詩歌官奇譚(しかかんきたん)

三塚 章

文字の大きさ
上 下
9 / 9

終章

しおりを挟む
 人の物ではない牙を引っこ抜き、楽瞬達は村人達に今回の件を説明して回った。
「で、村に悪影響を与えていたのはこの妖怪でした。でも、もう僕達が倒したから」
 証拠を見せられれば、村の人達も納得するだろう。
「だから、村に残っても大丈夫なんだよ、紅嵐さん」
 旅の支度をする紅嵐を見ながら楽瞬は言った。
 紅嵐の部屋の机に広げられた着替えや保存食を袋に入れながら言った。
「いいの。村人達につまはじきにされたのは事実だからね。今さら前みたいに親しくされたって困るわよ」
 そういう紅嵐の顔はなんだか嬉しそうだった。
「それに、私いつかこの村を出たいと思ってたのよね。いいきっかけになったわ」
「かわいそうな雲石。ふられちゃったわね」
 香桃の言葉に紅嵐は笑った。
「さあ、わからないわよ。またこの村に戻ってくるかも知れないし」
 小虎が膝に前脚を乗せて甘えてくる。
「それにしても登黄は許せない。最後にぶん殴ってやる」
 小虎の頭をなでながら、きつい目で香桃は言った。
「ああ、勘弁してあげて。たぶんもうおしおきは受けてると思うから」
 すっと楽瞬は顔を反らせた。
「ええ?」
「たぶん、いや絶対にあの白虎が猫をなおしただけで終わりにするとは思えない。たぶん、ついでに小虎を通してひどいことをした人を祟ってると思う。たぶん当分の間恐い思いをするんじゃないかな」

 猫の鳴き声が響く。登黄はまわりを見回したが、当たりは真っ暗だった。いるはずの猫の瞳の光すらない。
(なんだ、なんだここは)
 出したはずの声は自分の耳にすら聞こえなかった。
 これは夢だ。昼寝をしている間に見ている夢だ。それは登黄自身にも分かっていた。けれど覚めようと思ってもその夢から抜け出ることはできなかった。
 胸に冷たい筋が走った。猫の爪どころではない、まるで刀で切り付けられたような大きな傷だ。生暖かい血が流れる。そこで初めて痛みが襲ってきた。思わず傷口を押さえる。
 怒り狂った鳴き声がして、腕にまた痛みが走った。
(うわあああ!)
 悲鳴はまた声にならない。
 猫の鳴き声は減るどころか数を増やし、包囲の輪を狭めてくる。
 逃げようとしたが足がうまく動かず、無様に倒れてしまう。その背中に無数の巨大な爪が襲いかかった。
 ――登黄は数か月間そんな悪夢を見ることになった――

「僕はまだしばらくこの村に残るよ。紫星さんをもっとちゃんと供養しないと」
 楽瞬が言った。
「そう。彼喜ぶと思う」
 まとめ終わった荷物を担ぎ、紅嵐は立ち上がった。足にまとわりつく小虎を抱き上げると、「それじゃあ」と手をあげてあいさつをして歩きだした。
「元気でね」
「またどこかで会えるかも知れませんわね」
 二人は小さくなる紅嵐の背中を見送った。
「あ!」
 楽瞬が道の隣に生える木の根元を指差した。そこに白い影があった。
 自身を地に縛り付けてまで村を守っていた青年は、ほほ笑みを浮かべて一礼するとその姿を消した。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

闇姫化伝

三塚 章
ファンタジー
荒ぶる神を和神(にぎがみ)に浄化する巫女、鹿子(かのこ)。彼女は、最近荒ぶる神の異変を感じていた。そんななか、行方不明になっていた先輩巫女柚木(ゆずき)と再会する。鹿子は喜ぶが……

キャットクライシス!

三塚 章
ファンタジー
中学生のミズキは『自分自身』に襲われる。助けてくれた神話ハンターを名乗る男によると、呪いをかけられているというが……そんな中、猫が人間を襲う事件が起き……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

我らアスター街ストレングス部隊~日常編~

三塚 章
ファンタジー
アスター街の治安を護る、ストレングス部隊のグダグダの一日。一話完結が何編かあります。 長編はこちら↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/423043246/763597692

レンタゴースト!

三塚 章
ファンタジー
【イケメン幽霊に惚れられたので、彼を使って儲けます!】 亜矢のもとに、見慣れぬ男の幽霊が現れる。その幽霊は記憶のなくしているらしい。おまけに亜矢に惚れたというが……オフでは完結しているので、エタり、書き直し無しでお楽しみいただけます。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

俺とつくも神。

三塚 章
ファンタジー
片想いの相手、羽原ミコトが、いなくなった。途方にくれる和樹の前に現われたのは……カバ?! このカバ、なんでもつくも神で、和樹に力を貸してくれるというが……

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

処理中です...