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出て来るモノ
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ちょうど授業が終わったらしく、駅前にある英会話教室からぞろぞろと生徒が出てきた。車のヘッドライトが眩しく感じられず時間帯で、遊びに夢中の高校生たちや、帰る途中の会社員が行き来している。
僕が目を止めたのは会社員風の女だった。なんで彼女を選んだのかはわからない。多分、本能なのだろう。彼女なら良い話を持っている、そういう確信があった。
「あの、少しお話しいいですか?」
何かの勧誘か何かと思ったのか、彼女は足を止めない。しつこく僕はその後をついて行った。
「僕は動画を作っていて……もし、怖い話があるなら教えて欲しいんですけど」
僕は、無言で歩く彼女の後をしばらくついていった。諦めない僕に諦めたのか、女性はふいに足を止めた。
「いいよ、教えてあげる」
一体なんで気が変わったのか、彼女は近くにあった花壇のふちに座り込む。
隣に座るのはさすがになれなれしすぎる。僕は彼女の前に立って、語り出すのをまった。
学生時代の話なんだけどさぁ、私E国にホームステイしていたの。
ホストファミリーは夫婦の二人暮らし。とっても優しい人たちだった。
ホストマザーのMさんは、「あなたが私たちファミリーが初めて迎える留学生よ」てちょっと緊張しながら言ってたっけ。
そうそ、あの国は、日本と違って古い建物が多いのよ。地震が少ないのかしら。
留学の前に、ちょっとホストファミリーとメールのやり取りしていたんだけどね、その家も建ててから百年は経ってるって言ってた。
だから内心ボロ家だったら嫌だなぁ、って思ったんだけど、壁紙とか、家具とか、新しくしてあって、意外にきれいだったから安心した。
私があてがわれたのは、ニ階の隅にある小さな部屋だった。青地に淡いクリーム色の小花が散った壁紙に、木のベッド。そしてちょっと古い感じの暖房もあった。
なんだかちょっと一昔前の映画に出てくる家みたいで、おしゃれな感じに見えて気に入った。ただ枕元の壁に、人型みたいなシミがあったのが気になったけどね。
「悪い部屋じゃないでしょ? 気に入ってくれるといいんだけど」
収納の場所なんかを説明しながら、Mさんは、ちょっと得意そうだった。
私が壁のシミを見ているのに気づくと、ほんのちょっぴりだけ顔をしかめて、
「ああ、それ? 最近、壁紙を張り替えたんだけど、また出てきたのよ。きっと湿気のせいね。気にしないで」
って言ってた。
また、と言う事は、張り紙を張り替える前にもあったってことじゃない?
なんだか嫌な予感がした。ほら、怪談じゃありきたりじゃない? 消しても消しても出てくるシミ、みたいな。
それで、その予感は当たったのよね。
その日、ホストファミリーの家についた日のことだけど。夜中にね、息を吸うような、微かな音で目が覚めたの。
私は眠りが深いタチだし、旅の疲れでぐっすり眠っていたはずだけど。ううん、完全に目が覚めたってわけじゃない。半分起きてるけど、半分眠ってるような感じ。
それでね、なんだか、誰かがそばですすり泣いている気配がした、ような気がした。
朝になってみると、別になんともなってないから、やっぱり気のせいだと思ったんだけど。
次の夜もまた、ぼんやり目が覚めた。
そしたら、自分が寝ているベッドの横を、誰かが歩き回ってるの。何かを、っていうか出口を探している感じで、ギシギシと床板をきしませて。
怖かったんだけど、どういうわけか、私はそのまま眠り込んじゃって……
朝起きたら少し頭が痛くて。あれは夢だったのが、現実だったのか、なんて考えながら起きようとしたら、木の床に、泥だらけの足跡が残っていた。ぐるぐると何重も円を描いて。
そ れに、あの人型のシミ、前の日よりも濃くなって見えた。
ホストファミリーに話してみようか、本当に迷ったよ。
でも、着いた数日でぎゃーぎゃー騒ぐのもアレかなと思って黙ってた。
ご丁寧に、自分で床についた足跡をこっそり消したりしてね。私が汚したと思われて、怒られたら嫌だから。
でも、そうこうしているうちに事態は悪化した。
次の夜も深夜に目が覚めた。今度は完全に。
また、木の床を踏む音がしたの。ギィ、ギィって。
毛布の下で固まってると、その足音は止まった。
