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第四章 神様の条件2
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「条件? な、なんだよそれ。あんた、神様なんだろ? 女助けようとしてるけなげな人間の足元見ようってのか?」
「ふん。きょうび金払わないと大根一本買えないし、使用人は指一本動かしてくれないよ。タダで神から奇跡の能力を受け取ろうってのが調子良すぎるんだ」
女神は長い人差し指を立てて、チッチッチ、と左右に振って見せる。
「セチガライ世の中になっちまったもんだな、おい」
「実際、ただで能力を上げると色々問題があってね。君達人間は、何かというとすぐ殺し合いするだろう?」
「うう。学校で歴史を学んだ身としちゃ、反論できないな」
「私達があげた能力で人間が滅んだら、神や精霊も存在できなくなる。だから人間に力を貸すときは、必ず決まった条件をつけることが、誰からともなく始めた神同士のルールなのさ。で、どうする? 私の力はいる、いらない?」
にっこり笑う女神に、和樹はツバを飲み込んだ。物語を読む限り、古今東西人ならぬ者との契約は高くつくものだ。相手が神でも魔女でも悪魔でも。
「いいぜ。羽原を助け出すためならな。んで、どんな条件を呑めばいいんだ?」
覚悟を決めて、不敵な笑みを浮かべて見せる。
「物分りのいい男は大好きだよ。条件は三つある。まず一つは、私の助けを当てにしないこと。私は力をあげるけど、直接君を助けない。もし、今この瞬間に車が飛び込んできても、ミーは君を助けないよ」
「もともと当てにしてねえよ」
「よろしい。二つ目は、私があげた能力で人間に危害を加えないこと。他の人間に危害を加えた瞬間に、契約は破棄だ。能力は没収する」
「人間に危害を加えないって…… 鼓動を知る能力でどうやって人を傷つけられるんだよ」
「ほほほ。あんた、バカでいい奴だねえ。そのままでの君でいてくれよ」
何か含みのある女神の言葉だった。
「まあ、いいや。それで、残りは?」
「三つ目は、私が与えた命令を、守り続けること」
「どういうことだ」
和樹は顔をしかめて見せた。
「そうねえ。例えば、能力を持っている間、ずっと右手を挙げっぱなしにしておくようにとか、一言もしゃべるなとか、笑うなとか、そういうものよ。それぞれ、右手を下げたり、しゃべったりした時点で能力没収ね」
「なんか、もらえる能力に対して代価が大きすぎないか? 神様って、結構ケチくせえな」
「いやならいいわ。私帰る」
ほっぺたを膨らませて、女神はショーウィンドウの中へ入帰ろうとした。
「あ、あ、悪かった、悪かった。俺が間違ってた。だから出てきて、絶世の美女さん」
女神の足は止まったが、まだ振り向いてはくれない。
「それに、あんたがやさしいことはカバの姿のときからわかってたよ。だって、ドラゴンになって俺を脅かすこともしなかったのに、やらなかったんだもんな」
和樹はそっと女神の肩に触れた。人間と同じように、暖かさを感じて、少し意外だった。
女神は、ゆっくりと振り向いた。
「な、な、機嫌直してくれよ。お美しい女神様。能力なんてもらえなくても、アナタ様さえいれば……」
ようやく、女神は振り向いた。
「うん。決めた。あんたは……」
とろけるような笑顔のまま、和樹に喉輪をかました。
「能力を持っている間、決して嘘をつくな。嘘をついた時点で能力は没収…… これにしよう」
「グッ、お世辞がばれてたか。わかったよ。その条件、呑もう」
「商談成立。さあ、能力を与えてあげよう」
女神の指先が、淡い光に包まれた。ガラスを引っかくような、耳障りな音が響く。指先の光で空気に細い線を描きながら、女神はそっと和樹の額に触れた。
銃で撃たれたような衝撃が、和樹の頭を貫いた。背骨が軋みそうになるほど和樹は大きくのけぞる。衝撃に耐えられず、思わず両膝をつく。
「くそ、こんなに痛いなんて聞いて、ない、ぞ」
