上 下
4 / 34

フェリカ宅へ

しおりを挟む
 各々の仕事場へ向かう者、寝床から起き出してきて、店を開けようと入口前の掃除をする者。通りに夜の静けさはもう残っていなかった。朝食のパンのいい香りが漂っている。
 燃えたつような赤い髪をなびかせ、ファーラは颯爽(さっそう)と道を歩いていた。
 色々と話しを聞いたところ、ラクストはあまり人づきあいのいい方ではなかったようだ。だから、フェリカという恋人らしき人物がいたと聞いた時には、失礼だけれど少し意外だった。
 らしき、というのは恋人なのか友人なのかいまいち確信が持てる証言が得られなかったからだ。
 そのフェリカ嬢の友人によると、
「二人で仲良く買い物したり、食事したりしているところは目撃されているが、それが決まって家からだいぶ離れた場所。それに『付き合ってるの?』って聞くとなんのかんのごまかして、そうだとも違うとも答えてくれない」
だそうだ。
(なんか裏の事情があるか、二人して異常な照れ屋かどちらかですわね)
 まあ、普通に考えて前者だろう。
 なんの事情があるのかは、今むかっているフェリカの家で聞けばいい。
 被害者ラクストの恋人は雑貨屋で店員をしているらしい。両親は、自分では畑を持たず、雇われの農夫をしているという。きつい農夫をいやがり、子供だけが街で働く。この辺りではめずらしくない家庭環境だ。
 この時間ならまだ自宅で捉(つか)まえられるかもしれない。だめなら雑貨店だ。
 目当ての家は、レンガ建てのアパルマンの一室だった。横長の建物に、道と接する扉が何枚か並んでいる。
 戸の一枚に近づいた時、中からばたばたと慌ただしい足音が聞こえた。
 ファーラは形のいい眉をしかめた。なんだか、非常事態が起こっているようだ。
 足音が玄関に向かっているのを感じとり、ファーラは慌てて戸口のそばから避難した。
 思った通り、戸が壊れそうな勢いで開く。あのまま立っていたら、ファーラは戸板に顔面を打ち付けていただろう。
 道に飛び出してきたのは、中年の男だった。農夫らしくがっしりした体つきで、手はしみ込んだ泥の汚れで黒くなっている。フェリカの父親、シャルドに違いない。
「ちょっと、何かあったの?」
 どこかへ駆けて行こうとする彼の腕を、真横からつかんで引き留める。
 シャルドはファーラの姿を見て、顔に浮かべていた緊張を少し緩めたようだった。
「ああ、助かった。ストレングス部隊の方! 来てくれたんですね!」
 どうやら家の中で何か問題が起きて、それでストレングス部隊が来てくれたと勘違いしたらしい。
 ぐいぐいとファーラの白い手を引っぱってくる。
「え? ちょっと待って……!」
 玄関を通り、連れていかれたのは小さな部屋だった。
 机の上には刺繍の道具、壁につけられたフックには、若い女性物のワンピース。ベッドは抜け出したように掛け布団がめくれ上がっている。おそらくフェリカの部屋だ。
 部屋の隅で、フェリカの母親だろう、中年の女性がハンカチで顔を覆って泣いていた。
「朝起きたら、フェリカが、娘がいなくなっていたんです! 夜は普通にベッドに入ったのに!」
 その言葉にファーラは深紅の目を見開いた。
 つまり、重要参考人がいなくなったというわけか。
(厄介なことになりましたわ)
 まさか、本当に彼女は恋人を殺して逃げたのだろうか?
(それにしても……)
 ファーラはうろたえる両親をそっとうかがった。
 母親は泣き続けているし、父親は怒りで顔が赤くなっている。
 調べによるとフェリカは一人娘らしいが、それにしても両親の慌てぶりは、少し大げさではないだろうか。
 フェリカはもう、小さな子供ではない。少し姿が見えなくなったからといって、ここまで大騒ぎするものだろうか? 朝早くに目が覚めてしまって、ちょっと散歩をしているだけかもしれないのに。
「どこか、フェリカさんが行きそうな場所は?」
 ファーラの言葉に、母親は泣きながら首を振った。
「あいつの仕業だ、イドスが誘拐したのに違いない」
 シャルドが叫ぶ。
 聞き捨てならない言葉だ。
「何か、心当たりがあるんですか? イドスとは?」
「フェリカに付きまとっている男だ!」
「ええ? まさかストーカー?」
 フェリカがストーカー被害に遭っていたなんて初耳だ。
 あれこれ聞きこんだときも、そんなことは聞いていない。
「それで、今までにどんな被害が」
「変な手紙を届けられたり、フェリカの後ろをうろうろされたり……」
(新たな事実発覚だわ)
「ほら、これを」
 シャルドが折りたたんだ紙を渡してきた。
『おお、私の女神。輝くその瞳と唇を食べてしまいたい。君に一目会うためなら、内臓を抜かれても……』
「こ、これは気持ち悪い……」
 艶っぽい唇をひきつらせて、ファーラは折りたたんだ紙をポケットにいれた。
(こんな気持ち悪いもの、正直持っていたくありませんけど…… これも付きまといの証拠になりますし)
 このストーカー事件が、ラクストの事件と関係があるかどうかはわからない。でも、これはこれで放っておくわけにはいかないだろう。
「つきまといがあったなら、ストレングス部隊(わたしたち)に知らせてくれればよかったのに」
 それほど自分達は頼りにされていないのかと、どうしても責めるような口調になってしまう。
「そ、それは、ストレングス部隊の方々がうろついていると、犯人を刺激するんじゃないかと思って」
 申し訳なさそうに母親が言った。
 シャルドが、詰め寄るようにファーラに身を乗り出してくる。
「フェリカを、どうか早く見つけてください」
「わかりました」
 頼まれなくても、そうしなくてはならない。なんにせよ、早くフェリカの居所をつかまないと。
(もっとも、保護だけじゃなくて、犯人として捕まえなければならないかもしれないけど)
 それは両親には言わないほうがいいだろう。
 ファーラは、足早にフェリカの家を出ていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

