月下の麗人・黒衣の魔術師

三塚 章

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 †陸の不知火(しらぬい)

陸の不知火(しらぬい)最終話

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 村に戻って来た時には完全に日は落ち、すっかり暗くになっていた。
 もう皆家に引っ込んだらしく、村に人影はない。
 ハディスは、注意深く村の周りを歩いていった。小さな魔力を感じて、ハディスはその方向に足をむけた。
「ここだ」
 ハディスが足を止めたのは、家が建っている場所から離れた、畑の一角だった。そこだけ地面が正方形に石で舗装されている。その三方は薄い木の壁で覆われ、天井はない。内には堆肥と、堆肥になりかけの草や生ごみが山になっている。
 鼻をつく臭いに、ハディスは顔をしかめた。
 それはよくある肥料置場だった。ただ、下が石なのと、堆肥に半ば覆われて一部しか見えないが、その床全体に大きな魔法陣が描かれているのが少し変わっていた。
 堆肥の中に、不自然に光る物を見つけ、ハディスは目を懲らした。小さな銀食器がいくつか、腐った山に埋もれている。そして、小さな朽ちた木のボタンが一個。
「おおかた、こんなこったろうと思ったよ」
 皮肉気にハディスが言った時、リンクスが急に警戒の鳴き声を上げる。
 ハディスは反射的に振り返った。
 いつの間にか近づいてきていた人影が、ハディスの頭を狙いクワを振り上げていた。
「ぬおっ!」
 ハディスはロッドを掲げ、その一撃を振り払った。
 間合いを取って初めて、自分に攻撃をしてきたのがディールだと分かった。
 怒り狂った声を上げ、リンクスはディールに飛び掛かっていった。
「殺すなよ、リンクス!」
 ディールの目の前に跳び上がり、その顔をひっかく。
 ディールの手からクワが落ちる。顔を覆った両手から、くぐもった叫び声が響く。
「まったく、こんな所で襲いかかってくんな! 小屋ン中にぶっ倒れたら大惨事じゃねえか!」
 なんだか場所さえ考えれば襲いかかってもかまわない、というようなハディスの悪態だった。
 ハディスは気を取り直そうとするように息を吐いた。
「やっぱりな。レストを殺したのは村の奴(おまえ)らか」
 ハディスは杖の先で床の魔法陣を指した。
「前に魔術師がこの村に来たとか言ってたな。その時にその魔術師が礼として描いたのがそれだろう」
 魔法陣に使われている文字で、なんの効果があるのかは見当がついた。魔法陣内の時間の流れを速める物だ。ここに入れた物の発酵を進め、早く肥料にするための物だろう。
 魔法陣の全体が見えないから確認はできないが、当然生きている物には効果がないようになっているはずだ。作業している農夫がゾンビになってはシャレにならない。もっとも、早く傷んでもかまわない作業着を着る必要はあるかもしれない。
「レストを殺したのはお前達だな。そこにある銀食器……お前ら、領主の城から帰ってきたレストを私刑(しけい)にしたってわけだ」
 ディールは袖で顔の傷をぬぐった。赤い縦線が何本か、額から顎先まで伸びている。リンクスはだいぶ手加減したらしく、傷は浅そうだ。
 懲りずにディールは再びクワを拾い上げた。
 リンクスはずっと地面に身を伏せ構えている。
「ああ、そうだ。夜中にレストの家から婆さんの悲鳴が聞こえてな。見に行ったら足を怪我したレストが、妙な包みを持って立っていた」
 そういえば、賊は窓から逃げたと領主は言っていた。足の傷はその時についたのだろう。婆さんはさぞ驚いたに違いない。隣で寝ていたと思っていたかわいい孫が、いきなり怪我をして外からやってきたのだから。
「レストのおかしな様子に、包みを奪い取ってみたら、銀の食器が入っていた。領主から盗んできたんだとすぐにわかった」
「それでレストを殺したってわけか。銀食器も隠したままで」
