二談怪

三塚 章

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忘れられた文章

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 この物語は、珍しく僕が家でくつろいでいるときにやって来た。
 クイズ番組で不正解だったときのようなブザー音が鳴って、僕は来客に気がついた。
 床をきしませて部屋を出ると、破れて色あせた絨毯(じゅうたん)が敷かれた玄関ホールに出る。優美な形をしてはいるけど、サビが浮いている取っ手に手をかけ、分厚い木の扉を開ける。
 友人のアユちゃんが立っていた。高校からここに直行してきたのか、制服姿だ。
「いらっしゃい、アユちゃん」
 僕は笑顔で迎え入れた。
 一度、僕がこの子の怖い話を聞いた縁で、彼女は時々こうして遊びに来る。
僕が住んでいるこの洋館は、大きいけれどほとんどの部屋の床が抜けていたり、天井に穴が開いていたりして、使えるのは数室しかない。その中で比較的きれいに片付いている部屋にアユちゃんを通した。
 おそらく煙突が詰まっていて使えないだろう暖炉。天面に所々穴の空いたテーブルをはさんで、布張りのイスがニ脚。
 掃除が行き届いていないもので、天井の角にはクモが巣を張っていた。
「相変わらず、ひどいところに住んでいるね、おにーさん」
 アユちゃんは、僕のことをおにーさんと呼ぶ。そういえば、ちゃんと名乗った覚えはない。まあ、それでお互い不都合は無いからいいだろう。
「このボロ家壊して、新しいの建てればいいのに」
「はは、壊すだけでも結構お金がかかるんだよ」
 実は、この家は僕の持ち物ではなく、廃墟に勝手に住み着いているってことは内緒だ。
 僕が勧める前に、アユちゃんはイスに腰かけた。
「ごめんね、何か出すべきなんだろうけど、お茶もお菓子もないんだ」
「大丈夫よ。別にそういうの期待してないから。いつ来たっておせんべい一枚出ないんだから」
 明るくアユちゃんは笑った。
「今日はね、少し聞いて欲しい話があるんだ」
「何?」
 僕がうながすと、アユちゃんは得意げに話し始めた。

 あのね、私、よく学校帰りにファーストフード店で寄り道して帰ってたんだ。
 そこでね、私と同じ制服を着た女の子が、テーブルに本を置いたまま、帰ろうとしてたの。で、慌てて呼び止めてあげてさ。それで、ちょっと話したら気が合っちゃって。
 それから、別に約束したわけじゃないけど、なんとなく放課後、その店の同じテーブルでおしゃべりするのがお決まりになったんだ。
 その人は、私と同じ学校の三年A組のよしえさんって名乗った。私はD組だったから、知らなかったんだろうと思ったの。とっても頭のいい人でさ、セクシーな感じの子だったよ。それで、恋愛相談に乗ってもらったんだ。
 で、アドバイス通りやったらうまくいってさあ! それで今の彼氏ができ……あ、そういうのいい? んじゃ、続き。
 私が、そのことを友達に話したら、「私も話を聞いてもらいたい」ってなって。
 それからだんだんと人気になっていって、そのうちちょっとした有名人になっちゃったの!
 なんていうか、聞き上手なのよね、彼女。恋をして嬉しいこととか悲しいこととか、どんなことでも話せちゃうの。もちろん修羅場(しゅらば)とか禁断の恋とかも。
 あ、といってもそれは私の相談じゃないよ。ついつい、あんなことやこんなことも話しちゃった~って、友達が言ってたの。
 そうそう、そう言えば、友達の松本ちゃんが先生と……え? その話はいい? 本当に怖い話しか興味ないんだ。
 でもね、そのうちに、変なことが分かったんだ。
 よしえさんがいるの、三年A組って言ったでしょ。
 でも、そのA組によしえなんて人、いないんだって。A組の子に直接聞いたから、間違いじゃない。
 つまり、私と同じ学校ですらなかったってわけ。
 あ、目の色が変わった。この話、おもしろい?
 だから、私はいつもの通り遊びに行ったときに、こっそり彼女を隠し撮りしたんだ。
 で、その写真を使ってネットで調べてみた。彼女の正体が分かるんじゃないかって。特定の写真を読み込むと、ネットの中からそれに似た画像を拾ってくるって奴があんのよ。
 そうしたら、驚きの事実がわかった。
 私たちの高校でニ十年前に行方不明だった人がいてね。その卒業写真がネットに残ってたんだけど、その人がよしえさんだった! もう、顔のほくろの位置から、耳の形から、まったく同じ。見た目も、ニ十年前の写真から全然老けてなかった! 
 ま、しろうとの判断だけど、ぜったい本人だよ! 名前はよしえじゃなかったけど。
 で、彼女が行方不明になった事件がまた不思議なの。
 彼女はひき逃げにあって、病院に運び込まれた。意識はあったんだけど、足が折れて、肺が傷ついていて、とてもすぐに動けるような体じゃなかった。
 でもね、処置が一段落してから、看護師や医師たちがベッドから離れると、いつの間にかいなくなった。
 普通の人間なら動けるはずもないケガだったから、誰かに連れ去られたのか、でなきゃ本当に人間だったのかって話題になったらしいよ。
 そもそも、よしえさんの卒業写真、みつけたのオカルトサイトだったんだから。
 そうやっていなくなった人が、ニ十年後よしえって名前になって私達の前に現れたってわけ。私がその発見を友達に言ったら、その噂はあっという間に広がって……
 よしえさんはいなくなっちゃった。
 連絡先を交換していた子もいたけど、メールとかSNSとか電話とかでも繋がらなくなっちゃった。
 でもさあ、よしえさんって結局何者だったんだろう。本当に人間じゃなかったのかな。

