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第10話 赤い砂漠白い砂漠

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「よくもここまで集めたな。ビスラの奴、本気だ。ゴートシップまで用意してやがる」
 カシが呻いたのも無理はない。一人用の空飛ぶ船が、ざっと二十ほど空に浮いていた。
 ゴートシップは、軍隊でも使われるほど高性能の船だ。底の尖った壷のような船体に、真横に伸びるハンドルが付いているその格好は確かに白い雄ヤギの首に似ていた。
「この私にケンカを売るとはいい度胸だ」
 ガウランディアのシッポがムチの音を立てて床を叩く。寝起きの変に座った目で、ガウランディアはモニターをにらむ。
「サブモニター! 砲門の修理は終っているか」
「アホか~!」
 モニターが結果を出す前に、カシが叫んだ。
「地上で宇宙船用の大砲ぶっ放すつもりか! 確かに敵さんがたは蒸発するだろうが、街まで届くぞ!」
 カシが袋から空飛ぶジュウタンを取り出した。額にかけていたゴーグルを目の高さまで引き下ろす。
「二人乗りだ。マイニャ、カエル持って乗れ!」
「許さん」
 ガウランディアは冷ややかにいった。
「なんでだよ! 女子供まず逃がすべきだろが」
「ほう、そうなのか。ドラニュエルでは大人が先に逃げるぞ。そうすればまた子供が産まれ、絶滅が防げるからな」
「いや、ボス達の生態なんてどうで」
 カシのみぞおちに、ガウランディアの拳がめり込む。
「黙れ。問答無用だ」
「ボ、ボス。おま、寝起き、悪すぎ……」
「落ち着け。金庫と暗証番号を一緒に逃がす気か? もし捕まって、マイニャを使いパズルを奪われるのだけは防ぐんだ。ダイキリ。マイニャに化けて、カエルを抱いて行け。おとりだ。できる限り敵をひきつけろ。あとで宇宙港に集合だ」
 ガウランディアは長い髪をまとめ、結い上げた。
「でも……」
「大丈夫ですよ、カシさん」
 マイニャはキッと強い瞳でカシを見据えた。
「私は、父がしたことを償わなければなりません。捕まったりしませんわ」
「分かったよ」
 カシはしぶしぶ頷いた。
 少しずつ、包囲の輪が狭まるにつれて、警戒音が大きくなっていく。危険を知らせるものだから当たり前だが、心の奥を引っかくような、落ち着かない音だ。
 ダイキリは変装を終えると、カエルを抱きしめた。本物のマイニャも、ダイキリも、非常事態に備えて動きやすいズボンと半袖姿で、おっとりした顔にあまりにあっていなかった。
 広がったジュウタンに座り、カシは操作ジュエルに光をともす。
「ボス。死ぬなよ」
「誰に物を言っている小僧。ドラゴンがトカゲに負けると思うか」
「うまく逃げられたら、どうやって敵をまいたか教えてくださいね」
「わからないですわよ、オリジナルのマイニャさん。あなたより私の方がきれいですから。すぐにばれてしまっておとりにならないかも」
「まあ」
 口をツンと結んだマイニャに、ダイキリはにっこりと本物そっくりの笑顔を浮かべてみせた。
「サブスクリーン、六番ハッチを開け。作戦室から六番ハッチまで、すべての扉を解放、障害物の除去。空気の流出は気にしないでいい」
 小さなスクリーンに塔の全体図が浮かぶ。一つの窓に赤い印が付いた。
 作戦室の扉が開く。空飛ぶジュウタンが浮き上がった。生み出された風に、部屋に置きっぱなしだった書類が紙吹雪きのように舞い上がる。
「行くぜい!」
 気合と一緒にカシは操作盤に指を走らせた。
 天井に頭をぶつけそうになりながら、空飛ぶジュウタンは疾走した。廊下に置いてあったワゴンをひっくり返し、物置になっていた空き部屋を貫いて、開き放しの扉をくぐる。
 天井についている六番ハッチは指示通り大きく開いていた。四角く切り取られた星空から、冷たい夜風が吹きつける。
「行くぞ、ダイキリ!」
 カシはジュウタンに縫い付けられた革のベルトを握りしめる。
「今はマイニャですわ!」
 ジュウタンは垂直に急上昇を始めた。星空が覆いかぶさりそうな勢いで迫ってくる。
 なびく髪が邪魔で、ダイキリは頭を押さえた。重力にひっぱられて、首に力を入れないと頭がもげそうだった。
 冷たい外の空気を感じると同時に、流星雨のように熱線銃の光が襲い掛かってくる。
「いたぞ、マイニャだ! カエルも一緒だぞ!」
 誰かが叫んだ声が遠くに聞こえた。
 ある程度の高さまできてようやく水平に戻ったジュウタンは、砂漠の奥へとむかって突進していった。
「おい、大丈夫かダイキリ!」
