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忍び寄る毒
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声をかけられ、結衣香は振り返った。
まだ帰宅ラッシュには早く、人通りが少ない。そんな通りを背景に、黒い髪の印象的な美女が立っていた。
「ああ、天音さん。今日はお店お休みなんですか?」
天音は、魅力的な笑みを浮かべた。
「そうなの。これから帰る所。こんな所で会うなんて奇遇ね、駅まで一緒にいかない?」
「はい!」
なんでもない話をしながら、駅に向かう。
結衣香の手元で、スマートホンが鳴った。
「ああ、ケイ……」
『いま、なにしてるんだ?』
結衣香の言葉を遮って、ケイが聞いてきた。
なんてことない質問だけど、言い方が異常に必死だった。
「え、なにかあった、て、え? 天音さんって人と一緒だけど。最近知り合った……」
路上駐車された車をよけると、スマホのチャームが揺れる。
『いいから、その女から早く離れろ!』
「え?」
結衣香の隣で、くすくすと結衣香が笑った。
「私のそばから離れろとでも言われた?」
結衣香は驚いた顔を天音にむけた。
そのとき、背後に強い力でひっぱられ、体が傾いた。腕が肩の辺りに巻き付いている。
首をめぐらし、後ろを見る。ついさっき、すれ違った男。
この異常な状態も怖かったが、何より怖かったのはその男の目だった。どんよりとして、生気がない。まるで誰かに操られているような、ゾンビのような。
「ん……!」
悲鳴をあげようとしたが、唇を塞がれてそれも叶わない。
思い切り体をよじる。だが振り払うことはできない。
バタンと車のドアが開く音がする。
車の中から、また知らない男が手を伸ばしていた。痛いほど足をつかまれ、車の中へ引きずり込まれる。
結衣香はグッとスマートホンを握りしめる。まるでそれがお守りででもあるように。
(そうだ、天音さんは……)
天音さんだけでも逃げてくれれば、警察に連絡を入れてくれるだろう。そうすれば早く助けてもらえるに違いない。
だが、天音は逃げもせず、当然のように助手席に乗り込んだ。
(……!)
自分の体の中で、かすかな希望が崩れていくのが分かる。
後部座席に転がされ、手足を縛り上げられる。
男が一人運転席に。もう一人は結衣香の真横に座り込む。
男の手がスマートホンの通話を切断した。
(まずい)
一瞬、刑事ドラマにあるように、森か緑の多い公園に捨てられている自分の死体が頭によぎった。
「ごめんなさいね、結衣香さん」
位置の関係上、結衣香からは見えないが声から天音は笑っているようだった。
「どうしても、ケイさんの能力が知りたいの。そのためには、こうするのが一番てっとりばやいでしょ?」
思わず出した「んん?」という声が、さるぐつわ越しにくぐもって聞こえる。
(ケイ? 能力? 何言ってるの?)
表情から、結衣香が何を考えているのか分かったのだろう。天音の艶やかな唇が弧を描いた。
「ケイは、私の仲間だと思うのよ。普通の人間とは違う、はぐれ者。だから、会ってお話してみたいの」
普通の人間とは違う。
なぜかその言葉に心を切り付けられたような気がした。
ケイと、自分は根っこが違う。
そう言われた気がした。 だから、ケイは自分を完全に信頼していないし、分かり合うことはないのだと。
「でも、あなたにとっても悪いことばかりじゃないと思うわ」
艶っぽい笑みを崩さないまま、天音は続ける。
「ケイが危険を冒して助けに来てくれたら、結構ドキドキしない?」
(こんな怖い思いまでしてドキドキなんてしたくない!)
とっさにケイのことが頭に浮かんだ。
彼なら必死で助けようとしてくれるだろう。。
問題は、どこに連れていかれるか分からないことだ。場所が分からなければケイにも警察にもどうしようもない。
(助けて!)
