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†陸の不知火(しらぬい)
陸の不知火1
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ジャガイモとパンとスープ、そして少々のチーズ。それがハディスに供された夕食だった。かなり質素だが、冬も近い寒村では精一杯の食事なのだろう。ハディスはありがたくいただくことにする。
「それにしても、魔術師の旅人が来るなんてひさしぶりですよ」
どこか嬉しそうに村長のディールは言った。
ハディスの傍には、魔術師の証であるロッドが壁に立てかけられていた。ハディスは魔術師にしては歳が若く、大体十六が十七といった所か。どこか飾りのないタキシードを思わせる黒い服を着ている。
「いや、ちょっとここに欲しい草があるって聞いてね」
魔法に使う樹の皮や薬草は、町で買うとやたらと値がはる。何月何日に呪文を唱えながら採らないといけない、やら魔術文字を彫った鎌で切らないといけない、やら制約があるからだ。必要経費を浮かせ、設けを多くするため、ハディスはなるべく自分で材料を集めるようにしていた。気候のせいか、目当ての薬草が近場になく、住んでいるハルズクロイツの街からかなり離れた山にまでくるハメになってしまった。
もっとも、久しぶり、ということは同じ苦労をした魔術師は初めてではないらしい。
当然宿などあるわけがなく、ハディスは村人と交渉して一晩泊めてもらえることになった。むろんちょっとした薬や害獣避けの符くらいは礼として渡す取り決めだ。
ディールは一人暮らしらしく、話し相手ができたのが嬉しいと言ってくれた。
「ところで、本当にその猫の飯はいらないのかい?」
ディールは部屋の隅に丸まっている黒猫を視線で指した。
「ああ、リンクスか。あいつは人前で飯をくわないんだ」
ハディスは少し苦笑した。
一見ただの黒猫に見えるが、リンクスはケット・シーという魔族だ。ケット・シーはプライドが高く、普通の猫のように床に置いた皿からは決して飯を食わない。かといって泊めてもらっている身で食卓に猫の席を用意しろ、などとは言ったらおかしく思われるだろう。ハディスはあとでスキを見てなにか食べさせてやることにした。
ノックの音がして、ディールは席を立った。
木戸を開けると、中年の男が立っていた。他の村人よりも少し良い服を着ている。どこかオドオドとして、頼りない印象だ。
「ここに、旅の魔術師が来ていると聞きましたが?」
「おお、これはエリグさん。御領主に仕えているあなたがこのボロ屋にどんなご用で?」
エリグと呼ばれた男に、ディールは嫌味混じりの挨拶をした。
「実は、ここの客人の噂が領主様のお耳に入りまして。娘御の怪我を客人なら治せるのではないかと」
どうやらこの村に珍しい客が来ているとわざわざ領主に伝えた者がいるようだ。
ディールが顔をしかめてハディスに言う。
「領主様のご息女は大きな怪我をしてここ数日ずっと床に伏せっていましてな。傷からくる熱が下がらんのです。領主様は呪いではないかと」
「ふ~ん」
わざわざ呪いを疑う所、何か後ろ暗い事でもあるのだろうか? ハディスは少し興味を引かれた。
ディールはそれなりの礼はするし、夕食がまだなら準備もある、と領主からの伝言をハディスに告げた。
「それなら行ってやってもかまわんぞ」
領主の館で出る食べ物の方が豪華だろうし、ディールも少ない蓄えを取られない分いいだろう。結局用意された食事に手を付けず、ハディスは立ちあがった。
ハディスが杖を手に取り戸口に向かうと、床に寝転んでいたリンクスが起き上がり、後についてきた。
「呼んでもないのについてくるなんて、まるで犬みたいな猫ですね」
「ハハハ……」
ハディスはひきつった笑い声をあげた。リンクスは知らん顔をしているが、長い付き合いなのでハディスには彼女がむっとしているのがよくわかった。
煮炊きしていたおかげで温まっていた家から出ると、風は肌寒いくらいだった。この辺りは常緑樹がほとんどで、夕暮れの村は冬の初めのくすんだ緑で覆われている。その向こうには刈り取り終わった麦の畑が広がっている。
村の出口に近づくにつれ、ざわめきが聞こえ出した。村の隅にたいまつを持った者が何人か集まっている。皆若い男だった。
その近くの地べたには、一人の老婆が座りこんでいた。老婆はただしわくちゃの両手で顔を覆い隠している。泣いているようだった。
「孫が、レストが帰ってこないんだよ」
男の一人が、老婆をなだめている。
「わかってる、わかってる。これから皆で探してやるから」
「なんだありゃ」
ハディスの言葉にディールは言いづらそうにもそもそと口を開く。
「ああ、あの人の孫、レストっていうんですが、奴が行方不明になりまして……」
「へえ。なんだったら後で魔術で探してやろうか? その孫の持ち物とこの辺の地図があればできると思うが」
その言葉を消そうとするように、ディールは顔の前で手を振った。
「いえいえ、その必要はありません。じつは、レストというのはもう死んでいるのですよ」
小声でディールは言った。
「孫を亡くしたのがショックだったのでしょう。婆さんはすっかりおかしくなってしまいまして。今でも孫が生きてるものと思って探しているのですよ。見るに忍びなくて、毎晩皆で探す真似事をしているのです」
「ふ~ん」
ハディスは気のない返事をした。
エリゲは気味悪そうな目で集団を見ている。死者を探す、という行為が不気味に見えているのかも知れない。
