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黄泉近き場所 一
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三人は、まるで悪巧みをしているように、村を囲む塀の外でこそこそと話をしていた。どこに村人の耳があるか分からない村の中では込み入った話がしづらい。
幸い時刻は昼下がりで、皆一休みをしているのか、村の外に人影はなかった。でなければ、村長辺りから「無意味に話かけて、巫女様方を煩(わずら)わせるな」とでも言われているのか。
周りの山からは、耳が痛いくらいの音でセミが鳴いていた。
「村長の話、どう思う?」
壁を作っている、先を尖らせた木の杭に寄りかかり、殺嘉が言った。
「どうもこうも、信用できないよ。それに村人達のあの態度。何か隠してるよ、明らかにね」
ふん、と鼻で笑って淘汰は言った。
「たぶんそうね」
柚木が村を去った日、妹の希月も亡くなった。単純に考えて、偶然とは思えない。
「一体、ここで何があったんだろうね?」
誰にともなく淘汰が呟いた。
「きっと、私達に言うのがはばかられるほど、忌まわしい事よ」
かといって、村の誰かに聞いてもあれ以上聞き出す事はできないだろう。こういった村の結束は固い。まさか拷問して聞き出す訳にもいかないし、そもそもそんな事したくもない。
「仕方ないから、自分で調べるしかないわね」
これからやらなければならない事の怖ろしさに気が滅入って、鹿子は溜め息をついた。
「調べるって、どうやって? 村長によると、柚木の姉妹には他に家族がいなかったから、家も私物も皆処分されたって話だったが」
訊(き)きながらも、大体見当が付いているのだろう。殺嘉の眉はしっかりしかめられていた。
「墓穴を調べるの。希月様の亡骸(なきがら)を調べれば、病死か、そうじゃないかぐらい分かるかも知れない。それに、そこぐらいしか調べられる所はなさそうだしね」
「やれやれ。ここまで来て墓をあさる事になるとは思わなかったよ。ま、暑気払いにゃちょうどいいかな」
殺嘉はブツブツ言いながらも、村で墓あさりに必要な物を調達してきてくれた。
墓は大抵村の北に作られる。村人の話と地形から、三人は墓があるだろう場所にむかった。
山道に葉の影がチラチラとまだら模様を描いている。頭上の枝葉で日差しが遮られて薄暗い。木陰は涼しく、汗をかいた体に風が肌寒いほどだった。
「あれ、何かしら」
村から少し離れた所に、緑色の綿のような森に半分埋もるようにして、黒く染まった何かがあった。ちょうど墓のある方角で、鹿子達は自然にその場所に近づことになった。
距離が縮まるにつれて、それが小屋の焼け落ちた跡だという事がわかった。斜めに、あるいはまっすぐに地面に刺さったままの柱も、横たわる梁も、地面そのものも、墨をぶちまけたように黒く焼け焦げていた。夏の風にも浄化しきれない臭いと埃っぽさが漂ってくる。
「忌み屋(いみや)の跡ですね」
淘汰がかすかに顔をしかめた。
出産、ケガ、病はけがれに繋がる。そのけがれは人々に罪を犯させ、災いを呼び、生命力を削り取る。そして何より恐ろしいのは、伝染病のように人々の間に移っていくことだ。
だから人々はお産をする女性を、大きなケガをした者を、重い病を得た者を、小屋に隔離した。そしてその小屋が必要無くなった時―中にいた人間が無事出られるまで回復した時、あるいは死人になった時―小屋は火をかけられ、炎で清められる。
「ここで希月様は亡くなられたのかも知れない」
鹿子は我知らず呟いた。穢れが移るのを防ぐため、忌み屋には最低限の世話をする者しか訪れることは許されない。どういう気持ちなのだろう。一人、離れた場所で死んで行くのは。
