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葛の葉の一
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詩虞羅が慌てて陣幕の中へ飛び込んできた。
すでに外の気配に目を覚ましていた鹿子は、自分の刀に手をかけた。
「いけません、柚木様!」
起きあがろうとした鹿子の肩を、詩虞羅の手が押さえつける。
「お願いですから、ここに……」
「柚木様? 私は鹿子ですよ、詩虞羅様」
笑みを含ませた鹿子の言葉に、詩虞羅が射られたように体を硬直させた。
その横を通り、鹿子は陣幕から飛び出ると淘汰達の方に駆け寄った。
詩虞羅の術の腕は確かなようだ。完全とはいかないものの、傷の痛みは刀を振れるほどには引いている。
「大丈夫ですか、鹿子様」
「平気よ。それよりもあの荒ぶる神をなんとかしなければ」
黒い影は、触覚が見えるほどに近づいて来た。
「なんだ、ありゃ!」
殺嘉は思わず叫んだ。
うねうねと動く無数の足。鎧の胴を連ねたような体。木依の村で狩ったような、大ムカデ型の神のようだった。ただ、背のはし、それぞれの足の上に、小鳥のような翼が無数についている。
「おい淘汰! ムカデって、あんな気の利いたもん、生えてたか?」
「生えてるわけないだろう!」
大きさこそ異常ではあるものの、荒ぶる神は自然界にいる生き物と同じ姿を取る。きっと神々も、世に満ちている生き物も、同じ混沌からできた兄弟であり、映し身だからだろう。
だから、羽根の生えたムカデなど、不自然でありえない物だった。
「射て!」
駆け昇る流星雨のように、兵達の矢が荒ぶる神に飛んでいく。ほとんどの矢は、硬い外骨格にはじかれた。運よく数本刺さった矢から、光が立ち昇って散っていく。
荒ぶる神は身を振るわせた。そして黒い疾風となり襲いかかってきた。
「うわああ!」
兵達が慌てふためいて逃げていく。逃げ遅れた何人かが、吹き飛ばさされた。
ムカデは陣幕に突進する。
「凛音様!」
袖で渦巻く風から顔をかばいながら、鹿子が声をあげた。
幕を押さえていた柱が引き抜かれ、荷物を入れた木箱が舞い上がり、地面に叩きつけられた。
荒ぶる神は、引きちぎられた布を引っかけたまま、再び空へ舞い上がる。
ごそごそと陣幕の布の下から、凛音が這いだしてきた。
元従者だけあって、細身の刀をかまえた詩虞羅が凛音をかばっていた。
「くそ、何なんだ一体! 危ないねえ!」
「ちょ、り、凛音様!」
彼女の格好を見て、鹿子が焦った声をあげる。
荒ぶる神に引っかけられたのか、胸を覆う鎧が外れ、着物の胸元がはだけている。
「詩虞羅様、むこう向いてむこう!」
凛音に駆け寄って、襟元を直してやる。
むき出しになった白い胸に首から下げた勾玉が乗っていた。その色は、帝だけが身につける事ができる紫。
「凛音様、あなたは……」
「来るぞ!」
殺嘉が警戒の声をあげた。
すでに外の気配に目を覚ましていた鹿子は、自分の刀に手をかけた。
「いけません、柚木様!」
起きあがろうとした鹿子の肩を、詩虞羅の手が押さえつける。
「お願いですから、ここに……」
「柚木様? 私は鹿子ですよ、詩虞羅様」
笑みを含ませた鹿子の言葉に、詩虞羅が射られたように体を硬直させた。
その横を通り、鹿子は陣幕から飛び出ると淘汰達の方に駆け寄った。
詩虞羅の術の腕は確かなようだ。完全とはいかないものの、傷の痛みは刀を振れるほどには引いている。
「大丈夫ですか、鹿子様」
「平気よ。それよりもあの荒ぶる神をなんとかしなければ」
黒い影は、触覚が見えるほどに近づいて来た。
「なんだ、ありゃ!」
殺嘉は思わず叫んだ。
うねうねと動く無数の足。鎧の胴を連ねたような体。木依の村で狩ったような、大ムカデ型の神のようだった。ただ、背のはし、それぞれの足の上に、小鳥のような翼が無数についている。
「おい淘汰! ムカデって、あんな気の利いたもん、生えてたか?」
「生えてるわけないだろう!」
大きさこそ異常ではあるものの、荒ぶる神は自然界にいる生き物と同じ姿を取る。きっと神々も、世に満ちている生き物も、同じ混沌からできた兄弟であり、映し身だからだろう。
だから、羽根の生えたムカデなど、不自然でありえない物だった。
「射て!」
駆け昇る流星雨のように、兵達の矢が荒ぶる神に飛んでいく。ほとんどの矢は、硬い外骨格にはじかれた。運よく数本刺さった矢から、光が立ち昇って散っていく。
荒ぶる神は身を振るわせた。そして黒い疾風となり襲いかかってきた。
「うわああ!」
兵達が慌てふためいて逃げていく。逃げ遅れた何人かが、吹き飛ばさされた。
ムカデは陣幕に突進する。
「凛音様!」
袖で渦巻く風から顔をかばいながら、鹿子が声をあげた。
幕を押さえていた柱が引き抜かれ、荷物を入れた木箱が舞い上がり、地面に叩きつけられた。
荒ぶる神は、引きちぎられた布を引っかけたまま、再び空へ舞い上がる。
ごそごそと陣幕の布の下から、凛音が這いだしてきた。
元従者だけあって、細身の刀をかまえた詩虞羅が凛音をかばっていた。
「くそ、何なんだ一体! 危ないねえ!」
「ちょ、り、凛音様!」
彼女の格好を見て、鹿子が焦った声をあげる。
荒ぶる神に引っかけられたのか、胸を覆う鎧が外れ、着物の胸元がはだけている。
「詩虞羅様、むこう向いてむこう!」
凛音に駆け寄って、襟元を直してやる。
むき出しになった白い胸に首から下げた勾玉が乗っていた。その色は、帝だけが身につける事ができる紫。
「凛音様、あなたは……」
「来るぞ!」
殺嘉が警戒の声をあげた。
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