毒童話をどうぞ

三塚 章

文字の大きさ
上 下
2 / 9

あるメイドの悲劇

しおりを挟む
  その日、お城のメイド、マーガレットは大慌てでした。それもそのはず、王子様の結婚式が終ったばかりでパーティーの後片付けがあったからです。部屋の飾りを外し、皿を洗い、掃除をしなければなりません。お客様の使ったベッドカバーの洗濯もあります。
 早足で廊下を進みながら、マーガレットは王子様のお嫁さんのことを考えていました。噂によると彼女は、この町に住む普通の娘さんだったようです。それはそれは美しかったため、舞踏会で王子様に見初められたのでした。身分が釣り合わないという人もいましたが、マーガレットは大歓迎でした。町の人ならば、貧しい人々の心も分かってくれるに違いありませんからね。
「マーガレット!」
 メイド長に呼び止められて、マーガレットは足を止めました。
「この箱を宝物庫に運び込んでおくれ。落とすんじゃないよ」
 メイド長に渡されたのは、小さい宝箱でした。大きさは、そう、ちょうど靴が入るくらいでしょうか。
「はい、わかりました」
 宝物庫に入れるということは、高価な物に違いありません。マーガレットは落とさないかドキドキしながら倉に向かいました。
 メイド長が見えなくなった所までマーガレットが歩いた時です。箱の中から、泣き声のような物が聞こえてきます。生き物が入っているように箱がカタカタ揺れているのは気のせいでしょうか。
 好奇心には勝てず、マーガレットはそっと箱のふたを開けました。
 そこに入っていたのは、触れれば壊れてしまいそうな、繊細なガラスの靴でした。
『だまされた! だまされた! だまされた!』
 箱の中で、ガラスの靴が小さく震えます。
『本当のシンデレラは私。あの女は魔女。ここから出して! だまされた! だまサレタ! ダマサレタ……!』
 誰かに突き飛ばされ、マーガレットはつい箱を落としてしまいました。砕け散ったガラスは床に散らばり、もう何もしゃべりません。
「おや、あんたにはその靴の言葉が聞こえるんだね。その靴の中身と年が近いせいか? それとも勘がいいのか」
 息がかかるほどすぐ後に、キレイなドレスを着た女性が立っていました。それはそれは美しい、王子様の花嫁が。
「バカな女だよ。舞踏会に行かせてあげると言っただけで、疑いもしないで大人しく呪いにかかるのだから」
 彼女はマーガレットに囁きます。
「どんな魔法でも、体の老いは止められない。新しい体を誰かから奪い取らなければいけないのさ。ただし、呪いをかけられる物が少しでも抵抗をしてはならない。その点、この子は単純でよかった」
 王女様の息は、くさったリンゴのような、錆びた鉄のような匂いがしました。
 この魔女がかわいそうなシンデレラを騙した姿を、マーガレットははっきりと思い描くことができました。
 かぼちゃを馬車に、ハツカネズミを格好いい従者の姿に変えた老婆は、きっとにっこり笑って言ったことでしょう。
『さあ、お次は魔法であんたにきれいなドレスを着せてあげようね。なあに、遠慮なんかいらないよ。あんたはずっとがんばってきたんだ。舞踏会の夜くらい、ご褒美をもらわなくちゃね』
 シンデレラは気づかなかったのです。これから自分にかけられる魔法が、ぼろの服をドレスにする物などではなく、魂を体から抜き出し、靴に封じる呪いだということに。
 かわいそうなシンデレラ。純真無垢なシンデレラ。お婆さんの言葉を疑いもしなかったシンデレラ……
「どうせ乗っ取るなら、この位美しい娘じゃないとね。ごらん、これから私は贅沢し放題」
 ガラスの割れた音を聞きつけ、メイド長が飛んできました。
「ああ、お姫様の大事な靴を割るなんて! これは大変な罪ですよ」
 兵士が二人、マーガレットの両腕をつかみました。
「あの娘は優しい子なのです。シンデレラ様、どうか御慈悲を……」
 命乞いをしてくれているメイド長の声を聞きながら、それでもマーガレットには分かっていました。おそらく、自分が生きてこの城から出られる事はないだろうと。恐ろしい秘密を知ってしまったのですから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さな町の不思議・怖い話

みつか
ホラー
小さな町内の怖い話。 実話と聞いた話、フィクションを混ぜた話となっています。 幽霊や妖怪?の話中心。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

【怖い話】さしかけ怪談

色白ゆうじろう
ホラー
短い怪談です。 「すぐそばにある怪異」をお楽しみください。 私が見聞きした怪談や、創作怪談をご紹介します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鬼村という作家

篠崎マーティ
ホラー
あの先生、あんまり深入りしない方が良いよ――……。 得体のしれない社会不適合女のホラー作家鬼村とその担当の不憫な一口が、日常の中に潜む何かと不意に同じ空間に存在してしまう瞬間のお話 第6回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞を頂きました。投票してくださった皆様有難う御座いました!(二十二話時)

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

暗闇の記憶~90年代実録恐怖短編集~

MITT
ホラー
実話を元に再構成したホラー小説短編シリーズです。 90年代、仲間達と当時有名だった心霊スポット「相模外科」で体験した奇妙な出来事。 暗闇の恐怖……それを垣間見た記憶。 当時を懐かしく思いながら、書いた作品です。 今より、闇が多かった時代、1990年代の頃の実話ベースの作品集です。 なろう連載版では三編に分かれていたのを統合のうえで、アルファにて逐次投稿する予定です。 短期集中連載予定です。

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
【★◆毎朝6時30分更新◆★】この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

処理中です...