吸血美女とピンクパーカー

三塚 章

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伸びる魔手

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(それにしても、バスジャックといい、最近ぶっそうね)
 なんとなく午後の街をぶらぶら散歩しながら、結衣香はそんなことを考えていた。つい行きかう人に修の姿を探してしまうが、似ている人すらいない。
 カフェの屋外に置かれたテーブルには、ぽつぽつと客が座っている。ショッピングを楽しむ女の子達が笑い声を上げて通り過ぎていく。
 平和な光景だけど、結衣香の気持ちは沈んでいた。
 考えは自然と修からケイへと移っていく。
(ケイは、色々と警察に協力している)
 なんでも、事務だか駐禁の手伝いをしているらしい。けれど、それはたぶん嘘だろう。
 時々誰かとスマートフォンで話しているときの、言葉の端々。そして時々増えている体の傷。そんなことがあれば誰だって感づく。
 本当のところ、ケイはどんな手伝いをしているのだろう? ジャックされたバスに現れたという不思議な青年。もしかして彼はケイなのではないだろうか?
 結衣香は、自分のバッグに視線を落とした。
 この中に入っているスマートホン。小さなウサギのチャーム。
『これを持っていてくれたまえ』
 これをくれたとき、ケイはそんなカッコつけた言い方を言っていた。
『そうしていれば、何かあったときはボクが駆けつけるからな』
(まさか……ね)
 ふいに大きな犬の吠え声がして、結衣香は我に返った。
 大きな黒い犬が、目の前から歩いてくる。少しびっくりしたものの、きちんと首輪とリードはつけられているようだ。
「あら、ごめんなさい、驚いたかしら」
 赤いリードを握っているのは、髪の長い、ほっそりとした女性だった。
 にっこり笑った唇から八重歯がのぞいている。
(うわあ、キレイな人だなあ。大体、私と同じくらいの歳かな)
 思わず見とれてしまった。
 その女性は、軽く首を傾げた。
「なんだか、浮かない顔しているわね」
 見知らぬ人に心配されるほど、酷い表情をしていたのだろうか。結衣香はちょっと反省をした。
「恋人とケンカでもした?」
 彼女は冗談めかしてこういってきた。
「は、はあ。別にケンカはしていないんですけどね。なんていうか……隠し事をされているような気がして」
(な、なんだか、人懐こいっていうか、社交的な人ね。普通、初対面の人にそこまでぐいぐい聞くもの?)
 そうは思ったけれど、自分でも不思議なくらいするすると言葉がでてくる。
「別に、浮気しているっていうわけじゃないと思うんですけどね。秘密主義っていうか、なんていうか」
(そうだ、この人なんとなくケイに似てるんだ。外見とかじゃなくて、雰囲気が。だから話やすいんだ)
 ひょっとしたら自分でも気付かなかっただけで、心の底では誰かにグチを聞いてほしいと思っていたのかもしれない。
 言葉にしていくと、もやもやとしか感じていなかった不満が、どんどん具体的になっていくようだった。
「少しよそよそしいっていうか、完全に私に心を許してくれていないというか。何か、辛そうな顔をしていても、『大丈夫』っていうだけで詳しいことは話してくれないんです」
 その言葉を聞いて、女性は微笑んだ。唇からチラッとのぞく八重歯が魅力的だ。
「う~ん、そうねえ。それは、彼があなたを愛してとしているからじゃないかしら」
「え?」
「多分、あなたに心配をかけたくないのよ。だから、悪いことがあってもあなたに黙っているの」
(あ、なんだか分かるかも)
 たしかに、ケイはそういう所がある。
(でも、私は守られることなんて望んでないのに)
 もしもケイが抱えている物があるなら、私も一緒に悩みたい。ただ、それだけなのに、そう考えるのは贅沢なのだろうか?
 その女性は、ぴっと人差し指を立て、さとすように言った。
「冷たく見えても、それは愛情なのよ。何事にも、裏と表があるの」
「……」
「そうだ!」
 ふいに女性はポンと手を叩いた。
「そうだ、これあげる」
 その女性がバッグから出したのは、レストランのチラシだった。結衣香が通っている大学からそう遠くない。
「はい、これ。私、ここで働いてるの」
 少し意外だった。
 なんとなく、デザイナーとかモデルとか、そういった仕事をしているのだろうと思っていたのに。
「私の名前は天音(あまね)。もしよければ来て? これも何かの縁ですから」
「あ、ありがとうございます。あ、私は結衣香です」
 少し強引な女性にたじたじとなりながら、結衣香はお礼を言った。
「それじゃあ」
 人懐っこい美女天音は、微笑むと犬とともに去っていった。
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