恐る恐る、私は目だけを動かして、音の方を見た。
ベッドサイドのスタンドを小さくつけていたんだけど、その光が照らしだしている部屋の隅に、スニーカーを履いた足が見えた。
すぐそばに、誰かが立ってる。
スニーカーが動いた。こっちに近づいてきた。
ジーンズをはいたふくらはぎが、ももが、光の輪の中に入ってくる。
見たらいけない。思ったけれど、目が離せなかった
息が苦しくなる。心臓がドキドキする。変な汗がにじみ出してきた。
相手が近づいてくるにつれて、光の中に入る範囲が大きくなっていく。赤いチェックのシャツの裾、白いボタン。たぶん、体つきから女性だった。胸元にべっとりと血がついていた。首筋に大きな傷があって。
口紅と血で赤い唇が動いた。
でも、顔全体は覚えてないんだ。その時点で、目をつぶって悲鳴をあげたから。
MさんもホストファーザーのBさんも駆けつけてくれた。二人が扉を開けた時には、もうその幽霊は消えてたけどね。
そこまできたら、もう遠慮も何もないよね。私は、今あったことをホストファミリーに訴えたの。
自然に、皆の視線が壁のシミに向かったわ。
薄かったシミが、はっきりとした人の形になってた。ぼんやりと、目とか口とかわかるくらいに。
もうそんな部屋で眠れないからさ、外の部屋に変えてもらった。
それから二日後くらいかなあ、Bさんは思い切って業者を呼んで壁を壊してみることにした。
結構大変だったよ、壁紙をはがして、壁を機械で切っていって……ホコリがすごくてね。作業しているあいだ、ハンカチでずっと口をふさいでいたよ。それでもなんだかカビ臭い臭いがした。
そしたら、出てきたのよ、人骨が。ハロウィンの飾りものみたいに、古いドレスを着てね。真っ白じゃなくて、ちょっと茶色かった。博物館で見た恐竜の骨を思い出したわ。大きさはぜんぜん違うけど。
その骨と一緒に金属製のプレートが埋められていたの。
『この家を愛した良き妻リーザの遺言に基づき、彼女をここに葬る。遺されし者の愛と共に。
リーザ・ストロング 死因流感 ××日××月19××年』
つまり、そのリーザって人本人の願いで壁に埋められたってことよ。多分、家と家族にそうとうの想いがあったんでしょうね。
ほら、古い家だって言ったでしょう。骨の彼女が埋められたのは、ずっと昔。代が変わって、そんなことも忘れられたんでしょう。じゃなきゃ、私が知らないだけでホストファミリーは当時あの家に引っ越してきたばっかりだったのかもしれないし。
者の説明によると、あの壁のシミは、その骨が埋められていた空間に、湿気がたまって浮かび上がった物だったって。
ま、そのあと、ホームステイどころじゃなくなって、慌てて日本に逃げ帰ってきたってわけ。明らかに最近の物じゃないけど、一応警察を呼ぶとか言ってたな。
「でも、なんにせよ、おかしいですよね」
僕は、言わずにはいられなかった。
「あなたの部屋に現れた幽霊は、スニーカーとジーンズを履いていたって言ってましたよね。でもプレートによると、百年以上も昔のそんな昔の幽霊が、現在の格好しているでしょうか。葬られているときの格好とも違うし」
そもそも、納得づく、というか病死した人間が自ら望んで壁に埋められたのなら、化けて出るとは思えない。
「やっぱりそうだよね、そう思うよね」
女性は自分の両腕を擦った。
「それでね、消える間際、幽霊が何か言ってたって話したでしょ? その時は何を言ってるかわかんなかったんだけど……」
そこでいったん、彼女は言葉を切った。そして、次に口を開くのに、ちょっと勇気がいったようだった。
大 きく息を吸って覚悟を決めたように言う。
「英語を勉強して、発音の仕方がわかるようになると、どうも『逃げて』て言っていたように思えるんだ。考えれば考えるほど。あれだけインパクトのある出来事だから、唇の動きをはっきりと覚えているし」
「ひょっとしたら、その家に死体が隠されていたかも。だとしたら、チェックのシャツの彼女を殺したのは……」
言われるまでもなく、彼女も同じことを散々考えたのだろう。ぶるりと体を震わせる。
「あれから、ホストファミリーと連絡を取らなくなったから、どうなったかわからない。それに、あの家から新しい死体が出てきても、海外の事だから日本のニュースになるかわからないしね」
もうこれで話はおしまい、と宣言するように、彼女が花壇から立ちあがった。
そして、こう言い残して去っていった。
