おぼろ豆腐料理店

三塚 章

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おぼろ豆腐料理店 5

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 赤い着物の男が手で合図をする。それをきっかけに、男達は川下の方向へいっせいに逃げ出した。
 一瞬追いかけそうになった小宮は、うなり声を聞いて足を止めた。
「そうだ、この人!」
 とにかく今はこの旅人の手当が最優先だ。
「小宮!」
 いつきが近くの家の戸口に立ち、手招きをしている。そばに、その家の住人らしき人が立っていて、その人もこちらに手を振っていた。
「この人が戸板を貸してくれるって。『おぼろ』に運びこもう。近いし、広いから」
 反対する理由はなかった。

 豆腐料理屋『おぼろ』は、大通りから少し離れた場所にある物の、まあ大きい方に入る店だ。のれんをくぐり、戸を開けると、卓とイスが並んでいる。
 昼時にはまだ早く、客は数人しかいなかった。
「おいおい、一体何があった」
 いきなり戸板に乗せられて運ばれてきたケガ人を、客達は腰を浮かせてのぞきみる。
「あ、いえ、大したことでは」
 怪我をして気を失った人が運ばれてきたのだから、充分大したことなのだけれど、そう答えるしかない。
「二階へ運ぼう」
 いつきが言った。
「だがさすがに戸板を持ったまま階段をのぼることはできないな」
 とりあえず空いている卓に戸板を乗せる。
「よし、私が」
 小宮が身をかがめた。いつきが旅人を起こし、小宮に背負わせる。
「いつきさん! 何があったんですか!」
 客の相手をしていた良吉(よしきち)が駆け寄ってきた。ぷっくらとしたほっぺたがかわいらしいこの小僧さんは、まだ六歳ほどだろうに、大人顔負けの働きをしているいい子だ。
「いや、店のすぐ傍で刃傷沙汰があってね。良吉、医者を呼んできてくれ」
「ええ? お医者さん? 捕まるかなあ。今餓鬼病で忙しいから」
 いつきの指示にあせったように答えながら、良吉は店から走り出た。
調理場から頭に手ぬぐいを巻いた粋なおやじさんが顔をのぞかせた。『おぼろ』の板前の松だった。
「なにか、手伝うことは」
「湯をわけてくれ。キレイな奴」
 といつきが指示をする。
「あいよ。なんだか大変なことに巻き込まれちまったみたいだねぇ。まあ、あんたらのことだから大丈夫だろうけどよ」
 小宮は怪我人を背負ったまま、手摺りにしがみつき階段を上っていく。
 一階で食事をしたことはあっても、二階にあがったことはない。襖(ふすま)を開け、部屋に入ったところでつい中を見回してしまう。
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