頭がひどくグラグラして、立っていられなかった。そのまま、崩れ落ちるようにその場に倒れこむ。ついさっき振り払ったばかりの暗闇が、また和樹を覆い尽くした。
「さあ、これで次に目が覚めたときは、現実世界に戻っているよ」
あきらかにワクワクしている女神の声が、ぼんやりと聞こえてくる。
「そうしたら、君は能力を身につけている。もう、普通の人間じゃなくなるんだ」
こうして夏のある日、和樹は普通の人間を止めたのだった。
「だから、もっとちゃんと調べろって!」
病院の廊下にあるソファから立ち上がって、和樹は叫んだ。向かいあった警察は、和樹のツバを避けるように顔をしかめて体を引いた。
目が覚めたとき、和樹は病院にいた。都会の人情もまだまだ捨てた物ではないようで、親切な人が通報してくれたらしい。
気がつくと、和樹はすぐに点滴をひっこぬいて警察に向かおうとした。それを防ごうとするナースと熱い戦いを繰り広げた後、警察をここに呼ぶからそれまで待て、という妥協案が出て、和樹はそれを飲んだのだ。
「おうおう、恐いねえ」
周りに合わせたナース姿で、女神が茶化してきた。右手には、子供ほどの大きさの注射器を抱えている。そんなので注射か採血された日には間違いなく死ぬだろうと和樹は思うが、心底どうでもいいことだった。
「絶対、ただ事じゃねえんだ! 死体まで転がってたんだぜ! ミカは殺されて、ミコトはどこかに拉致られて監禁されてるんだって!」
「だけどねえ」
警察は、聞き分けのない子供を諭すように、ゆっくりという。
「君が見た死体とやらは、病死だよ。ただの心臓病だって」
「じゃあ、なんで羽原がいないんだよ! きっと今頃犯人に拉致られ……」
「彼女の居場所はつかんでるよ」
「へ?」
あっさり言われて、和樹のパニックは一気に半分そがれた。
「親御さんの所さ。今、父親の故郷の花児島辺りみたいだ」
溜息交じりに刑事は続ける。
「ミコトちゃんは、二、三日前から父親のところにいるってさ。部屋の合鍵とCDをミカちゃんにあずけたままね。どうせ、ミカちゃんはCDを返しに部屋に入り込んだ所で、運悪く発作が起きてしまったんだろう」
「あー! もう、ラチあかねー!」
和樹は外に向かって歩き出した。
「おい! どこ行くんだ!」
「親に電話するんだよ! 保険証と金、もってきてもらうんだ!」
和樹はポケットの携帯電話を振って見せた。
「ねえ、救急で運ばれたときもお金っているのかい?」
女神が声を掛けてきた。
「しらねーよ。どうせここにはもう戻らねえ」
和樹は病院の外に出るとすぐに羽原の携帯にかけた。けれど、覚悟していた通り連絡はつかない。
コンビニでサンドイッチとコーラを買うと、公園のベンチに陣取った。ブランコと滑り台くらいしかない公園には幸い人気がない。通りは大きな封筒を持ったOLや昼休みの女医さんなんかで賑やかなのに、公園の中だけ異世界のようだ。ちょうど、女神の世界に引きずり込まれたように。
腹ごしらえを済まると、和樹は女神の方を見上げた。この女神、どうやら和樹にしか見えないようだった。ベッドの上で目を覚ましたとき、ナースの腕が和樹の顔を覗き込んでいる女神の頭を貫いて額に氷のうを置いてくれたところを見ると、触れることもできないらしい。
「ここには戻らないって言ったよね。まさか、黙って羽原ちゃんを探す旅に出るつもりかい?」
「おう。親に言ったら学校行けーだの、危ない事よせー、だの間違いなく言われるに決まってるからな」
和樹は鋲飾りのついた財布をポンと叩いてみせた。その財布にはATMで下ろしてきたありったけの金が準備万端入っている。
「お、偉いねえ。家族に心配かけたくないってか?」
「そういうわけじゃないけどな」
はっきりいって、羽原をさらった奴らが和樹の事を知っているとは思えない。あのとき犯人らしき人物は見ていないし、さらいやすい時間帯を知るため羽原の生活サイクルを調べることがあっても、バイト仲間の兄ちゃんAまで細かく調査するとは思えないからだ。つまり、羽原が捕らわれている場所に近づかない限りは安心だということ。
「で、どうやって鼓動を読むんだ? コンガ」