「壁から出てきたあの骨が、墓に埋め戻されたのか、壁に埋め戻されたのかわからない。でも壁に埋め直されてればいいと思う。だって死者の願いですものね」
僕が目を止めたのは会社員風の女だった。なんで彼女を選んだのかはわからない。多分、本能なのだろう。彼女なら良い話を持っている、そういう確信があった。
「あの、少しお話しいいですか?」
何かの勧誘か何かと思ったのか、彼女は足を止めない。しつこく僕はその後をついて行った。
「僕は動画を作っていて……もし、怖い話があるなら教えて欲しいんですけど」
僕は、無言で歩く彼女の後をしばらくついていった。諦めない僕に諦めたのか、女性はふいに足を止めた。
「いいよ、教えてあげる」
一体なんで気が変わったのか、彼女は近くにあった花壇のふちに座り込む。
隣に座るのはさすがになれなれしすぎる。僕は彼女の前に立って、語り出すのをまった。
学生時代の話なんだけどさぁ、私E国にホームステイしていたの。
ホストファミリーは夫婦の二人暮らし。とっても優しい人たちだった。
ホストマザーのMさんは、「あなたが私たちファミリーが初めて迎える留学生よ」てちょっと緊張しながら言ってたっけ。
そうそ、あの国は、日本と違って古い建物が多いのよ。地震が少ないのかしら。
留学の前に、ちょっとホストファミリーとメールのやり取りしていたんだけどね、その家も建ててから百年は経ってるって言ってた。
だから内心ボロ家だったら嫌だなぁ、って思ったんだけど、壁紙とか、家具とか、新しくしてあって、意外にきれいだったから安心した。
私があてがわれたのは、ニ階の隅にある小さな部屋だった。青地に淡いクリーム色の小花が散った壁紙に、木のベッド。そしてちょっと古い感じの暖房もあった。
なんだかちょっと一昔前の映画に出てくる家みたいで、おしゃれな感じに見えて気に入った。ただ枕元の壁に、人型みたいなシミがあったのが気になったけどね。
「悪い部屋じゃないでしょ? 気に入ってくれるといいんだけど」
収納の場所なんかを説明しながら、Mさんは、ちょっと得意そうだった。
私が壁のシミを見ているのに気づくと、ほんのちょっぴりだけ顔をしかめて、
「ああ、それ? 最近、壁紙を張り替えたんだけど、また出てきたのよ。きっと湿気のせいね。気にしないで」
って言ってた。
また、と言う事は、張り紙を張り替える前にもあったってことじゃない?
なんだか嫌な予感がした。ほら、怪談じゃありきたりじゃない? 消しても消しても出てくるシミ、みたいな。
それで、その予感は当たったのよね。
その日、ホストファミリーの家についた日のことだけど。夜中にね、息を吸うような、微かな音で目が覚めたの。
私は眠りが深いタチだし、旅の疲れでぐっすり眠っていたはずだけど。ううん、完全に目が覚めたってわけじゃない。半分起きてるけど、半分眠ってるような感じ。
それでね、なんだか、誰かがそばですすり泣いている気配がした、ような気がした。
朝になってみると、別になんともなってないから、やっぱり気のせいだと思ったんだけど。
次の夜もまた、ぼんやり目が覚めた。
そしたら、自分が寝ているベッドの横を、誰かが歩き回ってるの。何かを、っていうか出口を探している感じで、ギシギシと床板をきしませて。
怖かったんだけど、どういうわけか、私はそのまま眠り込んじゃって……
朝起きたら少し頭が痛くて。あれは夢だったのが、現実だったのか、なんて考えながら起きようとしたら、木の床に、泥だらけの足跡が残っていた。ぐるぐると何重も円を描いて。
そ れに、あの人型のシミ、前の日よりも濃くなって見えた。
ホストファミリーに話してみようか、本当に迷ったよ。
でも、着いた数日でぎゃーぎゃー騒ぐのもアレかなと思って黙ってた。
ご丁寧に、自分で床についた足跡をこっそり消したりしてね。私が汚したと思われて、怒られたら嫌だから。
でも、そうこうしているうちに事態は悪化した。
次の夜も深夜に目が覚めた。今度は完全に。
また、木の床を踏む音がしたの。ギィ、ギィって。
毛布の下で固まってると、その足音は止まった。
恐る恐る、私は目だけを動かして、音の方を見た。
ベッドサイドのスタンドを小さくつけていたんだけど、その光が照らしだしている部屋の隅に、スニーカーを履いた足が見えた。
すぐそばに、誰かが立ってる。
スニーカーが動いた。こっちに近づいてきた。
