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第15話 さようなら、そしてこれからよろしく
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倒れた神像の手に体の半ばをつぶされ、気を失ったイルラナは、まだ辛うじて息があった。しかし、このままでは数分ももたないことははっきりしていた。
今度こそ神像はくたばったようで、動く気配はない。
しゃがみこんでイルラナの状態を調べていたアレヴェルは、無言で立ち上がった。赤い
魔法陣に目を向ける。
そこには喉を貫かれたイルラナの幼なじみが転がっていた。
「……すげえよな、イルラナは」
エリオンの足首を持って、魔法陣から退かしながらアレヴェルは語りかけた。
「好きな相手の体だぞ。痛めつけるのは辛かったろうに。それでも、あんたの誇りを守ったんだ」
(まあ、そういう奴だから惚れたんだが)
さすがに物言わぬ相手でも、照れ臭くてそれを声に出すことはできなかった。
「なあ、あんたと一度話がしたかったよ。恋敵がどんな奴かって、気になるだろ? きっと……きっと、いい奴だったんだろうなぁ」
エリオンの亡骸を魔法陣の外に出し終わると、今度は意識のないイルラナの体を抱き抱える。彼女から流れ出た血が、腕を、胸を濡らしていく。今にも浅い呼吸が止まりそうで焦る。けれど急に揺らしたり、落としたりしたら、それだけがとどめになってしまいそうで、動きはどうしてもゆっくりになった。
「でもまあ、俺の勝ちだよな。これからずっと、一生、イルラナは俺のことを忘れたくても忘れないよ」
イルラナの体を、エリオンが退かされ空になった赤い魔法陣に乗せる。
屈んだ拍子に、胸にかけたペンダントが輝いた。
(俺が体を譲った後も、これを大切にしてくれればいいが)
「姉さんを守れなかった上に、イルラナも守れないんじゃ無能すぎるからさ」
イルラナの体がちゃんと魔法陣の真ん中に入っていることを確認して、アレヴェルは碧い魔法陣に向かった。
ほんの少し振り返り、小さくイルラナに手を振った。
魂が抜き出され消えていくとき、痛くなければいいな、などと思いながら。
頭の中で大量の水がグルグルと渦を巻いているようだった。体のあちこちが痛む。全身がバラバラになったようだ。
体の感覚で自分が横たわっているのがわかった。ゆっくりと体を起こす。開けたばかりの目がチカチカする。
ふらふらしたが、なんとか床に座り込んだ。
(あれ?)
何だか、いつもより視点が高い気がする。
(私、神像につぶされそうになって、それから?)
立ち上がろうとして、床についた手に、彫られた赤く細い線が触れる。イルラナは、自分が魔法陣の中にいるのに気がついた。そして、大きく骨っぽく見える、自分の手。
「まさか……」
呟いた声は、自分の物より低かった。思わず喉に手をやると、尖った喉仏に触れる。ペンダントの鎖が指に触れる。
鼓動が痛いほどに高鳴る。こめかみに汗が浮かんだ。
「私、アレヴェルの体に……」
見下ろした服は、アレヴェルの物だ。ひどく血で汚れているが、体に大きな傷はない。
つまり、この血は彼の物ではない。では、誰の……?
