。
「ちょっと、お父様! それじゃあ何の参考にもならないじゃない」
見かねてルジーが言った。
「お前は何もわかっていないんだ」
少しイラついた口調でケブダーが言った。
「商売というのは信頼が大事なんだ。ストレングス部隊が来たってだけで、犯罪にかかわっているのではとないか疑われて、信用がなくなるかも知れないのだぞ!」
サイラスはそっとため息をついた。
予告状の犯人を突き止めようにも、本人が解決を望んでいないのではどうしようもない。
「じゃあ、ついでみたいで悪いですけど、ケブダーさんて、食べ物をディウィンさんの所から頼んでいます?」
「ああ、そうだよ。まったくいまいましい」
ケブダーの口調は、苛立ちから怒りに変わっていった。
「なんでも、誰かに燃やされたとかで、届くはずの食料が遅れるって言うんだ。全く。これで誕生日のメニューに間に合わなかったら、どうするんだ!」
「なに、それ!」
叫んだのは、ルジーだった。
「食材が届いてない? 私、そんなの聞いてないわよ」
その言葉に、ケブダーは露骨に「しまった」と言う顔をした。
「そうやって怒るから言いたくなかったんだ。ディウィンはなんとか間に合わせると言っていたから心配するな」
うんざりとした口調で言う。
「何よ! いつもいつも、私に大切な事は言わないで!」
そう怒鳴ると、ルジーは廊下に飛び出すと乱暴に扉を閉めた。
ケブダーは、深々とソファに座りなおす。
「やれやれ。なんでこう親の言うことを聞かない子に育ってしまったのか」
(でも、全部が全部、親の言うことを聞くだけの子供なんて、それはそれで問題だと思うけど)
まあ、子供どころか結婚もしていない自分が、ケブダーと子育て論を戦わせても仕方がないので、黙っておくことにする。
「とにかく、これ以上事を大きくするつもりはないんだ。さっきも言った通り、娘の誕生日で忙しいんだから」
「そうそう。ずっと聞きはぐっていたんですけど、そこまで盛大に祝うという事は十六歳 (成人)のお祝いですか?」
「ああ、そうなんだ」
そこでは始めてケブダーは嬉しそうな笑顔になった。
「たくさんの人を招くつもりだ。例えば……」
ケブダーは招待客の中からいくつか名前を挙げた。
どれも政界の中枢……とまでは言えないが、この辺の金持ちや貴族の遠縁など、そうそうたる名前だった。
「成人のパーティーかぁ。懐かしいなあ。僕が十六になった時もたくさんお客さんを呼びましたっけ」
サイラスの実家は医者で、かなりの有力者と縁がある。
(お父様の付きあいの関係で、成人のお披露目パーティーをさせられたっけ。最初は緊張するし知らない人がいっぱい来るしで嫌だったんだけど、始まったら結構楽しかっな)
ケブダーの眉が片方、ぴくりと跳ね上がった。
「ほお、君はどんな客を呼んだんだね」
(あ、これめんどくさい奴だ。呼んだ客のランクで張り合うつもりだ)
草食動物的な野生の勘で、サイラスは見抜いた。
「実はよく覚えていないんですよ。僕、記憶力がないもので。アハハハハ」
適当にそうごまかした。
「そうか。でも、うちの誕生パーティーはどこよりも盛大にするつもりだ。まず……」
結構親バカらしいケブダーは、パーティーのプランを得意げに話し始めた。
完全に席を立つタイミングを逃したサイラスは、ふんふんと機械的にうなずいた。
(帰りたい……)
まだまだやることがあるので、あまりこんな所で足止めを食っているわけにはいかないのだけれど。
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