ジーンズをはいたふくらはぎが、ももが、光の輪の中に入ってくる。
見たらいけない。思ったけれど、目が離せなかった
息が苦しくなる。心臓がドキドキする。変な汗がにじみ出してきた。
相手が近づいてくるにつれて、光の中に入る範囲が大きくなっていく。赤いチェックのシャツの裾、白いボタン。たぶん、体つきから女性だった。胸元にべっとりと血がついていた。首筋に大きな傷があって。
口紅と血で赤い唇が動いた。
でも、顔全体は覚えてないんだ。その時点で、目をつぶって悲鳴をあげたから。
MさんもホストファーザーのBさんも駆けつけてくれた。二人が扉を開けた時には、もうその幽霊は消えてたけどね。
そこまできたら、もう遠慮も何もないよね。私は、今あったことをホストファミリーに訴えたの。
自然に、皆の視線が壁のシミに向かったわ。
薄かったシミが、はっきりとした人の形になってた。ぼんやりと、目とか口とかわかるくらいに。
もうそんな部屋で眠れないからさ、外の部屋に変えてもらった。
それから二日後くらいかなあ、Bさんは思い切って業者を呼んで壁を壊してみることにした。
結構大変だったよ、壁紙をはがして、壁を機械で切っていって……ホコリがすごくてね。作業しているあいだ、ハンカチでずっと口をふさいでいたよ。それでもなんだかカビ臭い臭いがした。
そしたら、出てきたのよ、人骨が。ハロウィンの飾りものみたいに、古いドレスを着てね。真っ白じゃなくて、ちょっと茶色かった。博物館で見た恐竜の骨を思い出したわ。大きさはぜんぜん違うけど。
その骨と一緒に金属製のプレートが埋められていたの。
『この家を愛した良き妻リーザの遺言に基づき、彼女をここに葬る。遺されし者の愛と共に。
リーザ・ストロング 死因流感 ××日××月19××年』
つまり、そのリーザって人本人の願いで壁に埋められたってことよ。多分、家と家族にそうとうの想いがあったんでしょうね。
ほら、古い家だって言ったでしょう。骨の彼女が埋められたのは、ずっと昔。代が変わって、そんなことも忘れられたんでしょう。じゃなきゃ、私が知らないだけでホストファミリーは当時あの家に引っ越してきたばっかりだったのかもしれないし。
者の説明によると、あの壁のシミは、その骨が埋められていた空間に、湿気がたまって浮かび上がった物だったって。
ま、そのあと、ホームステイどころじゃなくなって、慌てて日本に逃げ帰ってきたってわけ。明らかに最近の物じゃないけど、一応警察を呼ぶとか言ってたな。
「でも、なんにせよ、おかしいですよね」
僕は、言わずにはいられなかった。
「あなたの部屋に現れた幽霊は、スニーカーとジーンズを履いていたって言ってましたよね。でもプレートによると、百年以上も昔のそんな昔の幽霊が、現在の格好しているでしょうか。葬られているときの格好とも違うし」
そもそも、納得づく、というか病死した人間が自ら望んで壁に埋められたのなら、化けて出るとは思えない。
「やっぱりそうだよね、そう思うよね」
女性は自分の両腕を擦った。
「それでね、消える間際、幽霊が何か言ってたって話したでしょ? その時は何を言ってるかわかんなかったんだけど……」
そこでいったん、彼女は言葉を切った。そして、次に口を開くのに、ちょっと勇気がいったようだった。
大 きく息を吸って覚悟を決めたように言う。
「英語を勉強して、発音の仕方がわかるようになると、どうも『逃げて』て言っていたように思えるんだ。考えれば考えるほど。あれだけインパクトのある出来事だから、唇の動きをはっきりと覚えているし」
「ひょっとしたら、その家に死体が隠されていたかも。だとしたら、チェックのシャツの彼女を殺したのは……」
言われるまでもなく、彼女も同じことを散々考えたのだろう。ぶるりと体を震わせる。
「あれから、ホストファミリーと連絡を取らなくなったから、どうなったかわからない。それに、あの家から新しい死体が出てきても、海外の事だから日本のニュースになるかわからないしね」
もうこれで話はおしまい、と宣言するように、彼女が花壇から立ちあがった。
そして、こう言い残して去っていった。
「壁から出てきたあの骨が、墓に埋め戻されたのか、壁に埋め戻されたのかわからない。でも壁に埋め直されてればいいと思う。だって死者の願いですものね」
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