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凛音(りんね)と詩虞羅(しぐら)三
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陣幕は、鹿子の推測どおり河の傍に張られていた。鹿子が落ちた崖は離れた場所にあるのか見えなかった。
川原では、赤い鎧を着た兵達が十人ほどで忙しく野営の準備をしていた。鍋が掛けられた焚火では、鉄の串に突き刺さった干し肉が焙られていい匂いをさせている。
出てきた詩虞羅に気づいて、殺嘉は軽く肩をすくめて言った。
「なんか、いいとこ盗られたって感じだな」
殺嘉の頬が赤く腫れて、唇が少し切れている。守るべき鹿子の傍を離れ、主人を危険にさらした殺嘉に、淘汰が『注意』した結果である。
詩虞羅は殺嘉の冗談に微笑んだだけで何も言わなかった。
「まあ、仕方ないんじゃない? あんなことがあった後だから」
淘汰がつまらなそうに言う。
このところ、傷つくこと、気を張ることばかりだったのだ。体を休めることができる場所で、優しい言葉をかけてもらえれば気だってゆるむだろう。
「とにかく、詩虞羅、だったよな。鹿子の治療、すまなかったな。感謝する」
殺嘉が軽く頭を下げる。
「外法の呪かぁ。副作用みたいのはないんだろうね?」
淘汰の隠しきれない不信感を感じ取ったのか、詩虞羅は苦笑した。
「ないですよ。そんなに警戒しないでください。あなた達の巫女に害を与えるつもりならもっと前にやっています」
そこで、詩虞羅は微笑みを消した。
「柚木様がなにをしたのかは鹿子様から聞きました」
詩虞羅の声が憂鬱そうに低くなった。
「鹿子様の傷には呪いがかけられています。試しましたが、解呪できませんでした」
「呪い?」
殺嘉が軽く眉をしかめた。
「ええ。今はまだ平気ですが、そのうちひどくなるでしょう。重い伝染病と似通った症状が出るんです。傷が痛み、体から力が抜ける。そしてその症状が長引くと昏睡状態になります。そうしたらもう二度と目が覚めません」
「なんでそんなこと! あの巫女は、鹿子様に何か恨みでもあるのか?」
淘汰は思わず声を荒らげた。
「落ち着けよ。それで、ほかになにか呪いを解く方法はないのか」
「あります。それは……」
詩虞羅はほんの少し、ためらうように言葉を切った。そして決心したように口を開く。「それは、呪いをかけた者を殺すこと」
「なんだ、そんなことか」
淘汰の言葉は、さらりとしていた。
「僕は最初からそうするつもりだったよ」
「ああ、そんなギョッとした顔をしないでくれ詩虞羅。淘汰はおとなしそうな面(ツラ)してるが凶暴なんだ」
にやりと殺嘉が笑う。
あの女は鹿子を傷つけた。そして淘汰の背後を取り、剣の師匠の真似事までした。それは淘汰にとって屈辱以外の何物でもないだろう。
「凶暴といえば、ここに大きな荒ぶる神がいなくてよかった。鹿子様が戦えない以上、浄化が必要な荒ぶる神がいたら手も足もでないから」
淘汰が山の頂に目をやった。
「ん?」
黒い、蛇のような物が青い空に舞い上がった。淘汰の視線を追った殺嘉も、その存在に気がついたようだ。
「でも、小さな神ならいるみたいだな」
「うん」
頭をこちらにむけた蛇の姿が、見る間に大きくなっていた。いや、近づいてくると、その体が外骨格に覆われているのがわかる。どうやら蛇ではないらしい。
「小さい神でも、こっちにこられたら十分やっかいだけどな」
「うん」
蛇に似た何かはものすごい勢いでこちらに突進してきた。明らかに目標のある動きだった。
「うわあああ!」
