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傀儡(くぐつ)一
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息の根を止めぬよう、なるべく血が流れぬよう、力を加減して戦うのは、全力で荒ぶる神をたたき斬るよりもよほど骨が折れる。
それは淘汰も同じらしく、「ああ、もうっ!」といらだった声を上げる。
兵の一人が殺嘉に向かって突きを放った。殺嘉は、真横に体をずらして刃を避ける。伸ばされたままの相手の右腕を片手でつかみ、鳩尾(みぞおち)を蹴り付けた。
男が倒れるのを確認するヒマもなく、新たに襲いかかってきた刀を払い除ける。つんのめった兵の喉に、手の平を叩きつける。これで相手はしばらく刀を持つ事もできないほど咳き込むはずだ。
殺嘉は新たな敵に向き直った。すぐ傍で、足音がして振り返る。さっき喉を潰したはずの兵が顔色も変えずに斬り掛かってきた。
もう相手を倒したとみなしていた殺嘉は完全に不意を突かれた。敵は、刀を振り下ろそうとする。刀を構えなおすが、間に合わない事は殺嘉にも分かっていた。襲いかかってくる痛みを覚悟する。その時、穴にでも落ちたように、相手の姿が下に消えた。
「なん……」
「何やってるんだよ、って言いたい所だけど、今のは仕方ないね。喉殴られても平気だなんて普通ありえないから」
淘汰がいつの間にか傍に立っていた。どうやら淘汰が足払いをかけたせいで、さっきの兵は床に倒れこんだらしい。
淘汰は、起き上がろうとした兵の右肩を踏み付ける。そして手を兵の喉に当てた。柳形の眉が軽くしかめられた。
兵は腕をはねのけようともがく。殺嘉がとめるヒマもなく、淘汰はその左胸に無造作に刀を突き立てた。その傷口から血がでないのに、殺嘉が気づく。
「さっき、喉を触ったけど脈がなかった。呼吸もしない、脈がない、そんな人間いるわけない」
刀が引き抜かれると同時に、蒸発するように兵の体が消え失せる。代わりに、左胸に穴の空いた、小さな人型の木札(きふだ)が床に寝ていた。
「木?」
目を円くするヒマもなく、殺嘉達に兵が襲いかかってくる。
「つまり、コイツらは傀儡(くぐつ)ってわけか」
「というわけだから、遠慮なく斬っちゃていいよね!」
今まで手加減していた分、そうとう不満と苛立ちが溜まっていたのだろう。淘汰が刀を閃かせる。
なんとか衝撃から立直ったらしく、詩虞羅も刀を握っていた。さすがもと従者だけあって、戦い方に危なげがない。守ってやらないと駄目かと思っていた殺嘉は、見くびっていた事を心の中で密かに謝った。
何とか兵の半分に減らした時だった。
不意に殺気を感じて振り向く。斬り掛かってきたのは告屠だった。汗と一緒に恐怖がわき上がった。
淘汰との立ち回りを見る限り、この子供は腕がたつようだ。邪魔の入らない一対一ならやりあえる自信はあるが、こんな乱闘状態では話が別だ。攻撃や防御で大きく動けば、どうしても体勢が不安定になる一瞬ができる。大きく刀を振りかぶったとき、脇から横腹でも突かれては防ぎようがない。
「くそ」
殺嘉は思わず毒づいた。
「殺嘉、淘汰!」
凛とした声が戦闘のざわめきを貫く。垂れ幕のむこうから誰かが駈けてくる足音が聞こえた。
「鹿子か!」
今度は、鹿の子の物とは違う幼い声がした。
「神聖な占司殿の中で何をやっているか! 皆刀を収めい!」
朱の一喝に、告屠が動きを止める。少年は構えを解いて、外へ出ていった。まるでこの小屋の中にも飽きたというように。
斬り掛かってくる兵の間を縫い、殺嘉はその後を追う。
兵に囲まれるようにして、鹿子と、魁に乗った朱が立っていた。
告屠はおどけた様子で朱に礼をした。薄い唇が余裕の冷笑を浮かべた。
「お久しぶりです、朱様」
「御主は……」
朱は信じられないというように目を見開いた。
「殺嘉、何があったの?」
鹿子が駆け寄ってくる。
「知るか。なんかいきなり現われて斬りかかってきやがった。おまけに、」
思い出したように斬り掛かって来た兵を殺嘉が切り捨てれば、真っ二つに割れた札が地面に落ちる。
「この通り、この兵は作り物ときてる」
