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永久機関
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姉の誕生日プレゼントに、私はクッションを用意した。デニムで出来ていて、上半身をあずけられる大きさのもの。といっても、フリマアプリの中古品をラッピングし直しただけだけれど。
最近顔を見ていなかったこともあり、離れた場所に一人暮らし姉の家に直接持っていくことにした。
プレゼントの包みを開けた姉は、ぱっと笑顔になってくれた。
「おお! ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして」
気に入ってくれたらしく、姉はさっそくクッションを座椅子の背にたてかけると、そこに寄り掛かった。
途端に「ひゃっ」と声をあげて背を浮かせる。
「ああ、びっくりした。これ、マッサージマシンなの?」
「ええ? おかしいな、そんなはずは……」
たしか、フリマアプリの商品説明にはマッサージ機能がついているなんて書いていなかったはずだ。
「でも、寄り掛かったときぐりぐりされたよ?」
姉にそう言われ、試しに体を預けてみる。体重でセンサーが反応したのか、布越しに硬い物が背骨に沿って上下するのが分かった。
「ホントだ」
出品者が書き忘れたのだろうか?
私は、クッションを上下ひっくり返したり、裏表ひっくりかえしたりして眺めてみた。
隣でその様子を見ていた姉が不思議そうに言う。
「これ、スイッチがないけど」
確かに、デニムの生地はまったくの無地で、電源のマークも、スイッチの目印になりそうな刺繍やボタンもない。
「さっき寄り掛かったら動いたから、センサー式なんじゃないかな。重さを感じると反応するんだよ。コードがないから、電池式だね、きっと」
「でも、どうやって電池を取り換えるんだろ」
そういえば、姉の言う通り、クッションの四方は縫い目で閉じられていて、カバーを外したり電池を入れ替えたりするためのファスナーがない。
「これ、電池が切れたらもう終わりって奴なのかな?」
「え~」
姉は私の手からクッションを取ると、あちこち点検し始めた。そしてスナップボタンでもあると思ったのか、縫い目の辺りを引っ張る。
「ちょっと、そんなに乱暴にしたら……」
ビッと鈍い音がしてクッションが破れた。「ああ~!」と私達二人は声をあげた。
「プレゼントなのに、ごめん。でもせっかくだから、中の確認しておこう。どこから電池替えればいいか分かるかも知れないし」
姉は裂け目から手を入れて中を探る。
「あれ? 機械がみあたらないんだけど」
「え? そんなわけないでしょ」
私もクッションの中を探ってみた。確かに中心まで手を入れても、綿の柔らかい感触だけで、硬い機械に触ることはなかった。
「……あれ?」
手を抜こうとしたとき、何か細長い物がぽろっとクッションの裂け目からこぼれ落ちた。
一瞬、灰黒い色をしたかりんとうだと思った。つまみ上げて観察する。でも、かりんとうにしては柔らかいし、かさかさしているし、太い横節がある。いや、ただの筋ではない、関節だ。
それは、人の指のミイラだった。
「ひっ」
私は思わず手を放す。
「なんで……なんでこんな物がこの中に!」
思わずじゅうたんに落ちた指から少しでも離れたくて後ずさった。
「そりゃ、誰かが入れたんでしょ」
姉は、あっさりとそう言った。
「あんた、これリサイクルショップかフリマアプリで買ったでしょ。中古品のまつわる怖い話なんていっぱいあるよ。古着に呪いの言葉が書かれた紙が入っていたとか、櫛を買ったら変なおばあさんまでついてきたとか、ベッドに古い髪の毛の束が入っていて、横たわると下から押される、なんてのも」
そういえば、姉は小さいときからそういった怖い話が大好きだった。いまさらながらそれを思いだす。
