俺の嫁が実体化した結果

三塚 章

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俺の嫁が実体化した結果 5

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ラキアータは俺の額に手を伸ばした。髪をかきあげる指の細さに、俺の心臓が高鳴った。
 さっき降ってきた石に打たれた傷を調べてくれているのだろう。血が出てきていないから、あざにはなっているだろうが、切れてはいないようだった。
「バカが。戦闘能力皆無のクセに私などをかばうからだ」
言った内容のわりには口調がやさしい。
「さっきも、私が出てきた紙を守ろうとしてくれただろう?」
「ああ、まあ」
 答えながら、俺は目を瞬かせた。なんだか、ラキアータの姿が薄く見えるのは気のせいだろうか? 貧血で視界がかすむほど血は出ていないはずだけど……
「ありがとう、時彦」
 ラキアータは俺から手を放した。また微笑んだ。涙をためて。
「おい、なんで泣いてるんだよ」
「もうすぐ、お別れだ」
「それって一体どういう……」
俺の足が震えた。なんで? なんでだ? せっかく変な魔物を倒したのに。せっかくこの騒動で、ラキアータとちょっと仲良くなれたような気がしたのに。そもそも、俺達は出会ったばっかだぞ? ろくに話もしてないのに、お別れなんて早すぎるだろ!
 ひょっとして、守り切ったと思ったけれど、紙に傷でもついたのだろうか? 慌てて広げて確認してみるが、なにも異常はない。
「ここだ」
 ラキアータは俺の手から紙を取ると裏返した。そして、裏に書かれた設定の一文を指差す。『自分より戦闘が強い奴が好き』
「これが、どうかしたんだよ!」
 頭の中がカッと熱くなって、目の前がくらくらする感じだった。
「私は、この設定に反してしまった」
 ラキアータの頬に朱が差した。ぱたぱたと落ち着かなくシッポが上下している。
「いや、だから一体何が言いたいんだよ、なんでラキアータが消えるんだ?」
「私は、お前のキャラクターとして生み出された」
 少しずつラキアータの姿が薄くなっている。ここまできたらもう俺の見間違いなんかじゃない。
「だから、この設定こそが私のすべて。ここに書かれていることと、私の存在はイコールで結ばれているんだ。だから、この設定に違反してしまったら、もう私は私ではいられなくなる」
 言われてみれば当然の事だった。俺は、ラキアータがこういう性格だと『決めた』。
仮に彼女が紙の裏に書いた性格でなくなってしまったら、俺の想像と違う行動を取ったらそれはもう俺の考えたラキアータではなくなってしまう。
 こう言えばわかりやすいだろうか。自分のオリキャラを他人がマンガなり小説なりにしたとき、そのキャラが自分のイメージと違う行動をしたら『誰だお前? こんなの俺のキャラじゃない』ってなるだろ? ラキアータは、それを自分自身でやってしまったんだ。
「お前はどう考えても私より戦闘は弱いのにな」
「え……それってどういう……」
 その項目に外れてしまった。それってつまり……
 今はもう、見間違いとは思えないほどはっきりと、ラキアータの姿は薄くなっていた。
「じゃあな、時彦」
 まるで手に取った雪が消えてなくなるように、ラキアータの輪郭がぼやけ、溶けて行った。
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