 ダイキリは普段でも白い顔をますます白くしていた。半分地下生活するミラルジュの民は本能的に高い所が苦手なのだ。
「いい人生でしたわ……」
「早くも死ぬ気になってんじゃねえ!」
 光線を避けるために、ジュウタンが振り子のように左右に揺れる。
「うわっきゃああ!」
 カシとダイキリの悲鳴が、空中でミックスされ風に吹き飛ばされて行く。
 ゴートシップが、ふわりと浮かび上がった。二つのライトでカシ達を照らしながら追ってくる。ちょうど両目の辺りに光を灯して迫ってくるヤギの首は、なんとなく悪夢じみていた。
 ゴートシップ達はきちんと統率が取れているらしい。互いの距離をギリギリまで縮めて、カシが弾をくぐる隙間を無くそうとしてくる。
 光の矢が、ダイキリの胸を貫こうとした。
「魔神よ!」
 ダイキリが香油壷を開けた。湧き上がった白い霧は、鏡のように姿を変え、光の針を弾き返した。耐え切れなかったナノマシンの一部が白い粉になって散っていく。
「信じられねえ! あいつら本気で撃ってきやがった!」
 カシが悲鳴を上げる。
「お前の変装はばれてねえはずだ。本気でマイニャを殺す気だったな!」
 カシは左手で操縦板を抑えながら、怒りにまかせて『シャハラザード』をホルスターから引き抜いた。
 体を捻り、右手をダイキリの肩に乗せ照準を固定すると、引き金を引く。
「落ちろ!」
 弾丸は風に流され、外れた。すぐ傍を弾が通り驚いたのだろう、運の悪い奴一人が落下していっただけだ。
「ちっ、外したか」
「耳、耳痛い! ジーンって! 鼓膜がっ!」
「泣くな! 破れてないから大丈夫だ! その銃は静かな方なんだ!」
 ジュウタンが揺れ、カシは慌てて操縦に戻った。
 濃い紺色だった空が白みはじめ、澄んだ水色になっていく。
 白い砂がいつの間にか固まった血のように赤黒くなり、岩が多くなってきた。奇妙な形の岩が影を落とす様子はきれいだったが、今のカシ達には見とれるヒマはない。
「やばいぞ。とっととカタつけないとそのうち蒸し焼きになるな」
 カシが恐ろしい事を呟いた。砂漠で浴びる真昼の太陽はそのまま凶器になる。
 ダイキリがクンクンとぬるくなってきた空気を嗅いだ。物凄い勢いで空気が流れているためよくわからないが、ジュウタンを吊るすUFO から、かすかにこげたような匂いがする。
「カシ。機械がおかしいですわ」
「そりゃあ、そうだろ。限界以上の速度で飛んでんだから。完全にオーバーワークだ」
 機械の負担を減らそうと、カシはジュウタンの高度を下げた。
 地形はすっかり変わっていた。巨大な切り株のような赤い岩がいくつも並び、深い谷を作り出している。
「まいたか?」
 カシが後ろを振り返る。カシ達のしつこい逃亡に諦めたのか、白いヤギの数は大分減っているようだった。
「本当に、そう思います?」
「なんだ? 随分不吉なことをいうじゃねえか」
「あれをみても、そんなのんきなこと言えますの?」
 正面に、太い点線が行く手を遮っていた。その一つ一つがゴートシップだ。
「はめられましたわ。今までの追っ手は、ここに追い込むための罠でしたのよ」
 一斉に発射された熱線銃で、点線がキラキラと輝く。
「いやあ!」
 ダイキリは魔神の防御を広げた。白い盾がカシの前に現れる。弾かれた熱線が、岩の一つに穴を開けた。
 防ぎきれない熱線が、カシの腕をかすめる。
「カシ! 大丈夫か!」
 ダイキリは頬に飛んできたカシの血をぬぐう。
「いいから、ジンを硬くしてろ! 突っ込むぞ!」
 速度を落とさないまま突っ込んでくるジュウタンに、ゴートシップは慌てて道を開けた。
「おらおら、どけどけ!」
 両脇のゴートシップが物凄い勢いで後ろに流れていった。すれ違う一瞬、ちらりと乗り手の地球人が驚いているのが見えてカシはニヤリと笑った。
「……」
 背後からの銃撃にそなえ、盾を後ろに張りなおしながら、ダイキリは自分の斜め右横に浮いているUFOをジッと見つめた。焦げる匂いがだんだん酷くなっていった。
「へっへっへ、どうだ。突破してやっ……」
 カシの勝利宣言は突然途切れた。
 空気が振動して、カシは操作板を落としそうになった。
「ななな、なんだぁ?」
 ダイキリの指の指示に合わせて、白い盾に四角く穴が出来る。
 小さなのぞき窓から、巨人の鉛筆のような鉄の塊がこちらに突進してくるのが見える。
「ミサイルか? しゃらくせえ! 小回りはこっちの方が利くんだよっ!」
 カシが操作板に指を走らせた。
 ジュウタンが弧を描くように上昇する。UFOが唸りをあげた。
 巨大な黒い塊が足の下を通り過ぎていった。
「へっへ~ん、残念でした。ミサイルさん、またどうぞー!」
