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ディウィンの事務所兼自宅
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犯罪の舞台となった倉庫の持ち主ディウィンは、卸売(おろしうり)業者のようなことをしていたそうだ。
宿屋や食堂が毎日の食事を作るのに、野菜はこっちの農家で、牛乳はこっちの農場で、というように色々買い集めるのは手間がかかる。だから必要な物をディウィンに一括注文し、ディウィンはそれを色々と回って集め、注文主に届ける、ということらしい。
どうりで、倉庫が食べ物がいっぱいだったわけだ。
倉庫の持ち主ディウィンの家は、街の端にあった。申し訳程度の庭がついた、二階建て。
サイラスが通された一階には、帳簿をつけたりするスペースと、応接スペースが木枠と布でできた仕切りでくぎられている。隅にある階段は、二階の住居スペースに通じているのだろう。
サイラスは、進められるまま応接用のソファに腰を下ろした。
前にある古いテーブルは清潔なクロスが敷いてあり、壁には奥さんが飾ったのか、ドライフラワーが吊り下げられている。少しでも居心地よくしようとしているのが伝わってくるようだ。
「はい、どうぞ」
ぽっちゃりした奥さんがテーブルに置いたお茶は、いい香りがした。
「ああ、ありがとうございます」
サイラスはにっこりとほほ笑んだ。はちみつに似た金色の髪に、大きな青い目をもつ彼がそういう表情をすると、なんだか女の子めいて見えた。
「それで、さっそくですけど、あの、ラクストさんて、どういう人だったんです?」
サイラスの言葉に、ディウィンは少し困ったようだった。
「どんな人と言われてもなぁ。真面目な子だったよ」
「失礼ですけど、その…… ここで何かトラブルなんかは?」
そこで奥さんがケラケラと笑った。奥さんは、豪快というかカラッとした性格のようだ。
「ははは、こりゃ殺人事件の聞き取りだろう? 被害者とうちらにトラブルがあったとしても、正直にいうモンがいるかね。疑われたくないもの」
「いや、そりゃそうなんですけどね。一応聞かないわけには…… ていうか、あったんですか? トラブル」
「いやいや、本当になかったよ」
ディウィンが目で「あまり隊員さんをからかうんじゃない」というように奥さんをたしなめる。
「強いてあげれば、フレアリング産の酒とグリンノヴァ産の酒とどっちがうまいか意見が割れたぐらいだね」
まあ、それぐらいで殺人事件に発展するのはむずかしいだろう。
「ほかに、誰かに恨まれていたような様子はありましたか?」
「プライベートの事はあまり知らないけど、いなかったんじゃないかな。友達と一緒に遊びに行くより、研究している方が楽しいって言ってたし」
「そもそも、お友達自体、あんまり多くなかったんじゃないかしら。まあ、ろくでもない連中とつるんでバカやるよりは、よっぽどマシよね」
「ふーん、恋人なんかは?」
「ああ、いないんじゃないか? そんな話、聞いたことないし」
「バカだねえ、いるに決まってるじゃないか。あの子、たまにボーッとしてじゃない。じゃなきゃにやにやしたりさ。ありゃ、絶対恋人がいるね。じゃなきゃ、好きな女が」
「は、はあ……」
この辺は、ファーラの調べを待つしかなさそうだ。
「今現在、南京錠の番号を知っている人は?」
そういうと、ディウィンが記憶をたどるように目を細めた。
「あの鍵は、ちょうどラクストを雇ったときにつけた物なんだ。ラクストが辞めてからは、誰も雇っていない。もう歳だからね。少し、商売を小さくしたんだ。だからそうだね、番号を知ってるのは、今となっては私と妻だけだ」
「まったく。だから鍵を換えたほうがいいと言ったんだよ、ラクストが辞めた時に。人は見かけによらないんだから」
奥さんに責められて、ディウィンはシュンと小さくなった。
「まあまあ」
サイラスが奥さんをなだめる。
「でも、聞いてくださいよ、隊員さん」
奥さんはまだ怒りが収まらないようだった。
「この人、この間も帰りが遅いと思ったら、農家さん達から集めた食材を、この倉庫にまで持ってくる間に、星見の坂で居眠りしたって言うんですよ! 全く」
「仕方ないだろ! 疲れてたんだよ」
「それでも何とか間に合ったからよかったものの…… それに伝票はよくなくすし。あれがないと帳簿つけるのに大変なんだよ!」
ディウィンは、奥さんの勢いにすっかりたじたじとなっている。
「……大変ですね」
言葉の最初に、「商売って」とか「結婚って」とつけたくなったサイラスだが、それはなんとか飲み込んだ。
こほんと一つ咳をして、サイラスは話題を事件にもどす。
「それと、現場にあった缶で何かが燃えていたんですけど……何か心あたりありません?」
「そうですねえ、棚の空きから、保管されていたものが燃やされたようですが……」
「誰が頼んだ、どんなものだったか、わかりますか?」
