1 / 28
おぼろ豆腐料理店 1
しおりを挟む
ひゅうひゅうと風が土ぼこりを舞い上がらせた。大八車を引く男が軽く咳をした。その荷台にむしろをかけられた細長い物が乗っているのを見て、小宮は小さく呟いた。
「やだなあ。また死人かなあ」
最近ここ千代藩(ちよはん)では奇妙な病が流行(はや)っていた。
流行病の名前は餓鬼病(がきびょう)という。症状が進むと手足が痩せ、腹だけがふくれあがり、その名の通り餓鬼のような姿となって衰弱死する。予防法もまだ分からず、女や子供は恐れてなるべく外へ出ないようにしていた。
通りも行き交う者がいないわけではないが、心なしか皆暗い顔つきをしているような気がする。小宮(こみや)が訪れた長屋にもどこか活気がない。
「あら、小宮様」
少し痩せた女性が声をかけてきた。
「やあ、可奈(かな)」
可奈は、本来はもっと美しい女の子なのだが、最近は気苦労が耐えないからだろう。顔色がすぐれないのが気にかかった。
可奈はほんの少しほほ笑みを浮かべてくれた。
「すみません、こんな汚い所まで様子を見に来て下さって。小宮様はお武家様なのに」
小宮宗二(そうじ)の父親は千代藩に仕えている。長男の宗一と違い、次男である宗二は城に務めに行くことはないが、それでも武士は武士。
住む場所が違う町人の可奈と出会ったのは、まだ幼い時分だった。
野良犬かガキ大将にからかわれていた可奈を小宮が助けた、というのだったら格好いいのだが、実際はもっとのどかな話だった。
そのころ近くの河原でツチノコが現われたという噂がたった。小宮はほかの同年代の子供と同じように、幻の蛇をつかまえようと捕獲用の網を持って何日も河原に通っていた。
そんなとき、同じようにツチノコ狩りに来ていた可奈と知り合った。
可奈との出会いを思い浮かべたとき、いつも小宮の胸に広がる景色がある。
夕日で金色に染められた河原の草が、波のように風にそよぐ中を、二人で駆け回っている光景。それを思い出すとき、小宮はいつもほのぼのと暖かい気持ちになるのだった。
結局ツチノコは見つからなかった物の、それ以来二人は時々話をする仲になった。
「可奈、お父上の様子は?」
「ええ、相変わらず……」
可奈の父もまた、餓鬼病にかかっていた。
病気にかかった始めのころは、小宮も、辛そうにしつつも家具や小物に木彫りをする仕事をこなす彼の姿を見ることができた。
「やだなあ。また死人かなあ」
最近ここ千代藩(ちよはん)では奇妙な病が流行(はや)っていた。
流行病の名前は餓鬼病(がきびょう)という。症状が進むと手足が痩せ、腹だけがふくれあがり、その名の通り餓鬼のような姿となって衰弱死する。予防法もまだ分からず、女や子供は恐れてなるべく外へ出ないようにしていた。
通りも行き交う者がいないわけではないが、心なしか皆暗い顔つきをしているような気がする。小宮(こみや)が訪れた長屋にもどこか活気がない。
「あら、小宮様」
少し痩せた女性が声をかけてきた。
「やあ、可奈(かな)」
可奈は、本来はもっと美しい女の子なのだが、最近は気苦労が耐えないからだろう。顔色がすぐれないのが気にかかった。
可奈はほんの少しほほ笑みを浮かべてくれた。
「すみません、こんな汚い所まで様子を見に来て下さって。小宮様はお武家様なのに」
小宮宗二(そうじ)の父親は千代藩に仕えている。長男の宗一と違い、次男である宗二は城に務めに行くことはないが、それでも武士は武士。
住む場所が違う町人の可奈と出会ったのは、まだ幼い時分だった。
野良犬かガキ大将にからかわれていた可奈を小宮が助けた、というのだったら格好いいのだが、実際はもっとのどかな話だった。
そのころ近くの河原でツチノコが現われたという噂がたった。小宮はほかの同年代の子供と同じように、幻の蛇をつかまえようと捕獲用の網を持って何日も河原に通っていた。
そんなとき、同じようにツチノコ狩りに来ていた可奈と知り合った。
可奈との出会いを思い浮かべたとき、いつも小宮の胸に広がる景色がある。
夕日で金色に染められた河原の草が、波のように風にそよぐ中を、二人で駆け回っている光景。それを思い出すとき、小宮はいつもほのぼのと暖かい気持ちになるのだった。
結局ツチノコは見つからなかった物の、それ以来二人は時々話をする仲になった。
「可奈、お父上の様子は?」
「ええ、相変わらず……」
可奈の父もまた、餓鬼病にかかっていた。
病気にかかった始めのころは、小宮も、辛そうにしつつも家具や小物に木彫りをする仕事をこなす彼の姿を見ることができた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる