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自家製カモミールティー
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ミホの子供がいなくなってから、半年が経った。
「本当に、どこにいるの?」
ミホはハンカチで涙を拭きながら言った。
彼女は駅前でビラをくばったり、サイトで情報を呼び掛けたりするのに疲れると、こうして私の家にやってくる。
テーブルを挟んで正面に座ったミホは、だいぶやつれているように見えた。
「きっと、見つかるわよ」
私は優しくミホの冷たい手を握りしめてやった。
「でも、全然手がかりも見つからないし……」
「気を強く持って。母親のあなたがミホちゃんの無事を信じなくてどうするの」
私の慰めに、クスンとミホは鼻を鳴らした。
「ありがとう、あなたは本当にいい友達だわ」
その言葉に、私は思わず吹き出しそうになった。人間の記憶なんていい加減なものだ。
ミホは私の婚約者であるリョウジを奪った。そしてその彼と結婚した。それなのに、そんな事を調子よく忘れ、私の事を都合のいい『友達』だと思っている。
「でも、どこかで死んでいたら……ユウちゃんと同じように……」
ユウの名前に私は頭を殴られたような痛みを感じた。
ユウは、わたしの子供の名前だ。リョウジと私との子供。
血のついた道路、花束。ユウは交通事故で死んでしまった。
「そんな悪いことばかり考えてはダメ。ほら、これでも飲んで心を落ち着かせて」
私はカモミールティーの入ったカップをミホに差し出した。
「ありがとう、これ、飲むと心がとても落ち着くの」
「そう、それはよかったわ。自家製なのよ、これ。無農薬の有機栽培。ほら、あそこ、庭の隅にカモミールが植えられているでしょう」
私は視線で白い花を示した。
「なかなか手が掛かるのよ。肥料も正しいものを与えないといけないの」
ゆっくりとミホがお茶をすするのを、ぼんやりと眺めながら私は続けた。
「でも植物って不思議よね。肥料なんて動物の糞や腐った葉っぱでしょう? 果物や野菜も、そんなもので出来ているのよね」
もう一度私は庭のカモミールに目を移した。
花の中心にある黄色と、花びらの白が陽に揺らめいている。風が吹くたびに影が地面に揺れる。
ミホは知らないのだ。あの根本に自分の子供の死体が埋まっていることを。
だって、不公平だもの。私とリョウジの子供は死んだのに、ミホとリョウジの子供は生きているなんて。
ミホの唇がかすかに茶で濡れているのに気づいて私は薄く笑みを浮かべた。
「果物や野菜を食べるのって、遠まわしに肥料を食べているのよね」
これを飲むと落ち着く、とミホは言った。それはそうだろう。何パーセントか探している子供でできたカモミールティーを飲んでいるのだから。
警察だってバカではない。いずれ私のやったことが露見するかもしれない。それならそれで楽しみだ。自分が飲んでいたカモミールの下に子供が埋まっていたのを知ったら、ミホはどんな顔をするのだろう?
知らずに自分の子供を食らう山姥(やまんば)。でなければ、どこかの小説にあった、桜の下に埋まった死体。そんな事が浮かんで、私はもう一度ほほ笑んだ。
「本当に、どこにいるの?」
ミホはハンカチで涙を拭きながら言った。
彼女は駅前でビラをくばったり、サイトで情報を呼び掛けたりするのに疲れると、こうして私の家にやってくる。
テーブルを挟んで正面に座ったミホは、だいぶやつれているように見えた。
「きっと、見つかるわよ」
私は優しくミホの冷たい手を握りしめてやった。
「でも、全然手がかりも見つからないし……」
「気を強く持って。母親のあなたがミホちゃんの無事を信じなくてどうするの」
私の慰めに、クスンとミホは鼻を鳴らした。
「ありがとう、あなたは本当にいい友達だわ」
その言葉に、私は思わず吹き出しそうになった。人間の記憶なんていい加減なものだ。
ミホは私の婚約者であるリョウジを奪った。そしてその彼と結婚した。それなのに、そんな事を調子よく忘れ、私の事を都合のいい『友達』だと思っている。
「でも、どこかで死んでいたら……ユウちゃんと同じように……」
ユウの名前に私は頭を殴られたような痛みを感じた。
ユウは、わたしの子供の名前だ。リョウジと私との子供。
血のついた道路、花束。ユウは交通事故で死んでしまった。
「そんな悪いことばかり考えてはダメ。ほら、これでも飲んで心を落ち着かせて」
私はカモミールティーの入ったカップをミホに差し出した。
「ありがとう、これ、飲むと心がとても落ち着くの」
「そう、それはよかったわ。自家製なのよ、これ。無農薬の有機栽培。ほら、あそこ、庭の隅にカモミールが植えられているでしょう」
私は視線で白い花を示した。
「なかなか手が掛かるのよ。肥料も正しいものを与えないといけないの」
ゆっくりとミホがお茶をすするのを、ぼんやりと眺めながら私は続けた。
「でも植物って不思議よね。肥料なんて動物の糞や腐った葉っぱでしょう? 果物や野菜も、そんなもので出来ているのよね」
もう一度私は庭のカモミールに目を移した。
花の中心にある黄色と、花びらの白が陽に揺らめいている。風が吹くたびに影が地面に揺れる。
ミホは知らないのだ。あの根本に自分の子供の死体が埋まっていることを。
だって、不公平だもの。私とリョウジの子供は死んだのに、ミホとリョウジの子供は生きているなんて。
ミホの唇がかすかに茶で濡れているのに気づいて私は薄く笑みを浮かべた。
「果物や野菜を食べるのって、遠まわしに肥料を食べているのよね」
これを飲むと落ち着く、とミホは言った。それはそうだろう。何パーセントか探している子供でできたカモミールティーを飲んでいるのだから。
警察だってバカではない。いずれ私のやったことが露見するかもしれない。それならそれで楽しみだ。自分が飲んでいたカモミールの下に子供が埋まっていたのを知ったら、ミホはどんな顔をするのだろう?
知らずに自分の子供を食らう山姥(やまんば)。でなければ、どこかの小説にあった、桜の下に埋まった死体。そんな事が浮かんで、私はもう一度ほほ笑んだ。
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