夢幻怪浪

三塚 章

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パタパタパタ

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 私は潔癖症の気があって、できる限り公衆トイレを使わないようにしていた。汚い所も多いし、誰が使ったのか分からない便座に腰かけるのも嫌だからだ。
 でも、その日は通勤途中でどうしても腹が痛くなって、途中下車してA駅のトイレに駆け込むはめになった。
 中は朝だというのに薄暗く、少し不気味だった。個室は二つあり、手前の物は使用中のようでドアが閉まっている。
 奥の個室に入り、用を足す。個室の外に出たとき、急にパタパタと音がしてびっくりする。閉まったままのドアと床の隙間から古ぼけたスニーカーが見えた。その足がリズムを刻むように動いている。なんだ、この音だったのか。いいことでもあったのか、ただのクセなのか…… そう思った瞬間、発車のベルが鳴った。慌てて腕時計を見る。七時十五分。十八分の電車まで時間がない。私は急いで手を洗うとホームにかけていった。

 その夜、私は仕事を終え、電車に乗り込むと、スマートフォンをいじり始めた。ニュースサイトを見ていると、見覚えのある駅構内の写真が添えられた記事があった。A駅のトイレで、女性の遺体がみつかったという物だった。
 何日もドアが閉まったままなのを不審に思った利用客が、通報したのが発見のきっかけだったらしい。遺体が発見されたのは今日の昼ごろ。
 それを読んだとき、私は思わずスマホを取り落とす所だった。
 だったら、私が使ったトイレの隣には、死体が入っていたことになる。
 パタパタ。
 記憶の中の音が、耳のすぐそばで鳴った。
 だったら、あの音は? あの動くスニーカーは?
 これは後で分かったことだが、その女性の名前は××と言って、人間関係の問題を苦に毒を飲んでの自殺らしい。
 だとしたら、あれは成仏できず、ずっと苦しみ続けている幽霊だったのだろうか。毒を飲み、苦しんで、力なく足をばたつかせて。
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