もし特定の人物が注文した物だけが燃やされたのなら、それは注文主への嫌がらせで、殺人事件とはまったく別の事件だということもあり得る。
(まあ、その可能性は低いと思うけど……)
「誰というか、何人かの品物から少しずつ抜かれているみたいですが。リストと現物と照らし合わせてみないと、正確には……」
「あ、じゃあ、そのリスト、貸して欲しいんですが。ハーミットに照らし合わせてもらうので」
「もちろんいいですよ」
そう言って、ディウィンは一度席を立った。なにやら机をガサガサやっている。
待っている間、サイラスはずずっとお茶をすすった。結構おいしい。
やがてディウィンが紐で閉じられた紙の束を持ってくる。
サイラスは、さっそくパラパラめくってみた。そこには注文をした人と、届けるべき品物、金額などが書かれている。
ディウィンが扱っているのは食べ物が主のようだ。食堂や宿屋の他にも、裕福な商人などが日々の食事用に注文している。これといって目を引くものは特にない。
「あの、それで倉庫はいつ使えるようになるんで?」
ディウィンは少し申し訳なさそうに聞いてきた。
「今、調査中とかで立入禁止でしょ。早くしてくれないと困るんです」
その言葉に、サイラスはつい眉をしかめてしまった。
(人が一人、しかも昔ここで働いていた人が殺されたのに、もう商売の話だなんて)
でも今、倉庫には注文の品々が遅刻状態で留められているのは事実だ。商品を待っている客もいるのだから、焦るのも無理は無いのかもしれない。サイラスはそう思い直そうとした。
「薄情に聞こえるのは分かっています。でも、こちらとしても食べていかないといけないわけで。客の信頼を失うわけにはいかないんです」
渋い顔をしたサイラスに気づいたらしく、ディウィンが言い訳がましく言ってきた。
「そうですよね。まだ時間はかかりますが、調べが終わり次第、使えるようになるはずですよ。そうすれば、荷物も自由に運べるようになりますから」
それに、早く調べが終わってほしいのはサイラス達も同じだった。
ハーミットが調べた結果何を見つけたか、アシェル隊長が聞きに行くことになっている。そこで新しい事実が分かれば、次に何をやればいいかもわかるだろう。
「頼みますよ。できるだけ早く。これから燃えてたりなくなった分を、あちこち回ってかき集めないと!」
「はあ」
(もうあらかた必要なことは聞いたかな)
そろそろ詰所に戻った方がいいようだ。
とりあえず、このお茶はおいしいから全部いただいていこう。
サイラスは急いでずずっとお茶をすすった。
宿屋や食堂が毎日の食事を作るのに、野菜はこっちの農家で、牛乳はこっちの農場で、というように色々買い集めるのは手間がかかる。だから必要な物をディウィンに一括注文し、ディウィンはそれを色々と回って集め、注文主に届ける、ということらしい。
どうりで、倉庫が食べ物がいっぱいだったわけだ。
倉庫の持ち主ディウィンの家は、街の端にあった。申し訳程度の庭がついた、二階建て。
サイラスが通された一階には、帳簿をつけたりするスペースと、応接スペースが木枠と布でできた仕切りでくぎられている。隅にある階段は、二階の住居スペースに通じているのだろう。
サイラスは、進められるまま応接用のソファに腰を下ろした。
前にある古いテーブルは清潔なクロスが敷いてあり、壁には奥さんが飾ったのか、ドライフラワーが吊り下げられている。少しでも居心地よくしようとしているのが伝わってくるようだ。
「はい、どうぞ」
ぽっちゃりした奥さんがテーブルに置いたお茶は、いい香りがした。
「ああ、ありがとうございます」
サイラスはにっこりとほほ笑んだ。はちみつに似た金色の髪に、大きな青い目をもつ彼がそういう表情をすると、なんだか女の子めいて見えた。
「それで、さっそくですけど、あの、ラクストさんて、どういう人だったんです?」
サイラスの言葉に、ディウィンは少し困ったようだった。
「どんな人と言われてもなぁ。真面目な子だったよ」
「失礼ですけど、その…… ここで何かトラブルなんかは?」
そこで奥さんがケラケラと笑った。奥さんは、豪快というかカラッとした性格のようだ。
「ははは、こりゃ殺人事件の聞き取りだろう? 被害者とうちらにトラブルがあったとしても、正直にいうモンがいるかね。疑われたくないもの」
「いや、そりゃそうなんですけどね。一応聞かないわけには…… ていうか、あったんですか? トラブル」
「いやいや、本当になかったよ」
ディウィンが目で「あまり隊員さんをからかうんじゃない」というように奥さんをたしなめる。
「強いてあげれば、フレアリング産の酒とグリンノヴァ産の酒とどっちがうまいか意見が割れたぐらいだね」
まあ、それぐらいで殺人事件に発展するのはむずかしいだろう。
「ほかに、誰かに恨まれていたような様子はありましたか?」