「さあ、どうだろうね」
 多分、そのよしえさんとやらは僕の同族だろう。僕が怖い話を食べるように、その彼女は他人(ひと)の恋愛話を糧(かて)にしているのだ。
 物語には力がある。その源(みなもと)は語るもの、聞くものの心の動き、つまり感動。それに、登場人物そのものの心の動き。
 僕らはそんなものをエネルギーにして生きている。そして、物語を聞き続けられるかぎり、ほとんど不老不死だ。その女性も、今まで溜めこんできていたエネルギーを使って命を繋いだのだろう。
 でも、それはそれで不便なこともある。もしも人ならぬものであることがばれたら、どういうことになるか……
 だからこそ、女性はある程度傷を治し、動けるようになったら正体がばれる前にさっさと逃げ出したのだろう。戸籍も保険証もない、問題になるに決まっている。
 どうしようかな、と僕は思った。
 同族の正体がバレそうになったら、フォローし合うのが暗黙の了解だ。
目の前のアユちゃんは、のんきに「ずっと若いままとか、ケガしても生きてるとか、不老不死かな? まあ、そんなことあるわけないよね~」とか「不老はいいけど不死はイヤだな~」とか言っている。
 彼女は、薄々とだがよしえが人ならぬ者存在だと気づいている。
 この子をどうすればいいだろう? 殺すべきだろうか。
 も、人間の思い込みというのは激しい。
 当人が目の前にいるならともかく、ニ十年前、歩けないほどのケガをして、病院から逃げ出した女性が、当時と変わらない姿でうろついているのを見た……なんてアユちゃんが主張したところで、きっとせいぜい都市伝説どまり。
 実際に僕達が迫害されるまでにはいかないに違いない。
 それよりも、下手に死体を隠したりなんなりする方がリスキーだ。放っておいた方が良い。
 でも、そろそろこの家を出る時が来たのかも知れない。
 アユちゃんは、もう人ならざる者の存在を勘づいている。念には念を、だ。


 ここまでが、私が洋館で拾ったノートに書かれていた内容。これから先は、私、アユが書き加えた文章だ。
 おにーさんが怖い話を聞かせてくれと声をかけてきたのがきっかけで、私は時々彼の家に遊びに行っては怖い話をヒロウしていた。
(最後の『恋愛カウンセラーがいなくなった話』意外ノートに書いていないから、おにーさん的にあんまり怖くなかったのかも知れない。(笑))
 そして、最後に書かれていた話を私がした直後に、おにーさんもいなくなってしまった。ハイキョになった洋館に残されていたのがこのノートだ。だれもいなくなったイスの上に、ぽつんと置いてあった。
 正直、ショックだった。おにーさんは、私のことを少しは気にいってくれていると思っていたから。それなのに、向かい合っていた時、私を殺そうかどうか迷っていたなんて。そして、彼の判断しだいでは殺されていたなんて。怖いよりも、なんだか悲しい気分。
 このノートが書かれている、たくさんの怖い話。これは本当のことなのかな? それとも、全部おにーさんの妄想なのかな。多分、それはもうだれもわからないだろうな。
 そんなようなことを友達の玲菜(れな)に話したら、彼女はこう言った

 でもさぁ、ここに書かれている事が本当だとしたら、そのおにーさんは、自分が人間じゃないことを知られるのを嫌がっていたんでしょ?
 それなのに、こんなノートを残していくかな。だってこれ、自分の正体がしっかり書いてあるじゃん。きっと、ここに書いてあるのは全部全部、作り話なんだよ。それっぽい動画も見つからなかったし。
 でなければ――このノートが本当だとしたら――やっぱりおにーさんは、あんたのことを気に入ってたんだよ。多分、恋愛感情とかじゃなくてね。
だって、おにーさん、一人暮らしで、あまりあんたの他に訪ねてくる人もいないって言ってたんでしょ? だったら、ノートをあんたが拾うのはほぼほぼ確実なんだし。
 本当のことを、せめて気に入っている人には知って欲しかったんじゃない?

その推測が、あっているかどうか、私にはわからない。でも、あっていたらいいな、と思う。
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