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不穏はゴシップに隠れて
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明深(めいしん)大学の学食は、少しずつ混んでくる時間帯になった。
辺りにはカレーやうどん汁の香りが漂い、イスを引く音や、給湯器で水を汲む音がひっきりなしに響いている。誰かがどこかの席でスマホのパズルゲームをしているらしく、連鎖の音がかすかに聞こえた。
『英語A』の授業を終えた結衣香とケイは昼食を採っていた。
約束しなくてもなんとなく食事の時間が一緒になる幼馴染の修(しゅう)と、友人の孝仁(たかひと)と、四人で一緒に食べるのが恒例だ。今日も思い思いのメニューを前に、四人はだらだらとおしゃべりをしていた。
ケイの正面に座っている結衣香が、箸を止めてスマホの画面を見せてくる。
「ネットじゃ噂になってるよ。突然現れ、消えた不思議な青年がいたって」
バスジャック事件から数日経って、ニュースでも取り上げられなくなったけれど、まだネットでは話題が続いていた。
そこに表示されているのはオカルト掲示板で、『【正義のヒーロー?】バスに突然現れた青年について語ろう』とスレッド名がついていた。
引用されたゴシップ記事には、『人質の一人の証言によると、バスの中にガスマスクをはめた青年が現れ……』なんて書いてある。『突然現れて消えたらしい』とか『もとからバスジャックの情報をつかんでいたんだろう。それで潜入捜査をさせてたんだ』とか『神出鬼没の正義の味方だよ』とか書き込みがある。
「ははは、まるで都市伝説だね。スレンダーマンや口裂け女みたいだ。バケモンかな」
ケイが言った。
本当だったら、得意になってもいいのかも知れない。変身を解いたスーパーヒーローが、自分の噂をする人々をニヤニヤと見ているように。
でもケイの頭に浮かんだのは、いつかの雑誌に載っていた読み切り漫画だった。
不思議な力と引き換えに、醜い体になった主人公。人知れず人助けをしていたけれど、結局話しの後半で姿を見られて、追われるようにして新たな場所に旅立っていったっけ。
「そんなことをいうもんじゃねえよ、ケイ」
たしなめたのは修だった。
どこかのほほんとした雰囲気のある彼は、ゆっくりと箸を動かしている。
「犯人を捕まえて、人質を助けたんだから、悪い奴じゃねえんだろ、きっと。なんか変な力を持っていたとしても、さ」
もちろん、修はケイの正体を知らない。だから、さっきの言葉はケイに気を使ったわけではなく、彼の本心だろう。だからこそ、なんだか救われた気分だった。
そういえば、昔からあまり他人のことは悪くいわない奴だ。何の因果か、修とは高校をのぞいて小学校から大学まで一緒の腐れ縁だ。
彼のことはよく知っている。ケイの口元に淡い笑みが浮かぶ。
「変な力とか、まさか」
結衣香はかわいらしくクスクスと笑い声をあげた。
「きっと、マスコミから死角になっている場所から忍び込んだんでしょう」
「現実的だなあ。まあ、実際そんなとこでしょ」
味噌汁で曇るメガネを気にしながら、孝仁が言った。
そこで、結衣は少し表情を曇らせた。彼女は本当にくるくると表情を変える。
「そうそう、信じられないって言えばさ。レナちゃんって知ってるでしょ?」
結衣香と仲のいい友達の何人かは、ケイも見知っている。
たしか、結構派手な感じの娘(こ)だった。少し前、彼氏ができたとか言ってはしゃいでいたはずだ。
「彼女、彼と別れちゃったんだって」
「え? なんで? レナ、むちゃくちゃ彼に惚れてるっていってなかったっけ」
しかも彼は彼で、「レナと付き合えるなんて」と頬を真っ赤にしていたのをケイは覚えていた。