「プライベートの事はあまり知らないけど、いなかったんじゃないかな。友達と一緒に遊びに行くより、研究している方が楽しいって言ってたし」
「そもそも、お友達自体、あんまり多くなかったんじゃないかしら。まあ、ろくでもない連中とつるんでバカやるよりは、よっぽどマシよね」
「ふーん、恋人なんかは?」
「ああ、いないんじゃないか? そんな話、聞いたことないし」
「バカだねえ、いるに決まってるじゃないか。あの子、たまにボーッとしてじゃない。じゃなきゃにやにやしたりさ。ありゃ、絶対恋人がいるね。じゃなきゃ、好きな女が」
「は、はあ……」
この辺は、ファーラの調べを待つしかなさそうだ。
「今現在、南京錠の番号を知っている人は?」
そういうと、ディウィンが記憶をたどるように目を細めた。
「あの鍵は、ちょうどラクストを雇ったときにつけた物なんだ。ラクストが辞めてからは、誰も雇っていない。もう歳だからね。少し、商売を小さくしたんだ。だからそうだね、番号を知ってるのは、今となっては私と妻だけだ」
「まったく。だから鍵を換えたほうがいいと言ったんだよ、ラクストが辞めた時に。人は見かけによらないんだから」
奥さんに責められて、ディウィンはシュンと小さくなった。
「まあまあ」
サイラスが奥さんをなだめる。
「でも、聞いてくださいよ、隊員さん」
奥さんはまだ怒りが収まらないようだった。
「この人、この間も帰りが遅いと思ったら、農家さん達から集めた食材を、この倉庫にまで持ってくる間に、星見の坂で居眠りしたって言うんですよ! 全く」
「仕方ないだろ! 疲れてたんだよ」
「それでも何とか間に合ったからよかったものの…… それに伝票はよくなくすし。あれがないと帳簿つけるのに大変なんだよ!」
ディウィンは、奥さんの勢いにすっかりたじたじとなっている。
「……大変ですね」
言葉の最初に、「商売って」とか「結婚って」とつけたくなったサイラスだが、それはなんとか飲み込んだ。
こほんと一つ咳をして、サイラスは話題を事件にもどす。
「それと、現場にあった缶で何かが燃えていたんですけど……何か心あたりありません?」
「そうですねえ、棚の空きから、保管されていたものが燃やされたようですが……」
「誰が頼んだ、どんなものだったか、わかりますか?」
もし特定の人物が注文した物だけが燃やされたのなら、それは注文主への嫌がらせで、殺人事件とはまったく別の事件だということもあり得る。
(まあ、その可能性は低いと思うけど……)
「誰というか、何人かの品物から少しずつ抜かれているみたいですが。リストと現物と照らし合わせてみないと、正確には……」
「あ、じゃあ、そのリスト、貸して欲しいんですが。ハーミットに照らし合わせてもらうので」
「もちろんいいですよ」
そう言って、ディウィンは一度席を立った。なにやら机をガサガサやっている。
待っている間、サイラスはずずっとお茶をすすった。結構おいしい。
やがてディウィンが紐で閉じられた紙の束を持ってくる。
サイラスは、さっそくパラパラめくってみた。そこには注文をした人と、届けるべき品物、金額などが書かれている。
ディウィンが扱っているのは食べ物が主のようだ。食堂や宿屋の他にも、裕福な商人などが日々の食事用に注文している。これといって目を引くものは特にない。
「あの、それで倉庫はいつ使えるようになるんで?」
ディウィンは少し申し訳なさそうに聞いてきた。
「今、調査中とかで立入禁止でしょ。早くしてくれないと困るんです」
その言葉に、サイラスはつい眉をしかめてしまった。
(人が一人、しかも昔ここで働いていた人が殺されたのに、もう商売の話だなんて)
でも今、倉庫には注文の品々が遅刻状態で留められているのは事実だ。商品を待っている客もいるのだから、焦るのも無理は無いのかもしれない。サイラスはそう思い直そうとした。
「薄情に聞こえるのは分かっています。でも、こちらとしても食べていかないといけないわけで。客の信頼を失うわけにはいかないんです」
渋い顔をしたサイラスに気づいたらしく、ディウィンが言い訳がましく言ってきた。
「そうですよね。まだ時間はかかりますが、調べが終わり次第、使えるようになるはずですよ。そうすれば、荷物も自由に運べるようになりますから」
それに、早く調べが終わってほしいのはサイラス達も同じだった。
ハーミットが調べた結果何を見つけたか、アシェル隊長が聞きに行くことになっている。そこで新しい事実が分かれば、次に何をやればいいかもわかるだろう。
「頼みますよ。できるだけ早く。これから燃えてたりなくなった分を、あちこち回ってかき集めないと!」
「はあ」
(もうあらかた必要なことは聞いたかな)
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とりあえず、このお茶はおいしいから全部いただいていこう。
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