『もしも捕まえていたら、賊の家族もろとも張りつけにしてやるのに』
 憎らしげな領主の口調をハディスは思い出した。
 長い間、ディクストの傍に住んでいた村人達は、当然ハディスより領主の苛烈な性格を知っているに違いない。
 わざわざ墓を暴かせたあの性格ならレストの家族といえば老婆ぐらいな物らしいが、血の繋がりがなくても賊の知り合いを何人か張りつけにしそうだ。それに制裁として税でもあげられたらこの冬を越せないものが出ても不思議ではない。
「それで殺したレストの死体を布にでも包(くる)んでここにぶち込んだってわけだ。多分、村の何人かに手を貸してもらってな。領主に詮索されてもとっくに死んでいるレストが泥棒なんてできるわけがないとしらばっくれるために」
 そう、考えれば単純なことだった。何週間も前に死んだ人間が生き返ってフィルナに斬りつけることができない以上、フィルナに斬りつけた人間を殺し、その後に死体を短期間で何週間も経ったように加工するしかない。
 領主がレストを探しに来たときは、レストの死体はもう数週間分も時を経たせられていたのだろう。とある村の肥料置き場に魔法陣があるなどと知らなかった領主はまんまと騙されたというわけ。
 図星の証拠に、ディールはクワの柄を握り直した。
 ハディスは両手を広げてなだめるしぐさをする。
「待て待て、こっちは正義の味方じゃないんだ。領主に余計な事は言わんよ」
 まだ不信そうな顔をしていたが、とりあえずディールは動きを止めた。
「お前らが人を殺したことだって、責めようとは思わん。たいして珍しいことじゃなし、俺の知り合いが殺されたわけじゃなし」
 その時、ディールの後、かなり離れた場所に人影を見つけ、ハディスはその正体を見極めようと目を細めた。ハディスの表情の変化に気付いたのか、ディールは振り返った。
 風にのり、しわがれた声がかすかに聞こえてくる。
「レスト……誰かレストを知らないかえ……」
「婆さん」
 呆れの混じった声でディールが呟いた。
 なんだか老婆のかぼそく、間の抜けた声に緊張はすっかり解け、白けた雰囲気が漂った。
 月と星の頼りない明かりの下、黒い影はよたよたと近づいて来る。
「まあ、なんだ。領主に密告(チク)ればいくらか褒美をもらえるかも知れないが、代わりにあの婆さんが張りつけになったんじゃ寝ざめが悪いしな」
「……」
「大体、この村で誰が殺されようと俺には関係ない」
 黙って突っ立っているままのディールに背をむけ、ハディスは城に歩き始めた。リンクスも構えを解いて主人の後に続いた。
 自分の言葉をディールが信じたかは分からない。けれどもうこっちにちょっかいを出してくることはないだろうと、何となく思った。
 背後で、ディールが何か老婆に語りかけ、なだめているのが聞こえる。
 近くの山に、鬼火のようにオレンジ色の灯が、いくらかうろついていた。もうこの世にはいない人間を探す明かり。ハディスは、なんとなく海に灯るという不知火を思い出した。何が燃えているのか分からない、気味の悪い光。
「かわいそうな婆さんのためにご苦労なこったと思ったら、こんなオチがあったなんてね。自分でその孫を殺たせめてもの罪滅ぼしのつもりか?」
「あら、あれはそんな上等な物じゃありませんわ。別にお婆さんのためじゃなくてよ」
 リンクスがくすくすと笑った。
「目の前でその孫を殺し、あの老婆を狂わせてしまった自分達の罪悪感をごまかすためにやってるにすぎません。覚えおきください、ハディス様。人間のエゴは上手に色々な物に化けますのよ、時に親切、時に悔悛……」
「……そんな物かね」
「もっとも、その正体に大抵本人自身が気づかないのですから、タチが悪いですわ~」
 リンクスはそう言って嗤った。
 見つからない者を探すのに飽きて、陸の不知火はゆっくりと麓へと下り始めた。

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