凶々しい影に気づいた兵士達が慌てて陣を組む。蹴倒された
「荒ぶる神は、どうやっても俺達を休ませてくれないらしいな」
従者二人が刀を抜いた。
川原では、赤い鎧を着た兵達が十人ほどで忙しく野営の準備をしていた。鍋が掛けられた焚火では、鉄の串に突き刺さった干し肉が焙られていい匂いをさせている。
出てきた詩虞羅に気づいて、殺嘉は軽く肩をすくめて言った。
「なんか、いいとこ盗られたって感じだな」
殺嘉の頬が赤く腫れて、唇が少し切れている。守るべき鹿子の傍を離れ、主人を危険にさらした殺嘉に、淘汰が『注意』した結果である。
詩虞羅は殺嘉の冗談に微笑んだだけで何も言わなかった。
「まあ、仕方ないんじゃない? あんなことがあった後だから」
淘汰がつまらなそうに言う。
このところ、傷つくこと、気を張ることばかりだったのだ。体を休めることができる場所で、優しい言葉をかけてもらえれば気だってゆるむだろう。
「とにかく、詩虞羅、だったよな。鹿子の治療、すまなかったな。感謝する」
殺嘉が軽く頭を下げる。
「外法の呪かぁ。副作用みたいのはないんだろうね?」
淘汰の隠しきれない不信感を感じ取ったのか、詩虞羅は苦笑した。
「ないですよ。そんなに警戒しないでください。あなた達の巫女に害を与えるつもりならもっと前にやっています」
そこで、詩虞羅は微笑みを消した。
「柚木様がなにをしたのかは鹿子様から聞きました」
詩虞羅の声が憂鬱そうに低くなった。
「鹿子様の傷には呪いがかけられています。試しましたが、解呪できませんでした」
「呪い?」
殺嘉が軽く眉をしかめた。
「ええ。今はまだ平気ですが、そのうちひどくなるでしょう。重い伝染病と似通った症状が出るんです。傷が痛み、体から力が抜ける。そしてその症状が長引くと昏睡状態になります。そうしたらもう二度と目が覚めません」
「なんでそんなこと! あの巫女は、鹿子様に何か恨みでもあるのか?」
淘汰は思わず声を荒らげた。
「落ち着けよ。それで、ほかになにか呪いを解く方法はないのか」
「あります。それは……」
詩虞羅はほんの少し、ためらうように言葉を切った。そして決心したように口を開く。「それは、呪いをかけた者を殺すこと」
「なんだ、そんなことか」
淘汰の言葉は、さらりとしていた。
「僕は最初からそうするつもりだったよ」
「ああ、そんなギョッとした顔をしないでくれ詩虞羅。淘汰はおとなしそうな面(ツラ)してるが凶暴なんだ」
にやりと殺嘉が笑う。
あの女は鹿子を傷つけた。そして淘汰の背後を取り、剣の師匠の真似事までした。それは淘汰にとって屈辱以外の何物でもないだろう。
「凶暴といえば、ここに大きな荒ぶる神がいなくてよかった。鹿子様が戦えない以上、浄化が必要な荒ぶる神がいたら手も足もでないから」
淘汰が山の頂に目をやった。
「ん?」
黒い、蛇のような物が青い空に舞い上がった。淘汰の視線を追った殺嘉も、その存在に気がついたようだ。
「でも、小さな神ならいるみたいだな」
「うん」
頭をこちらにむけた蛇の姿が、見る間に大きくなっていた。いや、近づいてくると、その体が外骨格に覆われているのがわかる。どうやら蛇ではないらしい。
「小さい神でも、こっちにこられたら十分やっかいだけどな」
「うん」
蛇に似た何かはものすごい勢いでこちらに突進してきた。明らかに目標のある動きだった。
「うわあああ!」
凶々しい影に気づいた兵士達が慌てて陣を組む。蹴倒された
「荒ぶる神は、どうやっても俺達を休ませてくれないらしいな」
従者二人が刀を抜いた。
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