姉は平然と指をつまみ上げた。
「見て。爪、はがれてる」
恐る恐るのぞいてみると、確かにそのミイラの爪は剥がれていた。それに、指先が傷ついて、半ば削れている。まるで、長い間硬い何かをひっかき続けていたように。
「どこかに、閉じ込められてたのかな」
姉がぼそっと呟いた。
「え?」
「だからさ、その人――指の太さから男だと思うけど――死ぬ前に、どこかに閉じ込められてたんだと思うの。それで、そこから出ようとして扉だかフタだかをひっかいて、指がぼろぼろになって死んだんじゃないかな。それで、指だけになっても、その記憶が抜けなくて、布をひっかいてたんだよ」
クッションに寄り掛かったときに感じた、背中を上下する感覚がざわざわと蘇ってきて、私は思わず身震いした。
姉の予想が正しければ、あのとき、綿の中であの指がうごめいていたということになる。
「でも、よく考えたよね。こうやって死体をミイラにして、色々な物に入れて売りはらっちゃえば、なかなか発覚しないじゃん」
たしかに、姉がうっかりクッションを破かなければこの指は見つからなかっただろう。せっかく買ってきたぬいぐるみやソファーを切って、中を確認する人なんてまずいない。盗聴器を恐れる映画のスパイじゃあるまいし。
「え? ちょっと待って。『色々な物に入れて』って、他にも人の体が入った商品が出回ってるってこと?」
指なんて、人体のほんの一部だ。髪、目、歯、足……そんな物が小さく刻まれ、あるものはぬいぐるみに、あるものはソファに、あるものは枕に隠されて全国に散らばっていったのだろうか。でなければ鉢植えの中とか、家具のちょっとした隙間に。
「当たり前でしょ。でなきゃ指だけ入れる意味がないじゃん。事故か、殺したのか知らないけど、死体を消すために小分けにしてばらまいたんだよ」
声も出せない私に向かって、姉は続けた。
「もちろん、永久に隠した物が見つからないなんてありえないだろうけど……詳しく知らないけどさ、どこからアクセスしたかっていう履歴も、ごまかす方法ぐらいあるんじゃないの? 多分、『商品から死体の一部が出てきて大騒ぎになる頃には、犯人をたどれなくなってました』ってのを狙ったんだよ」
そういうと、姉はまた指をクッションに押し込めた。
「え? それ、どうするの?」
「どうするも何も。警察に言ってあれこれ説明するの面倒じゃない?」
姉はしまい込んでいた裁縫道具を取り出し、ちくちくと破れた布を縫い始めた。
「それに、これなら電池切れもないんでしょ? コードもないし、便利じゃない」
私はそのあと、例のフリマアプリを見てみたが、当然出品者はもうアカウントを消していた。多分、探してももう見つからないだろう。
それから、今だに姉はそのクッションを使っているらしい。今の所、なにも変なことは起きていないようだ。私はたまに、男の人を殺した犯人と、姉とどっちが怖いだろうと考えてしまう。
最近顔を見ていなかったこともあり、離れた場所に一人暮らし姉の家に直接持っていくことにした。
プレゼントの包みを開けた姉は、ぱっと笑顔になってくれた。
「おお! ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして」
気に入ってくれたらしく、姉はさっそくクッションを座椅子の背にたてかけると、そこに寄り掛かった。
途端に「ひゃっ」と声をあげて背を浮かせる。
「ああ、びっくりした。これ、マッサージマシンなの?」
「ええ? おかしいな、そんなはずは……」
たしか、フリマアプリの商品説明にはマッサージ機能がついているなんて書いていなかったはずだ。
「でも、寄り掛かったときぐりぐりされたよ?」
姉にそう言われ、試しに体を預けてみる。体重でセンサーが反応したのか、布越しに硬い物が背骨に沿って上下するのが分かった。
「ホントだ」
出品者が書き忘れたのだろうか?