殺嘉に睨み付けられても、告屠はシレッとしている。
「形代(かたしろ)か」
朱が眉をしかめる。
「先輩に会いに来ただけですよ。ねえ薙覇先輩。僕らは同じ巫女様に仕えていたのだもの。柚木様にね」
告屠の視線を追えば、小屋の戸口から兵が蹴り出される所だった。勢いで幕が外れ、小屋の中が見える。
まだ戦い続けている淘汰の裏に、詩虞羅が立っていた。
額に汗が浮かんでいるのは、戦いのせいばかりではないようだ。いやな記憶で心を壊されるのを防ごうとしているように、片手で胸をおさえ、荒い息をしている。
柚木には、死んだ従者がいたはずだ。では、この告屠がその従者で、死んだ者が甦ったとでもいうのだろうか。
「告屠。なんでお前が」
詩虞羅の言葉は呻きに近かった。
「そうだよねえ。僕に会いたくなんかないよねえ。あのとき柚木様を逃がすのに手一杯で、僕のこと助けられなくて、見捨てたんだもんね、先輩」
「詩虞羅様。告屠さんは確かに亡くなったのですよね、間違いなく」
鹿子が告屠を見据えたまま、詩虞羅に聞いた。その口調は静かなものだったが、殺嘉には長いつき合いのおかげで、鹿子が腹の底で怒り狂っているのが分かった。
「ええ。荒ぶる神の爪にかかって。私の、私の目の前で。間違いありません」
告屠がまたくっくっと笑った。
「痛かったよ。荒ぶる神の爪で引き裂かれて。胸からいっぱい血が出た。それでも助けてくれなかったよね。僕が喰われている間、先輩は逃げた。柚木様とね」
薙覇の頬を涙が伝う。彼は力なく地面に座り込んだ。
「当たり前だよ、そんな事は」
呆れたように淘汰がいう。
「優先されるのは何よりも巫女の命だ。巫女の力がなければ、神を浄化することはできない。神を浄化できなければ、村人が死ぬ。場合によっては全滅だってありえるし、常黄泉の地ができる。もし僕が詩虞羅の立場だとしても、同じ事をしたろうね。殺嘉だって恨んだりしないさ。なあ」
「い、いやまあ、そりゃそうなんだけど。なんだろう、お前に言われると素直にうなずけねえな」
突然、隅の木にむかって魁が吠えた。
「帝の兵がこの祈りの宮になんのようじゃ。出てきや、過刺!」
幹の影から、赤い甲冑がのぞく。柚木の村で襲いかかって来た帝の兵、過刺だった。
それは淘汰も同じらしく、「ああ、もうっ!」といらだった声を上げる。
兵の一人が殺嘉に向かって突きを放った。殺嘉は、真横に体をずらして刃を避ける。伸ばされたままの相手の右腕を片手でつかみ、鳩尾(みぞおち)を蹴り付けた。
男が倒れるのを確認するヒマもなく、新たに襲いかかってきた刀を払い除ける。つんのめった兵の喉に、手の平を叩きつける。これで相手はしばらく刀を持つ事もできないほど咳き込むはずだ。
殺嘉は新たな敵に向き直った。すぐ傍で、足音がして振り返る。さっき喉を潰したはずの兵が顔色も変えずに斬り掛かってきた。
もう相手を倒したとみなしていた殺嘉は完全に不意を突かれた。敵は、刀を振り下ろそうとする。刀を構えなおすが、間に合わない事は殺嘉にも分かっていた。襲いかかってくる痛みを覚悟する。その時、穴にでも落ちたように、相手の姿が下に消えた。
「なん……」
「何やってるんだよ、って言いたい所だけど、今のは仕方ないね。喉殴られても平気だなんて普通ありえないから」
淘汰がいつの間にか傍に立っていた。どうやら淘汰が足払いをかけたせいで、さっきの兵は床に倒れこんだらしい。
淘汰は、起き上がろうとした兵の右肩を踏み付ける。そして手を兵の喉に当てた。柳形の眉が軽くしかめられた。
兵は腕をはねのけようともがく。殺嘉がとめるヒマもなく、淘汰はその左胸に無造作に刀を突き立てた。その傷口から血がでないのに、殺嘉が気づく。
「さっき、喉を触ったけど脈がなかった。呼吸もしない、脈がない、そんな人間いるわけない」
刀が引き抜かれると同時に、蒸発するように兵の体が消え失せる。代わりに、左胸に穴の空いた、小さな人型の木札(きふだ)が床に寝ていた。
「木?」
目を円くするヒマもなく、殺嘉達に兵が襲いかかってくる。
「つまり、コイツらは傀儡(くぐつ)ってわけか」
「というわけだから、遠慮なく斬っちゃていいよね!」