分かってはいても、結衣香はそう祈らずにはいられなかった。
聞こえてきた物音、いきなり途切れた通話。の身に、結衣香に何かがあったのは疑いようがなかった。
「くそ!」
さすがに、往来で能力を使う気にはならない。
毒づいて、ケイは隠れそうな場所を探した。
ケイは目を閉じた。
ケイに渡したスマホチャームを思い浮かべる。口を黒い糸でギザギザに縫われた、ボタンの目をした小さなうさぎ。
皆、ケイの能力はどこにでも入り込めるものだと思っている。
けど、それは違う。近いけれど、違う。そんな能力はない。ケイの能力は……
まだ帰宅ラッシュには早く、人通りが少ない。そんな通りを背景に、黒い髪の印象的な美女が立っていた。
「ああ、天音さん。今日はお店お休みなんですか?」
天音は、魅力的な笑みを浮かべた。
「そうなの。これから帰る所。こんな所で会うなんて奇遇ね、駅まで一緒にいかない?」
「はい!」
なんでもない話をしながら、駅に向かう。
結衣香の手元で、スマートホンが鳴った。
「ああ、ケイ……」
『いま、なにしてるんだ?』
結衣香の言葉を遮って、ケイが聞いてきた。
なんてことない質問だけど、言い方が異常に必死だった。
「え、なにかあった、て、え? 天音さんって人と一緒だけど。最近知り合った……」
路上駐車された車をよけると、スマホのチャームが揺れる。
『いいから、その女から早く離れろ!』
「え?」
結衣香の隣で、くすくすと結衣香が笑った。
「私のそばから離れろとでも言われた?」
結衣香は驚いた顔を天音にむけた。
そのとき、背後に強い力でひっぱられ、体が傾いた。腕が肩の辺りに巻き付いている。
首をめぐらし、後ろを見る。ついさっき、すれ違った男。
この異常な状態も怖かったが、何より怖かったのはその男の目だった。どんよりとして、生気がない。まるで誰かに操られているような、ゾンビのような。
「ん……!」
悲鳴をあげようとしたが、唇を塞がれてそれも叶わない。
思い切り体をよじる。だが振り払うことはできない。
バタンと車のドアが開く音がする。
車の中から、また知らない男が手を伸ばしていた。痛いほど足をつかまれ、車の中へ引きずり込まれる。
結衣香はグッとスマートホンを握りしめる。まるでそれがお守りででもあるように。
(そうだ、天音さんは……)
天音さんだけでも逃げてくれれば、警察に連絡を入れてくれるだろう。そうすれば早く助けてもらえるに違いない。
だが、天音は逃げもせず、当然のように助手席に乗り込んだ。
(……!)
自分の体の中で、かすかな希望が崩れていくのが分かる。
後部座席に転がされ、手足を縛り上げられる。
男が一人運転席に。もう一人は結衣香の真横に座り込む。
男の手がスマートホンの通話を切断した。
(まずい)
一瞬、刑事ドラマにあるように、森か緑の多い公園に捨てられている自分の死体が頭によぎった。
「ごめんなさいね、結衣香さん」
位置の関係上、結衣香からは見えないが声から天音は笑っているようだった。
「どうしても、ケイさんの能力が知りたいの。そのためには、こうするのが一番てっとりばやいでしょ?」
思わず出した「んん?」という声が、さるぐつわ越しにくぐもって聞こえる。
(ケイ? 能力? 何言ってるの?)
表情から、結衣香が何を考えているのか分かったのだろう。天音の艶やかな唇が弧を描いた。
「ケイは、私の仲間だと思うのよ。普通の人間とは違う、はぐれ者。だから、会ってお話してみたいの」
普通の人間とは違う。
なぜかその言葉に心を切り付けられたような気がした。
ケイと、自分は根っこが違う。
そう言われた気がした。 だから、ケイは自分を完全に信頼していないし、分かり合うことはないのだと。
「でも、あなたにとっても悪いことばかりじゃないと思うわ」
艶っぽい笑みを崩さないまま、天音は続ける。
「ケイが危険を冒して助けに来てくれたら、結構ドキドキしない?」
(こんな怖い思いまでしてドキドキなんてしたくない!)
とっさにケイのことが頭に浮かんだ。
彼なら必死で助けようとしてくれるだろう。。
問題は、どこに連れていかれるか分からないことだ。場所が分からなければケイにも警察にもどうしようもない。
(助けて!)
分かってはいても、結衣香はそう祈らずにはいられなかった。
聞こえてきた物音、いきなり途切れた通話。の身に、結衣香に何かがあったのは疑いようがなかった。
「くそ!」
さすがに、往来で能力を使う気にはならない。
毒づいて、ケイは隠れそうな場所を探した。
ケイは目を閉じた。
ケイに渡したスマホチャームを思い浮かべる。口を黒い糸でギザギザに縫われた、ボタンの目をした小さなうさぎ。
皆、ケイの能力はどこにでも入り込めるものだと思っている。
けど、それは違う。近いけれど、違う。そんな能力はない。ケイの能力は……
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