そのあとも、『のろけ話を聞かされた』的なことを結衣香がよく言っていたから、『それはなにより』と人ごとながらぬるく見守っていたのだけれど。
「うん、そうなんだけどね。『ペッシュ』っていうレストランで食事をしたころから関係がおかしくなっていったんだって」
「ほうほう。『ペッシュ』って、なんか炭酸飲料にありそうな名前だな~」
孝仁のくだらない冗談だけれど、嫌いではない。
「なんだかくだらないことでケンカするようになって……」
「ほうほう」
話の内容というよりは、自分の事のようにムッとしている結衣香の表情を楽しみながら、ケイは相づちを打った。
「とうとう、レナの友達が、レナの彼と知らない女性と歩いている所を目撃しちゃったんだって。しかもやたら仲よさそうに! 酷いよね!」
サンマの塩焼きから器用に骨を取り除きながら、強い口調で言いきった。
「う~ん、それだけではなんとも……親戚の可能性だってあるし……」
「レナはなんて?」
修と孝仁が口々に質問する。
「『記憶がない』って。でも、目撃されたのはそれだけじゃないのよ! 他の友達が言ってたんだけどね、二人がラブホ街を歩いてたんだって。ちゃんと証拠写真もあるの」
「あちゃー、そりゃ言い逃れできない奴だ」
修にももうフォローができないようだ。
「それで、レナがキレちゃってね」
「ああ、あの子、気が強そうだからな」
ケイは思わずため息をついた。
「そりゃ、もう土下座で謝るしかないっしょ。今の女は怖いからな。下手な扱いすると刺されるぞ」
孝仁が軽口を叩く。
「今の時代、そんなこといったら男女差別でそれこそ刺されるよ」
結衣香がそんな冗談を言っている。
(ここは平和だなあ)
もそもそと付け合わせのニンジンの煮物を口に運びながら、ケイはぼんやりと考えていた。
なんだか、昨日バスジャックを制圧したのが嘘のようだ。
色々な事件に首を突っ込んできたけれど、ここは平和だ。
(このまま、なにも起きなければいいけど)
そう思ってから、「これってフラグだよな」とケイは自分自身につっこんだ。
辺りにはカレーやうどん汁の香りが漂い、イスを引く音や、給湯器で水を汲む音がひっきりなしに響いている。誰かがどこかの席でスマホのパズルゲームをしているらしく、連鎖の音がかすかに聞こえた。
『英語A』の授業を終えた結衣香とケイは昼食を採っていた。
約束しなくてもなんとなく食事の時間が一緒になる幼馴染の修(しゅう)と、友人の孝仁(たかひと)と、四人で一緒に食べるのが恒例だ。今日も思い思いのメニューを前に、四人はだらだらとおしゃべりをしていた。
ケイの正面に座っている結衣香が、箸を止めてスマホの画面を見せてくる。
「ネットじゃ噂になってるよ。突然現れ、消えた不思議な青年がいたって」
バスジャック事件から数日経って、ニュースでも取り上げられなくなったけれど、まだネットでは話題が続いていた。
そこに表示されているのはオカルト掲示板で、『【正義のヒーロー?】バスに突然現れた青年について語ろう』とスレッド名がついていた。
引用されたゴシップ記事には、『人質の一人の証言によると、バスの中にガスマスクをはめた青年が現れ……』なんて書いてある。『突然現れて消えたらしい』とか『もとからバスジャックの情報をつかんでいたんだろう。それで潜入捜査をさせてたんだ』とか『神出鬼没の正義の味方だよ』とか書き込みがある。
「ははは、まるで都市伝説だね。スレンダーマンや口裂け女みたいだ。バケモンかな」
ケイが言った。
本当だったら、得意になってもいいのかも知れない。変身を解いたスーパーヒーローが、自分の噂をする人々をニヤニヤと見ているように。
でもケイの頭に浮かんだのは、いつかの雑誌に載っていた読み切り漫画だった。
