吸血美女とピンクパーカー

三塚 章

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迎えてくれたコ

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 騒がしい現場から自分のアパート前に戻ってくると、なんだか酷く静かに思える。駐車場に停められている赤い車も、ゆっくりと散歩するおじいさんも、目に映るモノすべてがのどかに見える。
 本当はまだ午後の講義が残っているのだが、一仕事したあとでさすがに受ける気はしない。今日は部屋でゆっくりしよう。警察から、ケイが協力者であることは大学に連絡が行っている。多少単位が足りなくても大丈夫なはずだ。
 ケイは、外階段を登って自分の部屋のある階へと戻り始めた。金属製の踏み板がコツコツと音を立てる。
 階段を上がりきると、自分の部屋の前に見知った顔があった。
「ああ、結衣香(ゆいか)か」
 小走りにかけよってきたのは、真っ黒の髪をロングにした女の子。ブラウスに長いスカートというお嬢様チックな格好だ。
 どうやらわざわざ大学からここに来て、ケイが来るのを待っていたらしい。暇つぶしにゲームでもやっていたのか、手にはスマホが握られている。
「結衣香、授業は……って、そうか、今日は午前終わりか」
「そういうケイこそ、授業があるんじゃなかったっけ?」
「ああ、ちょっと、めんどくさくなっちゃって、サボリ」
「ふうん、そう」
 結衣香は、そこで意味ありげな視線をケイに向けた。
「あのバスジャック関係じゃないの?」
 スマートフォンに表示されたニュース画面をみせる。そこにはもちろんバスジャックの記事。
「おや、気づきましたか」
 結衣香には、ケイが瞬間移動の能力を告げてはいない。
 ただ、仕事という『急用』で欠席や遅刻が多くなる関係上、完全に隠し通すことはできず、警察に協力しているとだけは言ってある。
 きっと、アルバイトで駐車禁止の取り締まりやら書類整理の手伝いをしていると思っている、はずだ。
「何をしたんだか知らないけど、がんばったんでしょ?」
「え、ああ。交通整理だよ。サービスエリアが使えなくなっちゃったからね」
(うん、我ながらそれっぽい言い訳だ)
 そこで彼女は笑顔を引っ込めると、不満そうに唇をまげた。
「どうしたの? 恋人に会ったのに、全然嬉しそうじゃないじゃん」
 その言葉に、ケイは、無理に笑みを浮かべた。
「そんなことないさ」
 結衣香にあえて嬉しいのは本当だ。ただ、事件の手伝いをしたあとに彼女に会うと、自分が隠し事をしているのを思い知らされ、いつもなんとなく罪悪感を感じてしまう。
 結衣香にすら自分の能力を明かしていないのは、彼女に危険なことに巻き込まないため、万が一、ヤバい犯人と戦うハメになった時、手のうちがばれたりしないための措置だ。
(けど……それって本当にいいことなのか?)
 なんだか、結衣香を信用していないってことにならないか。
 そこまで考えて、ケイは前髪に隠れた眉を軽くしかめた。
 いや、それとも違う。もっと根本的な――
「ねえ」
 彼女の呼びかけで我に返ると、結衣香は少し不機嫌な顔だった。
 手持無沙汰(てもちぶさた)にスマホについたチャームをいじっている。口を黒い糸でギザギザに縫われた、ボタンの目をした小さなうさぎはケイがプレゼントしたものだ。気にいってくれたらしく、結衣香はよくこうやっていじっている。
 結衣香は軽く首を傾げ、こっちを覗き込むように見上げてくる。長い髪がさらりとゆれた。
「本当に大丈夫なの?」
 真剣な目がケイをとらえる。
「なにが?」
「いや、なんか最近疲れてるっぽく見えるよ。無理してるんじゃないかなって」
 その言葉に、ケイはわざとへらへらとした様子で肩をすくめて見せる。
「あのね、このボクが無理するほどガンバるタイプの人間に見える?」
「……そうね」
 結衣香は微笑んだ。何というか、何かを諦めたような笑みだった。
 でも、なんでそんな顔をするのだろう?
「そうだ、これからどっかお茶でもいかない?」
 気を取り直して、という感じでさっきとは違う明るくカラッとした笑みで聞いてきた。
「ん~」
 確かにそれは魅力的だけれど。
「ああ、いいや、ごめん」
 ぱたぱたとケイは手を振った。
 一仕事したせいで疲れたし、余計なことを考えたせいで、なんだかそんな気分になれなかった。
「ん、ああ、そうかぁ」
 少し残念そうに、結衣香は言った。
 そして、ほんのかすかに聞こえるか聞こえないかのため息をつく。
「んじゃ、無理しないでね」
 結衣香は白い華奢(きゃしゃ)な手をひらひらと振った。
「おー」
 ケイは扉を開け、自分の部屋の中へと入った。
 背後で鉄の扉が、バタンと重い音を立てて閉まった。
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