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おぼろ豆腐料理店 17
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店の中をのぞきながら、大通りを走る。そして角を曲がったところで、急に良吉は頭に激痛を感じた。誰かに殴られたんだ、と思った時には目の前がふっと暗くなって、良吉は気を失った。
周りで飛びかう大きな話し声で、良吉は目を覚ました。頭と手足が痛む。時々誰かの足音がして、横たわっている木の床が震えた。どうやら良吉は後手(うしろで)に縛られ、転がされているらしい。
起き上がろうともそもそしたが、手が動かないためうまくいかない。
「おお、目が覚めたかい『おぼろ』の小僧さん」
そう言ってのぞき込んだのは赤い着物を着た男、樹一だった。他に四人の男がにやけ面を並べていた。
良吉はいる場所は、長い間放っておかれた空き家のようだった。四隅にホコリがたまっている。真ん中には囲炉裏があり、そこで鍋(なべ)が煮えている。味噌のいい匂いがする。
そういえば、もう昼時をすぎているが、何も食べていない。バタバタしていたせいですっかり忘れていた。
樹一は良吉が何かを言う前に、彼の胸倉をつかんだ。
「おい、木瀬見はどこへ行った! お前らが逃がしたのは知ってるんだ!」
「くそ、もうちょっと知るのが早かったら店に乗り込んだのによ!」
部下たちが不満の声を上げる。
どうやってかは分からないが、こいつらは木瀬見が店にかくまわれていたのを知ったのだろう。でもそれを知ったとき、木瀬見はもう店を出た後だった。だからおぼろの店員である良吉をさらってその行方を聞こうというわけか。
「木瀬見さんの居所だったら、僕も知りたいよ! いつの間にか居なくなったんだ!」
「嘘をつけ!」
殴られ、軽い良吉の体は囲炉裏近くまで飛ばされた。火の中に落ちて大けがをしなかったのは幸いだっただろう。
痛みで呼吸が浅くなって胸が苦しい。
「あの薬の作り方も預かっているんだろう?」
「『あの薬』って、なんのこと?」
怖くて怖くて、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。どうしてこんな目に遭わないといけないんだろう。そう考えると、急に怒りが湧いてきた。
(本当になんでこんな目に遭わないといけないの?)
良吉はぎりっと唇を噛みしめる。
(僕は何も悪いことはしてないのに。悪いことをしているのはこいつらの方なのに)
「やっぱり、小僧じゃ何も知らないんですかねえ」
手下の一人が言う。
「久命屋さんはなんて?」
そんな会話を聞きながら、良吉は体を起こした。背中を温めてくれる火にむけて、後ろ手に縛られたままの手を伸ばす。
火はそれほど燃えたっておらず、炭が赤い宝石のように輝いているだけだ。それでも熱気に手をあぶらえ、良吉は顔をしかめた。
「久命屋の奴、なるべく木瀬見を早く探し出せってうるさくせっついてきやがる。本物の餓鬼病の薬を売られちゃ、自分達の偽薬(にせぐすり)が売れなくなるからな」
「ハッ! あの偽薬ねえ。その辺の草を乾かして砕いただけで大儲けなんだから、ボロい商売だよな」
ゴロツキ達が何を言っているのか分かったとき、良吉はめまいがするほどの怒りを覚えた。
久命屋が餓鬼病の薬を売っているのは良吉も知っていた。高価なのに、ある程度飲み続ける必要があるとかで、払える者皆無理をして金を払っている。
効果なんてないという者もいるが、それでも治ったという者もいて、そういった者がいる以上、賭けてみたいと思うのが人の心というものだ。
大金持ちでもない者が、高い薬を買い続ければ当然すぐに金が尽きる。子供に薬を買い続けてやりたいがために、押し込み強盗を働いた父親もいるという。結果その父親は捕まって磔(はりつけ)にされた。
それなのに、薬が偽物だったなんて。色々な人が、薬を買うためにした色々な苦労が、味わった苦しみが、みんな無駄だったなんて。
「薬を飲んでる奴から、たまたま運よく餓鬼病が治った奴になると、どういうわけか薬のおかげになる。うまくできているもんだ」
戦う術なんかない豆腐小僧だけど、絶対に痛い目に合わせてやる。良吉は心のなかでそう誓った。
「秋津(あきつ)様の方は?」
(秋津様? なんかまた新しい人が出てきた)
良吉は必死で記憶をたぐった。たしか大名だとか老中だとか、とにかく偉い人だった気がする。
ゴロツキ達の会話に耳をそばだてながら、手首を縛られたまま、手を鍋のフタに触れようとするほどに伸ばした。ぐつぐつと煮える音に混じって、ぽちょんぽちょんと鍋に落ちる音をかすかにとらえた。
「秋津様の方もカンカンよ。どいつもこいつも勝手な事ばかり言いやがって……」
「おい! 何してる!」
