闇姫化伝

三塚 章

文字の大きさ
上 下
36 / 37

鳥辺野 四

しおりを挟む
  地面が鳴動した。天井から、浄化しきれないヒルコが、振動で落ちた石が、容赦なく降り注ぐ。洞穴の表面を覆う石積みが歪んで剥がれていく。土煙で荒ぶる神の様子は見えない。いくつか灯されていた明かりが消え、辺りは薄闇に覆われた。
「鹿子!」
 背後から声をかけたのは、魁に乗った朱だった。放心したままの鹿子の手をつかむと強引に魁の背に放り投げる。詩虞羅も魁に衿をくわえられて背に乗せられた。鹿子は手を伸ばし、従者の亡骸を掴もうとする。
「淘汰、殺嘉! 二人をこんなとこに置いて行きっぱなしなんてできないっ!」
 暴れる鹿子を朱は押さえ付けた。
「あほう、御主まで死ぬ気かや! 諦めいっ! 詩虞羅、鹿子を押さえておけ。魁行け!わらわは走る!」
 もはや玄室が崩れるまで刹那もないように思えた。
 魁が走りだした。
 頭にあたれば即死の大きさの石が雨のように降ってくる。床にも無数に亀裂が入っていた。入り口近くまで来た時、遠くで何かが崩れる、地鳴りのような音がした。
「だめ。行かないと!」
 詩虞羅の手を振りほどき、魁から飛び降りる。その衝撃で痛んだのか、体をまるめ、動きを止めた。
「馬鹿め……!」
 もう連れ戻す時間はない。朱はそのまま魁を走らせた。

(行かなくちゃ)
 鹿子は背後で路が崩れる音を聞きながら玄室の中央へ引き返していた。走りたいのに、片足を引きずってしか歩けないのがもどかしい。行かなくてはならない。魁の上で考えていたこと。その予想が正しければ、きっと。
 地下のあちこちをヒルコが通ったせいで、大きなもぐらかミミズが通ったように足元がもり上がっていた。
 鹿子は玄室に駆け込む。玲帝も、柚木の姿もどこにも無かった。玲帝の像と棺は原型を止めないほどに壊れている。
 床は黒いヒルコに半分覆われていた。それはまるで夜の海のようだった。水面に、金色の輝きが所々浮かんでいる。流した砂金のような光は、柚木が浄化をしたヒルコだった。
だが、周りの黒いヒルコに穢されその光は一つ、一つと消えていく。
「淘汰、殺嘉!」
 大きな穴に足を取られながら、等身大の人形のように横たわる従者達の名を呼んだ。
 鹿子は辺りを見渡す。あちこちに黒い水溜まりができている。その一つに駆け寄り、鹿子は金色の光をすくい取ろうとした。
 ヒルコに指を浸す。黒いヒルコに焼かれた指が、嫌な匂いを立てた。顔をしかめながら、小さな輝きをすくい上げた。
 鹿子は、静かに祝詞を唱えた。子守歌のように優しく。破壊の音をぬって、澄んだ声が響いた。その響きの呼応して、金色の輝きが手の中で強くなっていく。指先に通う血の赤が淡く透けて見えた。
 指先の傷が時間を巻き戻したように薄くなり、癒えて消える。
 光をこぼさないようにゆっくりと従者二人に歩み寄る。殺嘉と淘汰の胸にヒルコをそそぐ。乾いた土に染み込むように、金色の蜜は消えていく。従者の前にひざまずき、祝詞を続ける。天井から落ちてきた砂利が鹿子の肩を打つが、巫女は少し顔をしかめただけで祈りをやめない。
 小さく息をする音がして、鹿子は弾かれたように顔をあげた。二人の頬に赤みが戻っている。
「殺嘉…… よかった、淘汰も」
 黒いヒルコが物を腐らす陰の力の塊ならば、浄化されたヒルコは、陽の力の塊だ。草を生やし、種から芽を出させる力の塊。ならば、それを死者に流し込めば。
 鹿子は従者二人に抱きついた。衣ごしに伝わるぬくもりが、この上なく嬉しかった。従者二人の目がゆっくりと開く。
「鹿子!」
 殺嘉はしばらくきょとんとしていたが、状況が飲み込めるとジャレつくように鹿子に頬をすり寄せた。
「僕は一体…… 鹿子様? は、放してください。なんか照れます」
 淘汰の声は、かすれていて石が落ちた音でかき消されそうだった。
 浮かび上がった涙をそのままに、鹿子は微笑んだ。
「お祝いと謝罪と恨み言はここ出てからたっぷり聞かせてあげる」
「無理だ。今から外に出るなんて」
 半分呆れたように殺嘉が言った。
「死んだ人間だって生き返らせたのよ。今なら私、なんでもできる気がするわ」
 鹿子は殺嘉と淘汰の腕を自分の肩に回し、二人を立たせた。二人とも足元がふらついていて、鹿子は何度か倒れそうになった。しかし、ここで動かなければ、二人は死体に逆戻りだ。
「あっちへ」
 鹿子が指したのは祭壇だった。瓦礫となった像の前の地面は、地下を通ったヒルコの影響で土がくぼみ、大きな穴が開いていた。
「うまくいきますか」
 勘のいい淘汰は鹿子が何をしようとしているか気づいたようだ。おとなしく指示に従う。殺嘉も狭い穴の中に入り込んだ。
「お、おい、見ろよ鹿子! これって……」
 何かを見つけたのか、殺嘉がさかんに話しかけてくるが、かまっている暇はない。
「いいから! 殺嘉も早くこの中入って!」
「で、でもよ、これ!」
「え?!」
 そして、その数分後、耳をつんざくような轟音と振動が体を包んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

詩歌官奇譚(しかかんきたん)

三塚 章
ファンタジー
旅をして民の歌や詩を収集する詩歌官、楽瞬(らくしゅん)。今度の村には幽霊が出るらしい。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

『神山のつくば』〜古代日本を舞台にした歴史ロマンスファンタジー〜

うろこ道
恋愛
【完結まで毎日更新】 時は古墳時代。 北の大国・日高見国の王である那束は、迫る大和連合国東征の前線基地にすべく、吾妻の地の五国を順調に征服していった。 那束は自国を守る為とはいえ他国を侵略することを割り切れず、また人の命を奪うことに嫌悪感を抱いていた。だが、王として国を守りたい気持ちもあり、葛藤に苛まれていた。 吾妻五国のひとつ、播埀国の王の首をとった那束であったが、そこで残された后に魅せられてしまう。 后を救わんとした那束だったが、后はそれを許さなかった。 后は自らの命と引き換えに呪いをかけ、那束は太刀を取れなくなってしまう。 覡の卜占により、次に攻め入る紀国の山神が呪いを解くだろうとの託宣が出る。 那束は従者と共に和議の名目で紀国へ向かう。山にて遭難するが、そこで助けてくれたのが津久葉という洞窟で獣のように暮らしている娘だった。 古代日本を舞台にした歴史ロマンスファンタジー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

暗夜刀花

三塚 章
ファンタジー
迷路のような町本防で、通り魔事件発生。有料道案内「送り提灯」の空也(そらや)は事件に巻き込まれる。 通り魔の正体は? 空也は想い人の真菜(まな)を守ることができるのか。 言霊をテーマにした和風ワンタジー。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...