吸血美女とピンクパーカー

三塚 章

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犯罪見物サークル

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 ケイの部屋がいくつか入りそうなほど広い高級マンションの一室。
 窓辺にかかる薄いカーテンに、街の明かりがぼんやりと色をにじませている。
 洗い終わった髪をタオルに包んだバスローブ姿で、天音はソファの背もたれに体を預けていた。
 観葉植物の鉢の横に置かれたテレビの画面では、広い駐車場に停まっているバスが少し上空のアングルから映し出されている。
『今、警官隊が突入しました!』
 バスの入口に殺到する警官隊は、まるで餌を見つけたアリの行列そっくりだ。
 天音は、薄い笑みを浮かべながらそれを眺めていた。かすかに開いた唇から八重歯がのぞいている。
 昼間のバスに乗っていた時の事を、天音はまざまざと思い出していた。
 警官隊がどかどかと足音を響かせ乗り込んできた時は、本当に自分がドラマの登場人物になったようでわくわくした。催涙弾のせいで、少し喉が痛かったけれど。
 小さく犬の甘える声がして、天音はテレビから少し目を放した。
 シッポをふりながら、ドーベルマンが小さな爪音をたてながら近寄ってきた。体つきや身のこなしから、戦闘用に訓練されていると一目で分かる。主(あるじ)の命令一つあれば、不審者をためらいなく切り裂くだろう。
 番犬は、主人の足元にうずくまった。そして甘えるような声を出す。
「あらクイーン。どうしたの? 今日はずいぶん甘えたがりね」
 天音は、クイーンの頭を撫でる。さらさらと短い毛並みの手触りが心地よい。
 天音は毛の感触を楽しみながら、テーブルの上に置かれたスマートホンを手に取った。
「ああ、白谷くん? 今回はどうだった?」
 天音が指輪にしこんだ隠しカメラで、メンバー達は臨場感たっぷりの映像を楽しんだはずだ。
 それと、バスジャックが成功するかどうかの賭けも。
『どうもこうもねえよ。賭けどころじゃなくなった』
 スマートホンから出てきた声は、若い男だった。育ちの悪さが分かるしゃべり方は、最初は気に障っていたが最近はだんだんとなれてきた。
「まあ、バスジャックだけじゃなくて人質を取る犯罪はほぼ百パーセント失敗するからね」
『なんだ、もともと賭けにならなかったんじゃないか』
「いいじゃないの。こないだの銀行強盗は成功が勝ったじゃない」
『ああ、それはたしかに……って、いやいや、んなことこのさいクッソどうでもいいだろアネゴ!』
 白谷はがなり立てる。
「そうよね。あれだけ不思議なことがあったのだもの。当然、あなた達も見たんでしょ? あの……突然現れた青年を」 
『ああ、アネゴの指輪カメラに写ってたからな』
 クイーンは黙って主の言葉を聞いている。
「ふふふ、いきなりヒーローが現れて、助けてくれたのだもの。驚いたわ」
 煙の中から現れた、あのピンク色のパーカーの――ガスマスクで顔が見えなかったけれど、多分声から――青年。
 天音を助けてくれたヒーローは、いきなりあの場に現れた。当然、効果音も吹きあがる火柱なく降ってわいたように。
 自分の唇が弧を描いているのが分かる。その唇から、八重歯がのぞく。象牙を磨いて作ったような、小さな牙。
「きっと、私と同じで、能力を持っているのよ」
 能力者に会うのは本当に久しぶりだ。なんだか、わくわくする。
『ああ、そうとしか考えらんねえもんな。他の奴らもバカみてえに大騒ぎしてたよ』
「でしょうね」
『なんだ? なんか嬉しそうじゃね?』 
 うふふ、と笑い、クイーンの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ひょっとしたら、お友達になれるかもしれない」
 テーブルの上でスマートホンが震えた。
 ちらりと画面の発信者名を確認すると、笑顔で天音は話し始めた。
『お友達って……! まさかアイツにちょっかい出す気か? やめろよ。たぶんロクなことになんねーよ』
 その声にちょっと嫉妬が混じっているようで、ほんのちょっといい気分になる。
 主人の気分を知ってか知らずか、クイーンはクンクンと鼻を鳴らし、しゃべる主人を眺めている。
「いいじゃない。どっちにしろ、放っておくわけにはいかないわ。状況からして、警察の協力者だろうし」
『放っておけないって、どうするつもりだよ?』
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 顔そのものが分からないから、特定は大変かもしれない。けどできなくはないだろう。
『あ? どうせそれを俺に押し付けるつもりだろ。かったりーなあ』
「でも、やってくれるんでしょ?」
 天音の艶やかな唇を歪めた。
『はいはい、その通りですよ』
 その言葉を聞いて、天音は通話を切った。
「仲良くなれるといいわね、クイーン」
 クイーンは答えず、ただシッポを振った。
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