「確かに、柚木様が神を狩った後、希月さんに会いに戻って来たのがここなら、村の人は気づかないわね」
忌み屋は、同じ場所に何度も建てられる。足下では繰り返し焼かれほとんど砂になった炭が地面を黒く染めていた。焼け焦げた板が、無造作に転がっていた。
その板の一枚に、五本の細長い傷がついていた。誰かが、相当力を込めて引っかいたのだろう。おそらくは、大切な人を亡くした悲しみと、その人を救えなかった後悔に突き動かされて。傷はほとんど生木で燃え残った芯まで深く達していて、これを付けた者は爪ぐらい剥がれたかも知れない。
どうか、この傷をつけた人が今は幸せでありますように。そして亡くなった人が黄泉の国で安らっていますように。鹿子はそう願わずにはいられなかった。
「行きましょう、鹿子様」
淘汰にうながされ、鹿子は歩きだした。
空気に残った焦げ臭さが消え去った頃。ぞわりと寒気を感じ、鹿子は歩みを止めた。荒ぶる神の攻撃を紙一重で攻撃を避けた時に似た、暑い中でも心地いいとは言えない寒気だった。
少し離れた斜面に、虚ろな洞穴が開いていた。陰気はそこから吹き寄せて来る。どうやら、村人達はこの穴に棺桶を安置しているらしい。
穴は小さく、棺桶と、前後にそれを担ぐ人が最低でも二人は必要なのに、村人達はどうやってここに入るのだろうと鹿子は考えずにはいられなかった。
「さあ、行きましょう」
「大丈夫ですか、鹿子様。少し休んでからでも」
淘汰の言葉に鹿子は苦笑いする。
傷はまだ癒えていなかった。それどころか、日が経つにつれ痛みは増しているようだった。時々めまいがするほどだ。
しかし、そのことは殺嘉にも淘汰にも言っていなかった。なにせ旅の途中の事だ。思うような手当てはできない。薬の調達だって難しい。痛さを訴えた所で、従者二人にできる事はなく、ただ心配させるだけだから。
できるいつも通り元気にふるまっていたのだが、とっくにバレていたようだ。
「大丈夫よ。行きましょ」
松明(たいまつ)に火をつけて、殺嘉が先頭をいく。二人はその後をついていった。
幸い時刻は昼下がりで、皆一休みをしているのか、村の外に人影はなかった。でなければ、村長辺りから「無意味に話かけて、巫女様方を煩(わずら)わせるな」とでも言われているのか。
周りの山からは、耳が痛いくらいの音でセミが鳴いていた。
「村長の話、どう思う?」
壁を作っている、先を尖らせた木の杭に寄りかかり、殺嘉が言った。
「どうもこうも、信用できないよ。それに村人達のあの態度。何か隠してるよ、明らかにね」
ふん、と鼻で笑って淘汰は言った。
「たぶんそうね」
柚木が村を去った日、妹の希月も亡くなった。単純に考えて、偶然とは思えない。
「一体、ここで何があったんだろうね?」
誰にともなく淘汰が呟いた。
「きっと、私達に言うのがはばかられるほど、忌まわしい事よ」
かといって、村の誰かに聞いてもあれ以上聞き出す事はできないだろう。こういった村の結束は固い。まさか拷問して聞き出す訳にもいかないし、そもそもそんな事したくもない。
「仕方ないから、自分で調べるしかないわね」
これからやらなければならない事の怖ろしさに気が滅入って、鹿子は溜め息をついた。
「調べるって、どうやって? 村長によると、柚木の姉妹には他に家族がいなかったから、家も私物も皆処分されたって話だったが」
訊(き)きながらも、大体見当が付いているのだろう。殺嘉の眉はしっかりしかめられていた。
「墓穴を調べるの。希月様の亡骸(なきがら)を調べれば、病死か、そうじゃないかぐらい分かるかも知れない。それに、そこぐらいしか調べられる所はなさそうだしね」
「やれやれ。ここまで来て墓をあさる事になるとは思わなかったよ。ま、暑気払いにゃちょうどいいかな」
殺嘉はブツブツ言いながらも、村で墓あさりに必要な物を調達してきてくれた。