震える体でイルラナは顔を上げた。
碧い魔法陣の上に、イルラナの体が転がっていた。半分以上つぶされた、赤い塊(かたまり)。
イルラナは両手で顔を隠し、大きく息をした。胸が塞がったようになって、悲鳴すらもあげられない。
アレヴェルが最後、何を考え、何を言ったのかイルラナにはわからない。彼の胸の中に残っていないかと服の胸元きつくつかんだ。けれどアレヴェルの言葉は、想いは、浮かび上がってはこなかった。
わかっているのは、彼が自分の体をイルラナにくれたということだけだ。
「バカ!」
口から出たのは、「ありがとう」でも「ごめんなさい」でもなく、そんな罵(ののし)りの言葉だった。
「このバカ! こんなこと頼んでない!」
こぼれた涙を強くぬぐう。
アレヴェルのせいで、イルラナは生きなければならなくなった。アレヴェルの命を背負(せお)って、エリオンの無念も背負って。
今度こそ神像はくたばったようで、動く気配はない。
しゃがみこんでイルラナの状態を調べていたアレヴェルは、無言で立ち上がった。赤い
魔法陣に目を向ける。
そこには喉を貫かれたイルラナの幼なじみが転がっていた。
「……すげえよな、イルラナは」
エリオンの足首を持って、魔法陣から退かしながらアレヴェルは語りかけた。
「好きな相手の体だぞ。痛めつけるのは辛かったろうに。それでも、あんたの誇りを守ったんだ」
(まあ、そういう奴だから惚れたんだが)
さすがに物言わぬ相手でも、照れ臭くてそれを声に出すことはできなかった。
「なあ、あんたと一度話がしたかったよ。恋敵がどんな奴かって、気になるだろ? きっと……きっと、いい奴だったんだろうなぁ」
エリオンの亡骸を魔法陣の外に出し終わると、今度は意識のないイルラナの体を抱き抱える。彼女から流れ出た血が、腕を、胸を濡らしていく。今にも浅い呼吸が止まりそうで焦る。けれど急に揺らしたり、落としたりしたら、それだけがとどめになってしまいそうで、動きはどうしてもゆっくりになった。
「でもまあ、俺の勝ちだよな。これからずっと、一生、イルラナは俺のことを忘れたくても忘れないよ」
イルラナの体を、エリオンが退かされ空になった赤い魔法陣に乗せる。
屈んだ拍子に、胸にかけたペンダントが輝いた。
(俺が体を譲った後も、これを大切にしてくれればいいが)
「姉さんを守れなかった上に、イルラナも守れないんじゃ無能すぎるからさ」
イルラナの体がちゃんと魔法陣の真ん中に入っていることを確認して、アレヴェルは碧い魔法陣に向かった。
ほんの少し振り返り、小さくイルラナに手を振った。
魂が抜き出され消えていくとき、痛くなければいいな、などと思いながら。
頭の中で大量の水がグルグルと渦を巻いているようだった。体のあちこちが痛む。全身がバラバラになったようだ。
体の感覚で自分が横たわっているのがわかった。ゆっくりと体を起こす。開けたばかりの目がチカチカする。
ふらふらしたが、なんとか床に座り込んだ。
(あれ?)
何だか、いつもより視点が高い気がする。
(私、神像につぶされそうになって、それから?)
立ち上がろうとして、床についた手に、彫られた赤く細い線が触れる。イルラナは、自分が魔法陣の中にいるのに気がついた。そして、大きく骨っぽく見える、自分の手。
「まさか……」
呟いた声は、自分の物より低かった。思わず喉に手をやると、尖った喉仏に触れる。ペンダントの鎖が指に触れる。
鼓動が痛いほどに高鳴る。こめかみに汗が浮かんだ。
「私、アレヴェルの体に……」
見下ろした服は、アレヴェルの物だ。ひどく血で汚れているが、体に大きな傷はない。
つまり、この血は彼の物ではない。では、誰の……?
震える体でイルラナは顔を上げた。
碧い魔法陣の上に、イルラナの体が転がっていた。半分以上つぶされた、赤い塊(かたまり)。
イルラナは両手で顔を隠し、大きく息をした。胸が塞がったようになって、悲鳴すらもあげられない。
アレヴェルが最後、何を考え、何を言ったのかイルラナにはわからない。彼の胸の中に残っていないかと服の胸元きつくつかんだ。けれどアレヴェルの言葉は、想いは、浮かび上がってはこなかった。
わかっているのは、彼が自分の体をイルラナにくれたということだけだ。
「バカ!」
口から出たのは、「ありがとう」でも「ごめんなさい」でもなく、そんな罵(ののし)りの言葉だった。
「このバカ! こんなこと頼んでない!」
こぼれた涙を強くぬぐう。
アレヴェルのせいで、イルラナは生きなければならなくなった。アレヴェルの命を背負(せお)って、エリオンの無念も背負って。
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