吸血美女とピンクパーカー

三塚 章

文字の大きさ
上 下
16 / 18

忍び寄る毒

しおりを挟む
 声をかけられ、結衣香は振り返った。
 まだ帰宅ラッシュには早く、人通りが少ない。そんな通りを背景に、黒い髪の印象的な美女が立っていた。
「ああ、天音さん。今日はお店お休みなんですか?」
 天音は、魅力的な笑みを浮かべた。
「そうなの。これから帰る所。こんな所で会うなんて奇遇ね、駅まで一緒にいかない?」
「はい!」
 なんでもない話をしながら、駅に向かう。
 結衣香の手元で、スマートホンが鳴った。
「ああ、ケイ……」
『いま、なにしてるんだ?』
 結衣香の言葉を遮って、ケイが聞いてきた。
 なんてことない質問だけど、言い方が異常に必死だった。
「え、なにかあった、て、え? 天音さんって人と一緒だけど。最近知り合った……」
 路上駐車された車をよけると、スマホのチャームが揺れる。
『いいから、その女から早く離れろ!』
「え?」
 結衣香の隣で、くすくすと結衣香が笑った。
「私のそばから離れろとでも言われた?」
 結衣香は驚いた顔を天音にむけた。
 そのとき、背後に強い力でひっぱられ、体が傾いた。腕が肩の辺りに巻き付いている。
 首をめぐらし、後ろを見る。ついさっき、すれ違った男。
 この異常な状態も怖かったが、何より怖かったのはその男の目だった。どんよりとして、生気がない。まるで誰かに操られているような、ゾンビのような。 
「ん……!」
 悲鳴をあげようとしたが、唇を塞がれてそれも叶わない。
 思い切り体をよじる。だが振り払うことはできない。
 バタンと車のドアが開く音がする。
 車の中から、また知らない男が手を伸ばしていた。痛いほど足をつかまれ、車の中へ引きずり込まれる。
 結衣香はグッとスマートホンを握りしめる。まるでそれがお守りででもあるように。
(そうだ、天音さんは……)
 天音さんだけでも逃げてくれれば、警察に連絡を入れてくれるだろう。そうすれば早く助けてもらえるに違いない。
 だが、天音は逃げもせず、当然のように助手席に乗り込んだ。
(……!)
 自分の体の中で、かすかな希望が崩れていくのが分かる。
 後部座席に転がされ、手足を縛り上げられる。
 男が一人運転席に。もう一人は結衣香の真横に座り込む。
 男の手がスマートホンの通話を切断した。
(まずい)
 一瞬、刑事ドラマにあるように、森か緑の多い公園に捨てられている自分の死体が頭によぎった。
「ごめんなさいね、結衣香さん」
 位置の関係上、結衣香からは見えないが声から天音は笑っているようだった。
「どうしても、ケイさんの能力が知りたいの。そのためには、こうするのが一番てっとりばやいでしょ?」
 思わず出した「んん?」という声が、さるぐつわ越しにくぐもって聞こえる。
(ケイ? 能力? 何言ってるの?)
 表情から、結衣香が何を考えているのか分かったのだろう。天音の艶やかな唇が弧を描いた。
「ケイは、私の仲間だと思うのよ。普通の人間とは違う、はぐれ者。だから、会ってお話してみたいの」
 普通の人間とは違う。
 なぜかその言葉に心を切り付けられたような気がした。
 ケイと、自分は根っこが違う。
 そう言われた気がした。 だから、ケイは自分を完全に信頼していないし、分かり合うことはないのだと。
「でも、あなたにとっても悪いことばかりじゃないと思うわ」
 艶っぽい笑みを崩さないまま、天音は続ける。
「ケイが危険を冒して助けに来てくれたら、結構ドキドキしない?」
(こんな怖い思いまでしてドキドキなんてしたくない!)
 とっさにケイのことが頭に浮かんだ。
 彼なら必死で助けようとしてくれるだろう。。
 問題は、どこに連れていかれるか分からないことだ。場所が分からなければケイにも警察にもどうしようもない。
(助けて!)
 分かってはいても、結衣香はそう祈らずにはいられなかった。

 聞こえてきた物音、いきなり途切れた通話。の身に、結衣香に何かがあったのは疑いようがなかった。
「くそ!」
 さすがに、往来で能力を使う気にはならない。
 毒づいて、ケイは隠れそうな場所を探した。
 ケイは目を閉じた。
 ケイに渡したスマホチャームを思い浮かべる。口を黒い糸でギザギザに縫われた、ボタンの目をした小さなうさぎ。
 皆、ケイの能力はどこにでも入り込めるものだと思っている。
 けど、それは違う。近いけれど、違う。そんな能力はない。ケイの能力は……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
 疲れ切った現実から逃れるため、VRMMORPG「アナザーワールド・オンライン」に没頭する俺。自由度の高いこのゲームで憧れの料理人を選んだものの、気づけばゲーム内でも完全に負け組。戦闘職ではないこの料理人は、ゲームの中で目立つこともなく、ただ地味に日々を過ごしていた。  そんなある日、フレンドの誘いで参加したレベル上げ中に、運悪く出現したネームドモンスター「猛き猪」に遭遇。通常、戦うには3パーティ18人が必要な強敵で、俺たちのパーティはわずか6人。絶望的な状況で、肝心のアタッカーたちは早々に強制ログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク役クマサンとヒーラーのミコトさん、そして料理人の俺だけ。  逃げるよう促されるも、フレンドを見捨てられず、死を覚悟で猛き猪に包丁を振るうことに。すると、驚くべきことに料理スキルが猛き猪に通用し、しかも与えるダメージは並のアタッカーを遥かに超えていた。これを機に、負け組だった俺の新たな冒険が始まる。  猛き猪との戦いを経て、俺はクマサンとミコトさんと共にギルドを結成。さらに、ある出来事をきっかけにクマサンの正体を知り、その秘密に触れる。そして、クマサンとミコトさんと共にVチューバー活動を始めることになり、ゲーム内外で奇跡の連続が繰り広げられる。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業だった俺が、リアルでもゲームでも自らの力で奇跡を起こす――そんな物語がここに始まる。

処理中です...