 カシが長い中指を立て、舌を出した。
「カシ! 白いヤギどもが追ってきた」
「ふはははは! 止められるモンなら止めてごらんなさーい!」
 ミサイルをやり過ごしたカシは得意になっていた。
「我が行く先に障害な~、な、なんだぁ?」
 ガツンと何かにぶつかったような、後ろから引っ張られたような感覚にカシはつんのめった。
 振り返った瞬間、カシは全身の血の気が引く音を聞いた気がした。
 今まで通ってきた跡を黒い煙がハッキリとなぞっている。四つあるUFOの一つが力を無くして垂れ下がっていた。三角形になったジュウタンの上にダイキリは……いない。
「お、おいダイキリ!」
「ここだ。ミサイルを避けたはいいが、UFOが耐えられなかったようだな」
 ダイキリは、すっかり銀色のオモリになったUFOにぶらさがっていた。
 かすかなハミングのようだったゴートシップの飛行音が、ビリビリと耳に痛いほど近づいてくる。
「待ってろ、今引き上げる」
 UFOにかけられたダイキリの白い腕には、込められた力で血管が浮かび上がっていた。    振り落とさないように、カシはジュウタンの速度を緩める。
「いや、このままでかまわない。カシ」
 ダイキリは懐の中に入っていたカエルを引っ張り出して、カシにむかって放り投げた。
「お、おい?」
 カシや反射的にカエルをキャッチする。また壁に叩きつけられると思ったのか、カエルはカシの手を逃れようともがいている。
「なんのつもりだ、ダイキリ!」
 訊きながら、カシはダイキリが何をしようとしているのか、気がついていた。三つしかないUFOで、二人を運ぶことはできない。
「カシ、絶対に逃げ切れ」
 ダイキリはゆっくりと右腕を振り上げた。手の甲に魔神が絡みついていく。
 ナノマシンの集合体は、ガラスのように固まりながら手を覆い、指先から弧を描くように伸びる。最後には、小さな刃のような形になった。
 ダイキリは、手を振り上げる。
「いずれまた会おう」
 ダイキリは刃を振り下ろした。ジュウタンごと、UFOを切り落とす。自分の捕まっている、銀色の塊を。
 落ちていく瞬間、ダイキリの唇が小さく動いた。だが、その言葉は風に吹き消される。
「ダイキリッ!」
「おっと、待てよ兄ちゃん」
 カシの目の前を白いヤギの首がふさいだ。乗り手の銃口が、まっすぐこっちをむいていた。
「ようやく追いついた」
 後ろから新しい声がして、カシは本能的に振り返った。白い点がいくつも宙に浮かんでいる。いつの間にか、カシはゴートシップが描く半円の中央にいた。
「クッ」
 カシは残ったUFOに最大出力を命じた。しかし、UFOが一個減ったジュウタンは、水の中を進むように遅い。
 カシの前に回りこんだ男が、熱線銃を構えた。
「おらよ!」
 その瞬間、横腹が急に重くなる。指から力が抜けた。生ぬるい血が、腕を伝う。土下座をするように、カシは体を折って痛みに耐える。幸か不幸か、相手は手加減をしてくれたらしい。
 操作を放棄されたUFOが船のように揺れる。
 血で汚れるのを嫌うように、カエルがカシの右手から抜け出した。カエルは、ジュウタンの上で、どこに行ったらいいのか分からないようにちょこんと座っていた。
「そのカエルをよこしてくれるなら、命を助けてやるが。あの細胞は、滅多なことでは壊れない。こっちは撃つのを遠慮することはないんだ」
「残念だが、それはできねえなあ。俺って、両生類になつかれるタチなのよね」
 カシは無事な左手を伸ばし、カエルをつかんだ。カエルは手足をばたつかせてカシから必死に逃亡を図る。
「どう見ても嫌われているようにしか見えないが」
「気のせいだ。断固気のせいと言い張る」
「まあ、よこしてくれないのならしかたない」
 銀色の銃口が、カシの額に向けられた。引き金に指がかかる。狙いを定めるために、スウッと男の目が細くなる。
 鉄の触れ合う音をさせ、周りのダイザー達も銃をかまえる。
 カシは咄嗟に操作パネルをオフにした。重力の法則にしたがって、ジュウタンは自由落下を始めた。髪の毛に触れるか触れないかの距離で、熱線が頭上を横切っていった。
 直撃は免れたものの、頭上で起こった衝撃波で、ジュウタンはカシを乗せたまま書き間違えたメモのように丸められて放り投げられた。
 カエルがくるくると宙を舞う。カシを撃ち落した男がそれをキャッチした。
「さて、目的の物は手にいれた。塔の方の奴らを手伝いにいくか」
 男の手につかまれたカエルが、ケロケロと力なく鳴いた。
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