雑音にしか聞こえなかった音が、色々な所で叩かれている太鼓のような音に代わる。土砂降りが小雨に変わったとき、その雨だれが一つ一つ聞き取れるようになるように。
鼓動はさらに減っていき、最後はたった一つを残してすべて消えた。
「これが、羽原の…… 羽原、生きてる……」
「どうだい? あたしの能力は」
「あ、ああ。すごい」
「どうしたんだい? ぼーっとして」
和樹は、ツンと痛くなった鼻を擦った。ガラにもなく流したカンドーの涙とやらを慌てて袖でごしごし拭く。
「いや、なんか、この能力を世界のお偉いさんが持ってたら、あっという間にミサイルなんてくず鉄行きになると思ってさ」
この世界には、たくさんの人が、動物が生きている。そんな当たり前の事を、初めて知った気分だった。
「羽原は…… 北に向かってる。もの凄い速さで」
びしっと和樹は北を指差した。
「もっと近くに行かないと、詳しいことはわからないけど」
和樹は鼓動が聞こえた方向を指さした。
「何が花児島だ。正反対じゃねえか。あれ、帆海道にむかってるんじゃねえか?」
「へえ。一回目でそこまで読み取れるなんてすごいじゃないか。そうとう羽原ちゃんのことが好きなんだねえ。ラブラブかい?」
和樹はぐっと喉を詰まらせたような音を立てた。
「う…… 言いたくない」
ごまかそうとした和樹に、女神がにやついた笑顔を近づけてくる。
「言っておくけど、嘘はついちゃいけないからね~ あと、そんな曖昧な返事をしたら、お姉さん悲しいな」
つまり、きちんと話してくれないと能力を没収するという脅迫だ。
「いい性格しているな、さすが神様。まだ告白してないんだよ、実は」
情けないけどそうなのだ。和樹は羽原が好きなのは間違いないのだが、羽原がこっちをどう思っているのかわからない。彼女が万引き要注意のお客さんにむけるような、底冷えするような視線は浴びせかけられたことはないし、嫌われてはいないと思うのだが。
「へー へー ふーん。結構臆病者だねえ。ふられるのが恐いんだ」
「なあ、お前、本当に女神か? 随分趣味が低俗だぞ。さて、そろそろ行くぞ。羽原を助けに!」
和樹はパッと立ち上がると、手についたパンの粉を払った。
「ふん。きょうび金払わないと大根一本買えないし、使用人は指一本動かしてくれないよ。タダで神から奇跡の能力を受け取ろうってのが調子良すぎるんだ」
女神は長い人差し指を立てて、チッチッチ、と左右に振って見せる。
「セチガライ世の中になっちまったもんだな、おい」
「実際、ただで能力を上げると色々問題があってね。君達人間は、何かというとすぐ殺し合いするだろう?」
「うう。学校で歴史を学んだ身としちゃ、反論できないな」
「私達があげた能力で人間が滅んだら、神や精霊も存在できなくなる。だから人間に力を貸すときは、必ず決まった条件をつけることが、誰からともなく始めた神同士のルールなのさ。で、どうする? 私の力はいる、いらない?」
にっこり笑う女神に、和樹はツバを飲み込んだ。物語を読む限り、古今東西人ならぬ者との契約は高くつくものだ。相手が神でも魔女でも悪魔でも。
「いいぜ。羽原を助け出すためならな。んで、どんな条件を呑めばいいんだ?」
覚悟を決めて、不敵な笑みを浮かべて見せる。
「物分りのいい男は大好きだよ。条件は三つある。まず一つは、私の助けを当てにしないこと。私は力をあげるけど、直接君を助けない。もし、今この瞬間に車が飛び込んできても、ミーは君を助けないよ」
「もともと当てにしてねえよ」
「よろしい。二つ目は、私があげた能力で人間に危害を加えないこと。他の人間に危害を加えた瞬間に、契約は破棄だ。能力は没収する」
「人間に危害を加えないって…… 鼓動を知る能力でどうやって人を傷つけられるんだよ」
「ほほほ。あんた、バカでいい奴だねえ。そのままでの君でいてくれよ」
何か含みのある女神の言葉だった。
「まあ、いいや。それで、残りは?」
「三つ目は、私が与えた命令を、守り続けること」
「どういうことだ」
和樹は顔をしかめて見せた。