墓は大抵村の北に作られる。村人の話と地形から、三人は墓があるだろう場所にむかった。
山道に葉の影がチラチラとまだら模様を描いている。頭上の枝葉で日差しが遮られて薄暗い。木陰は涼しく、汗をかいた体に風が肌寒いほどだった。
「あれ、何かしら」
村から少し離れた所に、緑色の綿のような森に半分埋もるようにして、黒く染まった何かがあった。ちょうど墓のある方角で、鹿子達は自然にその場所に近づことになった。
距離が縮まるにつれて、それが小屋の焼け落ちた跡だという事がわかった。斜めに、あるいはまっすぐに地面に刺さったままの柱も、横たわる梁も、地面そのものも、墨をぶちまけたように黒く焼け焦げていた。夏の風にも浄化しきれない臭いと埃っぽさが漂ってくる。
「忌み屋(いみや)の跡ですね」
淘汰がかすかに顔をしかめた。
出産、ケガ、病はけがれに繋がる。そのけがれは人々に罪を犯させ、災いを呼び、生命力を削り取る。そして何より恐ろしいのは、伝染病のように人々の間に移っていくことだ。
だから人々はお産をする女性を、大きなケガをした者を、重い病を得た者を、小屋に隔離した。そしてその小屋が必要無くなった時―中にいた人間が無事出られるまで回復した時、あるいは死人になった時―小屋は火をかけられ、炎で清められる。
「ここで希月様は亡くなられたのかも知れない」
鹿子は我知らず呟いた。穢れが移るのを防ぐため、忌み屋には最低限の世話をする者しか訪れることは許されない。どういう気持ちなのだろう。一人、離れた場所で死んで行くのは。
「確かに、柚木様が神を狩った後、希月さんに会いに戻って来たのがここなら、村の人は気づかないわね」
忌み屋は、同じ場所に何度も建てられる。足下では繰り返し焼かれほとんど砂になった炭が地面を黒く染めていた。焼け焦げた板が、無造作に転がっていた。
その板の一枚に、五本の細長い傷がついていた。誰かが、相当力を込めて引っかいたのだろう。おそらくは、大切な人を亡くした悲しみと、その人を救えなかった後悔に突き動かされて。傷はほとんど生木で燃え残った芯まで深く達していて、これを付けた者は爪ぐらい剥がれたかも知れない。
どうか、この傷をつけた人が今は幸せでありますように。そして亡くなった人が黄泉の国で安らっていますように。鹿子はそう願わずにはいられなかった。
「行きましょう、鹿子様」
淘汰にうながされ、鹿子は歩きだした。
空気に残った焦げ臭さが消え去った頃。ぞわりと寒気を感じ、鹿子は歩みを止めた。荒ぶる神の攻撃を紙一重で攻撃を避けた時に似た、暑い中でも心地いいとは言えない寒気だった。
少し離れた斜面に、虚ろな洞穴が開いていた。陰気はそこから吹き寄せて来る。どうやら、村人達はこの穴に棺桶を安置しているらしい。
穴は小さく、棺桶と、前後にそれを担ぐ人が最低でも二人は必要なのに、村人達はどうやってここに入るのだろうと鹿子は考えずにはいられなかった。
「さあ、行きましょう」
「大丈夫ですか、鹿子様。少し休んでからでも」
淘汰の言葉に鹿子は苦笑いする。
傷はまだ癒えていなかった。それどころか、日が経つにつれ痛みは増しているようだった。時々めまいがするほどだ。
しかし、そのことは殺嘉にも淘汰にも言っていなかった。なにせ旅の途中の事だ。思うような手当てはできない。薬の調達だって難しい。痛さを訴えた所で、従者二人にできる事はなく、ただ心配させるだけだから。
できるいつも通り元気にふるまっていたのだが、とっくにバレていたようだ。
「大丈夫よ。行きましょ」
松明(たいまつ)に火をつけて、殺嘉が先頭をいく。二人はその後をついていった。
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