不思議な力と引き換えに、醜い体になった主人公。人知れず人助けをしていたけれど、結局話しの後半で姿を見られて、追われるようにして新たな場所に旅立っていったっけ。
「そんなことをいうもんじゃねえよ、ケイ」
たしなめたのは修だった。
どこかのほほんとした雰囲気のある彼は、ゆっくりと箸を動かしている。
「犯人を捕まえて、人質を助けたんだから、悪い奴じゃねえんだろ、きっと。なんか変な力を持っていたとしても、さ」
もちろん、修はケイの正体を知らない。だから、さっきの言葉はケイに気を使ったわけではなく、彼の本心だろう。だからこそ、なんだか救われた気分だった。
そういえば、昔からあまり他人のことは悪くいわない奴だ。何の因果か、修とは高校をのぞいて小学校から大学まで一緒の腐れ縁だ。
彼のことはよく知っている。ケイの口元に淡い笑みが浮かぶ。
「変な力とか、まさか」
結衣香はかわいらしくクスクスと笑い声をあげた。
「きっと、マスコミから死角になっている場所から忍び込んだんでしょう」
「現実的だなあ。まあ、実際そんなとこでしょ」
味噌汁で曇るメガネを気にしながら、孝仁が言った。
そこで、結衣は少し表情を曇らせた。彼女は本当にくるくると表情を変える。
「そうそう、信じられないって言えばさ。レナちゃんって知ってるでしょ?」
結衣香と仲のいい友達の何人かは、ケイも見知っている。
たしか、結構派手な感じの娘(こ)だった。少し前、彼氏ができたとか言ってはしゃいでいたはずだ。
「彼女、彼と別れちゃったんだって」
「え? なんで? レナ、むちゃくちゃ彼に惚れてるっていってなかったっけ」
しかも彼は彼で、「レナと付き合えるなんて」と頬を真っ赤にしていたのをケイは覚えていた。
そのあとも、『のろけ話を聞かされた』的なことを結衣香がよく言っていたから、『それはなにより』と人ごとながらぬるく見守っていたのだけれど。
「うん、そうなんだけどね。『ペッシュ』っていうレストランで食事をしたころから関係がおかしくなっていったんだって」
「ほうほう。『ペッシュ』って、なんか炭酸飲料にありそうな名前だな~」
孝仁のくだらない冗談だけれど、嫌いではない。
「なんだかくだらないことでケンカするようになって……」
「ほうほう」
話の内容というよりは、自分の事のようにムッとしている結衣香の表情を楽しみながら、ケイは相づちを打った。
「とうとう、レナの友達が、レナの彼と知らない女性と歩いている所を目撃しちゃったんだって。しかもやたら仲よさそうに! 酷いよね!」
サンマの塩焼きから器用に骨を取り除きながら、強い口調で言いきった。
「う~ん、それだけではなんとも……親戚の可能性だってあるし……」
「レナはなんて?」
修と孝仁が口々に質問する。
「『記憶がない』って。でも、目撃されたのはそれだけじゃないのよ! 他の友達が言ってたんだけどね、二人がラブホ街を歩いてたんだって。ちゃんと証拠写真もあるの」
「あちゃー、そりゃ言い逃れできない奴だ」
修にももうフォローができないようだ。
「それで、レナがキレちゃってね」
「ああ、あの子、気が強そうだからな」
ケイは思わずため息をついた。
「そりゃ、もう土下座で謝るしかないっしょ。今の女は怖いからな。下手な扱いすると刺されるぞ」
孝仁が軽口を叩く。
「今の時代、そんなこといったら男女差別でそれこそ刺されるよ」
結衣香がそんな冗談を言っている。
(ここは平和だなあ)
もそもそと付け合わせのニンジンの煮物を口に運びながら、ケイはぼんやりと考えていた。
なんだか、昨日バスジャックを制圧したのが嘘のようだ。
色々な事件に首を突っ込んできたけれど、ここは平和だ。
(このまま、なにも起きなければいいけど)
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