なんにせよ、婆さん一人のために見つかるわけのない奴を探しにでるとはご苦労なことだ。
(あの婆さんはそうとう慕われてたのかも知れないな)
そこまで思って、ハディスは、これから行く領主の城にさっさと興味を移してしまった。
「それにしても、魔術師の旅人が来るなんてひさしぶりですよ」
どこか嬉しそうに村長のディールは言った。
ハディスの傍には、魔術師の証であるロッドが壁に立てかけられていた。ハディスは魔術師にしては歳が若く、大体十六が十七といった所か。どこか飾りのないタキシードを思わせる黒い服を着ている。
「いや、ちょっとここに欲しい草があるって聞いてね」
魔法に使う樹の皮や薬草は、町で買うとやたらと値がはる。何月何日に呪文を唱えながら採らないといけない、やら魔術文字を彫った鎌で切らないといけない、やら制約があるからだ。必要経費を浮かせ、設けを多くするため、ハディスはなるべく自分で材料を集めるようにしていた。気候のせいか、目当ての薬草が近場になく、住んでいるハルズクロイツの街からかなり離れた山にまでくるハメになってしまった。
もっとも、久しぶり、ということは同じ苦労をした魔術師は初めてではないらしい。
当然宿などあるわけがなく、ハディスは村人と交渉して一晩泊めてもらえることになった。むろんちょっとした薬や害獣避けの符くらいは礼として渡す取り決めだ。
ディールは一人暮らしらしく、話し相手ができたのが嬉しいと言ってくれた。
「ところで、本当にその猫の飯はいらないのかい?」
ディールは部屋の隅に丸まっている黒猫を視線で指した。
「ああ、リンクスか。あいつは人前で飯をくわないんだ」
ハディスは少し苦笑した。
一見ただの黒猫に見えるが、リンクスはケット・シーという魔族だ。ケット・シーはプライドが高く、普通の猫のように床に置いた皿からは決して飯を食わない。かといって泊めてもらっている身で食卓に猫の席を用意しろ、などとは言ったらおかしく思われるだろう。ハディスはあとでスキを見てなにか食べさせてやることにした。
ノックの音がして、ディールは席を立った。
木戸を開けると、中年の男が立っていた。他の村人よりも少し良い服を着ている。どこかオドオドとして、頼りない印象だ。
「ここに、旅の魔術師が来ていると聞きましたが?」
「おお、これはエリグさん。御領主に仕えているあなたがこのボロ屋にどんなご用で?」
エリグと呼ばれた男に、ディールは嫌味混じりの挨拶をした。
「実は、ここの客人の噂が領主様のお耳に入りまして。娘御の怪我を客人なら治せるのではないかと」
どうやらこの村に珍しい客が来ているとわざわざ領主に伝えた者がいるようだ。
ディールが顔をしかめてハディスに言う。
「領主様のご息女は大きな怪我をしてここ数日ずっと床に伏せっていましてな。傷からくる熱が下がらんのです。領主様は呪いではないかと」
「ふ~ん」
わざわざ呪いを疑う所、何か後ろ暗い事でもあるのだろうか? ハディスは少し興味を引かれた。
ディールはそれなりの礼はするし、夕食がまだなら準備もある、と領主からの伝言をハディスに告げた。
「それなら行ってやってもかまわんぞ」
領主の館で出る食べ物の方が豪華だろうし、ディールも少ない蓄えを取られない分いいだろう。結局用意された食事に手を付けず、ハディスは立ちあがった。
ハディスが杖を手に取り戸口に向かうと、床に寝転んでいたリンクスが起き上がり、後についてきた。
「呼んでもないのについてくるなんて、まるで犬みたいな猫ですね」
「ハハハ……」
ハディスはひきつった笑い声をあげた。リンクスは知らん顔をしているが、長い付き合いなのでハディスには彼女がむっとしているのがよくわかった。
煮炊きしていたおかげで温まっていた家から出ると、風は肌寒いくらいだった。この辺りは常緑樹がほとんどで、夕暮れの村は冬の初めのくすんだ緑で覆われている。その向こうには刈り取り終わった麦の畑が広がっている。
村の出口に近づくにつれ、ざわめきが聞こえ出した。村の隅にたいまつを持った者が何人か集まっている。皆若い男だった。
その近くの地べたには、一人の老婆が座りこんでいた。老婆はただしわくちゃの両手で顔を覆い隠している。泣いているようだった。
「孫が、レストが帰ってこないんだよ」
男の一人が、老婆をなだめている。
「わかってる、わかってる。これから皆で探してやるから」
「なんだありゃ」
ハディスの言葉にディールは言いづらそうにもそもそと口を開く。
「ああ、あの人の孫、レストっていうんですが、奴が行方不明になりまして……」
「へえ。なんだったら後で魔術で探してやろうか? その孫の持ち物とこの辺の地図があればできると思うが」
その言葉を消そうとするように、ディールは顔の前で手を振った。
「いえいえ、その必要はありません。じつは、レストというのはもう死んでいるのですよ」
小声でディールは言った。
「孫を亡くしたのがショックだったのでしょう。婆さんはすっかりおかしくなってしまいまして。今でも孫が生きてるものと思って探しているのですよ。見るに忍びなくて、毎晩皆で探す真似事をしているのです」
「ふ~ん」
ハディスは気のない返事をした。
エリゲは気味悪そうな目で集団を見ている。死者を探す、という行為が不気味に見えているのかも知れない。
なんにせよ、婆さん一人のために見つかるわけのない奴を探しにでるとはご苦労なことだ。
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