護国の鳥

凪子
ファンタジー
異世界×士官学校×サスペンス!! サイクロイド士官学校はエスペラント帝国北西にある、国内最高峰の名門校である。 周囲を海に囲われた孤島を学び舎とするのは、十五歳の選りすぐりの少年達だった。 首席の問題児と呼ばれる美貌の少年ルート、天真爛漫で無邪気な子供フィン、軽薄で余裕綽々のレッド、大貴族の令息ユリシス。 同じ班に編成された彼らは、教官のルベリエや医務官のラグランジュ達と共に、士官候補生としての苛酷な訓練生活を送っていた。 外の世界から厳重に隔離され、治外法権下に置かれているサイクロイドでは、生徒の死すら明るみに出ることはない。 ある日同級生の突然死を目の当たりにし、ユリシスは不審を抱く。 校内に潜む闇と秘められた事実に近づいた四人は、否応なしに事件に巻き込まれていく……!

ミミサキ市の誘拐犯

三石成
ファンタジー
ユージは本庁捜査一課に所属する刑事だ。キャリア組の中では珍しい、貧しい母子家庭で育った倹約家である。 彼はある日「ミミサキ市の誘拐犯」という特殊な誘拐事件の存在を知る。その誘拐事件は九年前から毎年起こり、毎回一〇〇〇万イェロの身代金を奪われながら、犯人の逃亡を許し続けていた。加えて誘拐されていた子供は必ず無傷で帰ってくる。 多額の金が奪われていることに憤りを感じたユージは、一〇年目の事件解決を目指し、単身ミミサキ市へ向かう。ミミサキ市はリゾート地化が進んだ海沿いの田舎だ。 彼はそこでノラという一五歳の少女と出会って相棒となり、二人で事件の捜査を進めていくことになる。 ブロマンス要素あり、現実に近い異世界での刑事モノファンタジー。 表紙イラスト:斧田藤也様(@SERAUQS)

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

裏庭が裏ダンジョンでした@完結

まっど↑きみはる
ファンタジー
 結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。  裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。  そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?  挿絵結構あります

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...