「そうねえ。例えば、能力を持っている間、ずっと右手を挙げっぱなしにしておくようにとか、一言もしゃべるなとか、笑うなとか、そういうものよ。それぞれ、右手を下げたり、しゃべったりした時点で能力没収ね」
「なんか、もらえる能力に対して代価が大きすぎないか? 神様って、結構ケチくせえな」
「いやならいいわ。私帰る」
ほっぺたを膨らませて、女神はショーウィンドウの中へ入帰ろうとした。
「あ、あ、悪かった、悪かった。俺が間違ってた。だから出てきて、絶世の美女さん」
女神の足は止まったが、まだ振り向いてはくれない。
「それに、あんたがやさしいことはカバの姿のときからわかってたよ。だって、ドラゴンになって俺を脅かすこともしなかったのに、やらなかったんだもんな」
和樹はそっと女神の肩に触れた。人間と同じように、暖かさを感じて、少し意外だった。
女神は、ゆっくりと振り向いた。
「な、な、機嫌直してくれよ。お美しい女神様。能力なんてもらえなくても、アナタ様さえいれば……」
ようやく、女神は振り向いた。
「うん。決めた。あんたは……」
とろけるような笑顔のまま、和樹に喉輪をかました。
「能力を持っている間、決して嘘をつくな。嘘をついた時点で能力は没収…… これにしよう」
「グッ、お世辞がばれてたか。わかったよ。その条件、呑もう」
「商談成立。さあ、能力を与えてあげよう」
女神の指先が、淡い光に包まれた。ガラスを引っかくような、耳障りな音が響く。指先の光で空気に細い線を描きながら、女神はそっと和樹の額に触れた。
銃で撃たれたような衝撃が、和樹の頭を貫いた。背骨が軋みそうになるほど和樹は大きくのけぞる。衝撃に耐えられず、思わず両膝をつく。
「くそ、こんなに痛いなんて聞いて、ない、ぞ」
頭がひどくグラグラして、立っていられなかった。そのまま、崩れ落ちるようにその場に倒れこむ。ついさっき振り払ったばかりの暗闇が、また和樹を覆い尽くした。
「さあ、これで次に目が覚めたときは、現実世界に戻っているよ」
あきらかにワクワクしている女神の声が、ぼんやりと聞こえてくる。
「そうしたら、君は能力を身につけている。もう、普通の人間じゃなくなるんだ」
こうして夏のある日、和樹は普通の人間を止めたのだった。
「だから、もっとちゃんと調べろって!」
病院の廊下にあるソファから立ち上がって、和樹は叫んだ。向かいあった警察は、和樹のツバを避けるように顔をしかめて体を引いた。
目が覚めたとき、和樹は病院にいた。都会の人情もまだまだ捨てた物ではないようで、親切な人が通報してくれたらしい。
気がつくと、和樹はすぐに点滴をひっこぬいて警察に向かおうとした。それを防ごうとするナースと熱い戦いを繰り広げた後、警察をここに呼ぶからそれまで待て、という妥協案が出て、和樹はそれを飲んだのだ。
「おうおう、恐いねえ」
周りに合わせたナース姿で、女神が茶化してきた。右手には、子供ほどの大きさの注射器を抱えている。そんなので注射か採血された日には間違いなく死ぬだろうと和樹は思うが、心底どうでもいいことだった。
「絶対、ただ事じゃねえんだ! 死体まで転がってたんだぜ! ミカは殺されて、ミコトはどこかに拉致られて監禁されてるんだって!」
「だけどねえ」
警察は、聞き分けのない子供を諭すように、ゆっくりという。
「君が見た死体とやらは、病死だよ。ただの心臓病だって」
「じゃあ、なんで羽原がいないんだよ! きっと今頃犯人に拉致られ……」
「彼女の居場所はつかんでるよ」
「へ?」
あっさり言われて、和樹のパニックは一気に半分そがれた。
「親御さんの所さ。今、父親の故郷の花児島辺りみたいだ」
溜息交じりに刑事は続ける。
「ミコトちゃんは、二、三日前から父親のところにいるってさ。部屋の合鍵とCDをミカちゃんにあずけたままね。どうせ、ミカちゃんはCDを返しに部屋に入り込んだ所で、運悪く発作が起きてしまったんだろう」
「あー! もう、ラチあかねー!」
和樹は外に向かって歩き出した。
「おい! どこ行くんだ!」
「親に電話するんだよ! 保険証と金、もってきてもらうんだ!」
