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暴走
しおりを挟むケイが廃工場の正確な住所を覚えているわけもなく。黒川はケイの実家を拠点に、ナビで調べて工場の場所を調べた。
(そこまで行くのに、大体一時間か……)
本当なら、管轄の者に連絡して調べてもらいたいところだ。
けれどさすがに証拠がなさすぎる。『爆弾の作成図があるから多分作ってる。そして昔の写真があったので多分そこに仕掛けられている』なんてあいまいな理由で人を動かすことはできない。
本当に爆弾が仕掛けられていたら。こうしている間にも、爆発して死人が出たら。
気ばかり焦ってしまって、思い切り車を飛ばしたくなる。だが、それで事故を起こしたらシャレにならない。
黒川は運転に集中しようとした。
次々と反対車線の車が後ろに消えていく。
いつの間にか、家々との間が広くなってきていた。
田舎とも言いきれず、都会ともいえない、微妙なところでケイは育ったようだ。
ナビのおかげでそれほど迷うことなく目的地につくことができた。
敷地を囲むように脛(すね)にまで雑草が茂っていて、夏休みの小学生でもなければ好き好んで入って行きたいとは思わないだろう。
道路の隅に車を停めて、黒川はがさがさと草を超えて行った。廃工場の前にある空間は、もとは駐車場だったようだが、アスファルトのヒビから雑草が生え、風にそよいでいる。
工事が中止になったのか、工場の隅に鉄パイプや足場に使うらしい鉄板が摘みあがっている。
空地は、一見誰もいないように見えた。
ガサリ。
明らかに、風とは違う何かが草を揺らした。積み上げられた資材の後ろ。
警戒しながら黒川はゆっくりとパイプの山の裏に回った。
まるでお化けに怯える子供のように、青年が膝を抱え、震えながらうずくまっている。呼吸のたび吐き出される息が細かく震えていた。
黒川に気づいて、青年は両膝の間にうめていた顔を上げた。
その表情を見て、正直黒川はおじけづいた。
細かく震える唇、せわしなく動く血走った眼。明らかに相手は普通の精神状態ではない。
今にも襲い掛かるか何かしてきそうだ。
「お、おい……」
恐る恐る、黒川は声をかけた。
「修、か?」
「あ、あんたは……」
青年は、きょろきょろと動く目で、黒川のことを見回す。
「ケイから頼まれたんだよ。あんたがここにいるかもってな」
修は、膝立ちになって黒川のコートにしがみついた。体重が、ずっしりと黒川の肩にのしかかる。
「そうだ、爆弾、俺は爆弾を作ったんだ」
青ざめている修の顔は、冗談を言っているようには見えない。
正直、ケイから聞いた時は半信半疑だった。ヒマな学生がふざけて図面だけを描いたのだろうと。
けれど、そんなのん気な話ではなかったようだ。
「それで、そいつをどこにやった?」
口調が思わず荒くなる。
なんでそんな物騒な物を作ったのか聞きたかったけれど、今はそんな余裕はない。
「わ、分からない」
「は?」
何を言ってるんだ、と思わず身を乗り出す。
「ひいっ!」
黒川の剣幕に、修はコートから手を放し自分の頭をかばう。
「分からないってどういうことだ?」
自分で作っておきながら、なんて無責任なことを。
怯えている相手に大人げないと心の隅でちらりと思ったが、怒りは大きくなる。
おどおどと修は話始めた。
「ば、爆弾作って、瑛実(えいみ)駅のコインロッカーに入れた。なんとなく、そうしないといけないと思って」
黒川は修の襟首をつかむ。
「『なんとなく』って……! 爆弾はまだそのロッカーにあるのか? 鍵は?」
「たぶん、誰かが持っていくんじゃないかな。詳しくは知らない」
そんな馬鹿なことがあるものか。自分で爆弾を作っておいて、それからどうなるか分からないなんて。
問いただしながら、頭の隅に銀行強盗の顔が浮かんだ。
『操られているようで……』
あいつもそんなことを言っていた。
「はははは!」
急に、修は笑い始めた。涙を流しながら。
「あはははは」
それはなんだか鬼気迫るものがあって、黒川は少し後ずさった。
「僕はなんてことをしてしまったんだろう。もしかしたら、人が大勢死ぬかも知れないのに。あははは!」
修はポケットから銀色に光る物を取り出した。
それがナイフだと黒川が気づいたとき、修はその切っ先を自分自身の胸に向けた。
「お、おい!」
黒川は体当たりするように、修の両手に飛びついた。
切っ先が胸にめり込む。
修の薄いセーターに、血のシミが広がる。
「うう」
なんとか黒川は修の細い手からナイフをもぎ取った。
「いきなり自殺しようとするってなんなんだよ。するなら事情を説明してからにしてくれ!」
「はあ、はあ、はあ……」
ゾンビのように両手をだらりと下げ、修は肩を上下させた。
修の体が左右に揺れる。
「うう……」
低く呻いて、修は気を失った。
「チッ!」
黒川は、スマホをポケットから引っ張り出すと、救急車を呼ぶために操作をした。
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