おぼろ豆腐料理店

三塚 章

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おぼろ豆腐料理店 14

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 怒っていない証拠に、その手に捕まって立ち上がろうとした小宮は、青白い手をつかむことができずにまた転がった。
 またシンが笑い声を立てる。
 よく見ると、シンの姿は幽霊のように透けていた。そして青年の足元にさっきの貝が落ちている。
 どうやら、この貝がシンの本体らしい。
 さすがに頭にきて、小宮はしゃがみこんで貝を怒鳴りつけた
「おまえ、いい加減にしろ!」
「まあまあ」
 いつきが宥める仕草をした。 
「蜃気楼っていうのは知ってるだろう?」
 いつきが言った。
「あの、海に幻の建物とか景色とかが見えるって言う……」 
「そう。それは蜃(シン)っていう怪(かい)が見せている幻影さ。蜃が吐く気で見える楼閣(ろうかく)だから蜃気楼」
「俺達の先祖は本来海に住んでたはずなんだがな。どこをどう渡ってきたものか、この千代藩で産湯をつかって以来、ずっと千代藩ずまいよ」
「は~」
 まさかこんな妖怪が近所に住みついているなんて。案外、いや確実に妖怪というのは近くにいるのだろう。自分達が見ていないだけで。
「そうだ、いつき。今朝は大変だったな」
 シンの表情が今までのふざけたものから心配そうなものになった。
「斬られた野郎は大丈夫だったか」
「ああ、一応。死んではいないがまだ目を覚まさない。そこでだ、シン。あいつを襲った奴に心当りはないかい」
「襲った奴って、こいつのことかい」
 染料が水ににじんだように、青年の姿が滲んで崩れていた。そしてまたはっきりとした姿で現れたのは、赤い着物をだらしなく着たゴロツキだった。
「あ、そいつ! そいつだよあの人を襲ったのは!」
 小宮の反応が面白かったのか、シンは軽い笑い声をたてた。
「あいつは確か樹一(じゅいち)と言ったかな。最近この辺りで見かけるようになったゴロツキだ。取り立てからゆすりからロクなことをしていないみてえだ。さすがにねぐらまでは分からねえがな」
 本人そっくりの姿でそんな事を語られると、なんだか変な感じがした。
 そしてさすがに声だけは変えられないらしく、むさくるしい男が明るいさわやかな口調で話すのが少しおもしろかった。
「そうそう、最近は久命屋(くめや)とつるんでいるみたいだ」
「え? 薬屋の?」
 確か、唯一餓鬼病の薬を売って大儲けしている所だ。そこで可奈も父親の薬を買っているはずだ。可奈の事を思い出して、小宮は少し胸が痛んだ。
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