太った手下が良吉の動きを見咎めて、肩をつかんで囲炉裏から引きはがした。勢いで芳吉は床に尻餅をついた。
「どうした」
聞いてきた頭に、手下は荒い口調で応えた。
周りで飛びかう大きな話し声で、良吉は目を覚ました。頭と手足が痛む。時々誰かの足音がして、横たわっている木の床が震えた。どうやら良吉は後手(うしろで)に縛られ、転がされているらしい。
起き上がろうともそもそしたが、手が動かないためうまくいかない。
「おお、目が覚めたかい『おぼろ』の小僧さん」
そう言ってのぞき込んだのは赤い着物を着た男、樹一だった。他に四人の男がにやけ面を並べていた。
良吉はいる場所は、長い間放っておかれた空き家のようだった。四隅にホコリがたまっている。真ん中には囲炉裏があり、そこで鍋(なべ)が煮えている。味噌のいい匂いがする。
そういえば、もう昼時をすぎているが、何も食べていない。バタバタしていたせいですっかり忘れていた。
樹一は良吉が何かを言う前に、彼の胸倉をつかんだ。
「おい、木瀬見はどこへ行った! お前らが逃がしたのは知ってるんだ!」
「くそ、もうちょっと知るのが早かったら店に乗り込んだのによ!」
部下たちが不満の声を上げる。
どうやってかは分からないが、こいつらは木瀬見が店にかくまわれていたのを知ったのだろう。でもそれを知ったとき、木瀬見はもう店を出た後だった。だからおぼろの店員である良吉をさらってその行方を聞こうというわけか。
「木瀬見さんの居所だったら、僕も知りたいよ! いつの間にか居なくなったんだ!」
「嘘をつけ!」
殴られ、軽い良吉の体は囲炉裏近くまで飛ばされた。火の中に落ちて大けがをしなかったのは幸いだっただろう。
痛みで呼吸が浅くなって胸が苦しい。
「あの薬の作り方も預かっているんだろう?」
「『あの薬』って、なんのこと?」
怖くて怖くて、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。どうしてこんな目に遭わないといけないんだろう。そう考えると、急に怒りが湧いてきた。
(本当になんでこんな目に遭わないといけないの?)
良吉はぎりっと唇を噛みしめる。
(僕は何も悪いことはしてないのに。悪いことをしているのはこいつらの方なのに)
「やっぱり、小僧じゃ何も知らないんですかねえ」
手下の一人が言う。
「久命屋さんはなんて?」
そんな会話を聞きながら、良吉は体を起こした。背中を温めてくれる火にむけて、後ろ手に縛られたままの手を伸ばす。
火はそれほど燃えたっておらず、炭が赤い宝石のように輝いているだけだ。それでも熱気に手をあぶらえ、良吉は顔をしかめた。
「久命屋の奴、なるべく木瀬見を早く探し出せってうるさくせっついてきやがる。本物の餓鬼病の薬を売られちゃ、自分達の偽薬(にせぐすり)が売れなくなるからな」
「ハッ! あの偽薬ねえ。その辺の草を乾かして砕いただけで大儲けなんだから、ボロい商売だよな」
ゴロツキ達が何を言っているのか分かったとき、良吉はめまいがするほどの怒りを覚えた。
久命屋が餓鬼病の薬を売っているのは良吉も知っていた。高価なのに、ある程度飲み続ける必要があるとかで、払える者皆無理をして金を払っている。
効果なんてないという者もいるが、それでも治ったという者もいて、そういった者がいる以上、賭けてみたいと思うのが人の心というものだ。
大金持ちでもない者が、高い薬を買い続ければ当然すぐに金が尽きる。子供に薬を買い続けてやりたいがために、押し込み強盗を働いた父親もいるという。結果その父親は捕まって磔(はりつけ)にされた。
それなのに、薬が偽物だったなんて。色々な人が、薬を買うためにした色々な苦労が、味わった苦しみが、みんな無駄だったなんて。
「薬を飲んでる奴から、たまたま運よく餓鬼病が治った奴になると、どういうわけか薬のおかげになる。うまくできているもんだ」
戦う術なんかない豆腐小僧だけど、絶対に痛い目に合わせてやる。良吉は心のなかでそう誓った。
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(秋津様? なんかまた新しい人が出てきた)
良吉は必死で記憶をたぐった。たしか大名だとか老中だとか、とにかく偉い人だった気がする。
ゴロツキ達の会話に耳をそばだてながら、手首を縛られたまま、手を鍋のフタに触れようとするほどに伸ばした。ぐつぐつと煮える音に混じって、ぽちょんぽちょんと鍋に落ちる音をかすかにとらえた。
「秋津様の方もカンカンよ。どいつもこいつも勝手な事ばかり言いやがって……」
「おい! 何してる!」
太った手下が良吉の動きを見咎めて、肩をつかんで囲炉裏から引きはがした。勢いで芳吉は床に尻餅をついた。
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