今まで手加減していた分、そうとう不満と苛立ちが溜まっていたのだろう。淘汰が刀を閃かせる。
なんとか衝撃から立直ったらしく、詩虞羅も刀を握っていた。さすがもと従者だけあって、戦い方に危なげがない。守ってやらないと駄目かと思っていた殺嘉は、見くびっていた事を心の中で密かに謝った。
何とか兵の半分に減らした時だった。
不意に殺気を感じて振り向く。斬り掛かってきたのは告屠だった。汗と一緒に恐怖がわき上がった。
淘汰との立ち回りを見る限り、この子供は腕がたつようだ。邪魔の入らない一対一ならやりあえる自信はあるが、こんな乱闘状態では話が別だ。攻撃や防御で大きく動けば、どうしても体勢が不安定になる一瞬ができる。大きく刀を振りかぶったとき、脇から横腹でも突かれては防ぎようがない。
「くそ」
殺嘉は思わず毒づいた。
「殺嘉、淘汰!」
凛とした声が戦闘のざわめきを貫く。垂れ幕のむこうから誰かが駈けてくる足音が聞こえた。
「鹿子か!」
今度は、鹿の子の物とは違う幼い声がした。
「神聖な占司殿の中で何をやっているか! 皆刀を収めい!」
朱の一喝に、告屠が動きを止める。少年は構えを解いて、外へ出ていった。まるでこの小屋の中にも飽きたというように。
斬り掛かってくる兵の間を縫い、殺嘉はその後を追う。
兵に囲まれるようにして、鹿子と、魁に乗った朱が立っていた。
告屠はおどけた様子で朱に礼をした。薄い唇が余裕の冷笑を浮かべた。
「お久しぶりです、朱様」
「御主は……」
朱は信じられないというように目を見開いた。
「殺嘉、何があったの?」
鹿子が駆け寄ってくる。
「知るか。なんかいきなり現われて斬りかかってきやがった。おまけに、」
思い出したように斬り掛かって来た兵を殺嘉が切り捨てれば、真っ二つに割れた札が地面に落ちる。
「この通り、この兵は作り物ときてる」
殺嘉に睨み付けられても、告屠はシレッとしている。
「形代(かたしろ)か」
朱が眉をしかめる。
「先輩に会いに来ただけですよ。ねえ薙覇先輩。僕らは同じ巫女様に仕えていたのだもの。柚木様にね」
告屠の視線を追えば、小屋の戸口から兵が蹴り出される所だった。勢いで幕が外れ、小屋の中が見える。
まだ戦い続けている淘汰の裏に、詩虞羅が立っていた。
額に汗が浮かんでいるのは、戦いのせいばかりではないようだ。いやな記憶で心を壊されるのを防ごうとしているように、片手で胸をおさえ、荒い息をしている。
柚木には、死んだ従者がいたはずだ。では、この告屠がその従者で、死んだ者が甦ったとでもいうのだろうか。
「告屠。なんでお前が」
詩虞羅の言葉は呻きに近かった。
「そうだよねえ。僕に会いたくなんかないよねえ。あのとき柚木様を逃がすのに手一杯で、僕のこと助けられなくて、見捨てたんだもんね、先輩」
「詩虞羅様。告屠さんは確かに亡くなったのですよね、間違いなく」
鹿子が告屠を見据えたまま、詩虞羅に聞いた。その口調は静かなものだったが、殺嘉には長いつき合いのおかげで、鹿子が腹の底で怒り狂っているのが分かった。
「ええ。荒ぶる神の爪にかかって。私の、私の目の前で。間違いありません」
告屠がまたくっくっと笑った。
「痛かったよ。荒ぶる神の爪で引き裂かれて。胸からいっぱい血が出た。それでも助けてくれなかったよね。僕が喰われている間、先輩は逃げた。柚木様とね」
薙覇の頬を涙が伝う。彼は力なく地面に座り込んだ。
「当たり前だよ、そんな事は」
呆れたように淘汰がいう。
「優先されるのは何よりも巫女の命だ。巫女の力がなければ、神を浄化することはできない。神を浄化できなければ、村人が死ぬ。場合によっては全滅だってありえるし、常黄泉の地ができる。もし僕が詩虞羅の立場だとしても、同じ事をしたろうね。殺嘉だって恨んだりしないさ。なあ」
「い、いやまあ、そりゃそうなんだけど。なんだろう、お前に言われると素直にうなずけねえな」
突然、隅の木にむかって魁が吠えた。
「帝の兵がこの祈りの宮になんのようじゃ。出てきや、過刺!」
幹の影から、赤い甲冑がのぞく。柚木の村で襲いかかって来た帝の兵、過刺だった。
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