私は、クッションを上下ひっくり返したり、裏表ひっくりかえしたりして眺めてみた。
隣でその様子を見ていた姉が不思議そうに言う。
「これ、スイッチがないけど」
確かに、デニムの生地はまったくの無地で、電源のマークも、スイッチの目印になりそうな刺繍やボタンもない。
「さっき寄り掛かったら動いたから、センサー式なんじゃないかな。重さを感じると反応するんだよ。コードがないから、電池式だね、きっと」
「でも、どうやって電池を取り換えるんだろ」
そういえば、姉の言う通り、クッションの四方は縫い目で閉じられていて、カバーを外したり電池を入れ替えたりするためのファスナーがない。
「これ、電池が切れたらもう終わりって奴なのかな?」
「え~」
姉は私の手からクッションを取ると、あちこち点検し始めた。そしてスナップボタンでもあると思ったのか、縫い目の辺りを引っ張る。
「ちょっと、そんなに乱暴にしたら……」
ビッと鈍い音がしてクッションが破れた。「ああ~!」と私達二人は声をあげた。
「プレゼントなのに、ごめん。でもせっかくだから、中の確認しておこう。どこから電池替えればいいか分かるかも知れないし」
姉は裂け目から手を入れて中を探る。
「あれ? 機械がみあたらないんだけど」
「え? そんなわけないでしょ」
私もクッションの中を探ってみた。確かに中心まで手を入れても、綿の柔らかい感触だけで、硬い機械に触ることはなかった。
「……あれ?」
手を抜こうとしたとき、何か細長い物がぽろっとクッションの裂け目からこぼれ落ちた。
一瞬、灰黒い色をしたかりんとうだと思った。つまみ上げて観察する。でも、かりんとうにしては柔らかいし、かさかさしているし、太い横節がある。いや、ただの筋ではない、関節だ。
それは、人の指のミイラだった。
「ひっ」
私は思わず手を放す。
「なんで……なんでこんな物がこの中に!」
思わずじゅうたんに落ちた指から少しでも離れたくて後ずさった。
「そりゃ、誰かが入れたんでしょ」
姉は、あっさりとそう言った。
「あんた、これリサイクルショップかフリマアプリで買ったでしょ。中古品のまつわる怖い話なんていっぱいあるよ。古着に呪いの言葉が書かれた紙が入っていたとか、櫛を買ったら変なおばあさんまでついてきたとか、ベッドに古い髪の毛の束が入っていて、横たわると下から押される、なんてのも」
そういえば、姉は小さいときからそういった怖い話が大好きだった。いまさらながらそれを思いだす。
姉は平然と指をつまみ上げた。
「見て。爪、はがれてる」
恐る恐るのぞいてみると、確かにそのミイラの爪は剥がれていた。それに、指先が傷ついて、半ば削れている。まるで、長い間硬い何かをひっかき続けていたように。
「どこかに、閉じ込められてたのかな」
姉がぼそっと呟いた。
「え?」
「だからさ、その人――指の太さから男だと思うけど――死ぬ前に、どこかに閉じ込められてたんだと思うの。それで、そこから出ようとして扉だかフタだかをひっかいて、指がぼろぼろになって死んだんじゃないかな。それで、指だけになっても、その記憶が抜けなくて、布をひっかいてたんだよ」
クッションに寄り掛かったときに感じた、背中を上下する感覚がざわざわと蘇ってきて、私は思わず身震いした。
姉の予想が正しければ、あのとき、綿の中であの指がうごめいていたということになる。
「でも、よく考えたよね。こうやって死体をミイラにして、色々な物に入れて売りはらっちゃえば、なかなか発覚しないじゃん」
たしかに、姉がうっかりクッションを破かなければこの指は見つからなかっただろう。せっかく買ってきたぬいぐるみやソファーを切って、中を確認する人なんてまずいない。盗聴器を恐れる映画のスパイじゃあるまいし。
「え? ちょっと待って。『色々な物に入れて』って、他にも人の体が入った商品が出回ってるってこと?」
指なんて、人体のほんの一部だ。髪、目、歯、足……そんな物が小さく刻まれ、あるものはぬいぐるみに、あるものはソファに、あるものは枕に隠されて全国に散らばっていったのだろうか。でなければ鉢植えの中とか、家具のちょっとした隙間に。
「当たり前でしょ。でなきゃ指だけ入れる意味がないじゃん。事故か、殺したのか知らないけど、死体を消すために小分けにしてばらまいたんだよ」
声も出せない私に向かって、姉は続けた。
「もちろん、永久に隠した物が見つからないなんてありえないだろうけど……詳しく知らないけどさ、どこからアクセスしたかっていう履歴も、ごまかす方法ぐらいあるんじゃないの? 多分、『商品から死体の一部が出てきて大騒ぎになる頃には、犯人をたどれなくなってました』ってのを狙ったんだよ」
そういうと、姉はまた指をクッションに押し込めた。
「え? それ、どうするの?」
「どうするも何も。警察に言ってあれこれ説明するの面倒じゃない?」
姉はしまい込んでいた裁縫道具を取り出し、ちくちくと破れた布を縫い始めた。
「それに、これなら電池切れもないんでしょ? コードもないし、便利じゃない」
私はそのあと、例のフリマアプリを見てみたが、当然出品者はもうアカウントを消していた。多分、探してももう見つからないだろう。
それから、今だに姉はそのクッションを使っているらしい。今の所、なにも変なことは起きていないようだ。私はたまに、男の人を殺した犯人と、姉とどっちが怖いだろうと考えてしまう。
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