和樹はポケットの携帯電話を振って見せた。
「ねえ、救急で運ばれたときもお金っているのかい?」
女神が声を掛けてきた。
「しらねーよ。どうせここにはもう戻らねえ」
和樹は病院の外に出るとすぐに羽原の携帯にかけた。けれど、覚悟していた通り連絡はつかない。
コンビニでサンドイッチとコーラを買うと、公園のベンチに陣取った。ブランコと滑り台くらいしかない公園には幸い人気がない。通りは大きな封筒を持ったOLや昼休みの女医さんなんかで賑やかなのに、公園の中だけ異世界のようだ。ちょうど、女神の世界に引きずり込まれたように。
腹ごしらえを済まると、和樹は女神の方を見上げた。この女神、どうやら和樹にしか見えないようだった。ベッドの上で目を覚ましたとき、ナースの腕が和樹の顔を覗き込んでいる女神の頭を貫いて額に氷のうを置いてくれたところを見ると、触れることもできないらしい。
「ここには戻らないって言ったよね。まさか、黙って羽原ちゃんを探す旅に出るつもりかい?」
「おう。親に言ったら学校行けーだの、危ない事よせー、だの間違いなく言われるに決まってるからな」
和樹は鋲飾りのついた財布をポンと叩いてみせた。その財布にはATMで下ろしてきたありったけの金が準備万端入っている。
「お、偉いねえ。家族に心配かけたくないってか?」
「そういうわけじゃないけどな」
はっきりいって、羽原をさらった奴らが和樹の事を知っているとは思えない。あのとき犯人らしき人物は見ていないし、さらいやすい時間帯を知るため羽原の生活サイクルを調べることがあっても、バイト仲間の兄ちゃんAまで細かく調査するとは思えないからだ。つまり、羽原が捕らわれている場所に近づかない限りは安心だということ。
「で、どうやって鼓動を読むんだ? コンガ」
雑音にしか聞こえなかった音が、色々な所で叩かれている太鼓のような音に代わる。土砂降りが小雨に変わったとき、その雨だれが一つ一つ聞き取れるようになるように。
鼓動はさらに減っていき、最後はたった一つを残してすべて消えた。
「これが、羽原の…… 羽原、生きてる……」
「どうだい? あたしの能力は」
「あ、ああ。すごい」
「どうしたんだい? ぼーっとして」
和樹は、ツンと痛くなった鼻を擦った。ガラにもなく流したカンドーの涙とやらを慌てて袖でごしごし拭く。
「いや、なんか、この能力を世界のお偉いさんが持ってたら、あっという間にミサイルなんてくず鉄行きになると思ってさ」
この世界には、たくさんの人が、動物が生きている。そんな当たり前の事を、初めて知った気分だった。
「羽原は…… 北に向かってる。もの凄い速さで」
びしっと和樹は北を指差した。
「もっと近くに行かないと、詳しいことはわからないけど」
和樹は鼓動が聞こえた方向を指さした。
「何が花児島だ。正反対じゃねえか。あれ、帆海道にむかってるんじゃねえか?」
「へえ。一回目でそこまで読み取れるなんてすごいじゃないか。そうとう羽原ちゃんのことが好きなんだねえ。ラブラブかい?」
和樹はぐっと喉を詰まらせたような音を立てた。
「う…… 言いたくない」
ごまかそうとした和樹に、女神がにやついた笑顔を近づけてくる。
「言っておくけど、嘘はついちゃいけないからね~ あと、そんな曖昧な返事をしたら、お姉さん悲しいな」
つまり、きちんと話してくれないと能力を没収するという脅迫だ。
「いい性格しているな、さすが神様。まだ告白してないんだよ、実は」
情けないけどそうなのだ。和樹は羽原が好きなのは間違いないのだが、羽原がこっちをどう思っているのかわからない。彼女が万引き要注意のお客さんにむけるような、底冷えするような視線は浴びせかけられたことはないし、嫌われてはいないと思うのだが。
「へー へー ふーん。結構臆病者だねえ。ふられるのが恐いんだ」
「なあ、お前、本当に女神か? 随分趣味が低俗だぞ。さて、そろそろ行くぞ。羽原を助けに!」
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