レンタゴースト!

三塚 章

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最終章 あの人の墓前にて

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 木々に囲まれた墓地は、周りの暑さにかかわらずひんやりしていた。ここに眠っている人々は夏の間結構過ごし安くしているのではなかろうか。
 亜矢は花束と水の入った桶を抱えて目的の墓にむかった。
 レイが消えてから数カ月の間、亜矢は名前を手がかりに事件を調べまくった。そして図書館の古い新聞で見つけた。インターネットでも同じ記事があった。
 レイの本名は、戸島 慶介(とじま けいすけ)というらしい。
 慶介の家族は、両親とそれに妹と四人でそこそこ裕福な暮らしをしていたようだ。あとは、ヒメカの時とほとんど同じだった。
 深夜、慶介の家に二人組の泥棒が入った。運が悪かったのは、その犯人達とたまたま起きていた慶介がはち合わせてしまった事だった。犯人は持っていた鈍器で彼のこめかみを殴って逃げ出して行ったという。
「おお、いたいた! 亜矢!」
 呼び掛けられて振り向くと、レイが片手をあげていた。
「会いたかった! あや~!」
 まるで子供みたいに無邪気に抱きついて来る。
「ちょ、ば、バカ! 苦しいって! あんた今、実体なんだから!」
 レイはおとなしく腕を解くと、幽霊だった時のようにいたずらっぽく微笑んだ。
 なんだか頬が熱くなって、亜矢は自分の頬を手の平でぱたぱた扇いだ。
 そう、レイは死霊ではなく生霊だった。考えて見れば、もっと前に分かってもよさそうな物だった。死ぬに死ねないほど強い恨みで生まれるのが幽霊なら、記憶を無くした幽霊なんてありえない。それこそ、熱い氷や乾いた湿気のように。
「久しぶりね、レイじゃなくて慶介(けいすけ)だっけ」
「レイでいいよ。というかお前にはレイって呼んでほしい」
 頭を殴られたレイは、ずっと意識不明の重体になっていたらしい。
 事件の内容は分かっても、意識を失ったレイがどこに入院しているかまでは調べられなかった。だからレイの方から電話が来た時には本当に嬉しかった。亜矢は何があってもレイを探し出すつもりだったけれど、もし彼が亜矢の家に電話番号を覚えていなかったら再会まで時間がかかったかも知れない。そう思うとゾッとした。
 電話口でレイが説明してくれた所、『あの店から逃げ出す途中で、いったん意識を失って、気がついたら病院のベッドの上だった』らしい。
「もう、体の方は大丈夫なの?」
「おう。目が覚めたばっかりの時は、ずっと寝たきりだったせいで筋肉落ちて起き上がるのも大変だったけどな。今はフルマラソンにだって参加できるぜ。それにしても、デートの待ち合わせ場所が墓場ってどうよ」
「いいじゃないの、分かりやすくて」
 そう言って、亜矢は線香を手向けると家の墓に手を合わせた。ここには、顔も見た事もないご先祖様と一緒に父親も眠っている。
「それにしても、なんでいきなり墓参り?」
 亜矢が祈り終わるのを待って、レイが聞いてきた。
「別に」
 なんだか、急に父親に会いたくなったのだ。ちょっと自慢したくなったのかも知れない。お父さんは金を貸した友達に裏切られたけど、私は信頼できる奴を見つけたよ、と。
「そうだ。ねえ、レイ。ニュース見た?」
 思い出しただけでもおかしくて、言葉の最後に笑いが混じってしまった。
「おお、見た見た。うまい事やったなお前!」
 あれから、亜矢は匿名で『クリオの入っているビルが騒がしい』という通報を入れた。その後の事はニュースやら新聞やらで知ったのだが、クリオの社長室では宮波と男達がバタバタと倒れていたという。皆命に別状はない物の体力をかなり消耗していて、しばらくの間入院が必要だそうだ。なんでもひどく混乱していて、『白い犬の生首が襲って来る』と意味不明の事を呟いているとか。
 テレビでアナウンサーがまじめな顔でこのニュースを伝えるたび、(まさか、私が犬の幽霊を解き放ったせいだとは、この人も知らないだろうな)とか思ってしまい、笑いをこらえるのが大変だった。
 そして何よりマスコミを賑わせたのは、金庫の中に入っていた書類だった。個人情報と起きた犯罪の因果関係がはっきりしたら改めて宮波達は逮捕されるらしい。
「そう言えば、さ。その指輪ってなんなの? それに取り憑いてたって事は、
そうとう思い入れのある物だろうけれど」
「彼女からもらった」
「なっ」
 そりゃ亜矢に会う前のレイにだって人生があったわけだし、恋人がいたっておかしくない。まして幽霊状態の時は記憶喪失になっていたんだし、恋人の事を忘れて亜矢に惹かれるのもありえるだろう。でも、ここまで口説きまくっておいてそれはないじゃないか?
「ウソ、ウソ。妹だよ、妹。誕生日にもらったんだ」
 クスクスと笑ったあとで、レイは顔をグッと近付けてきた。
「妬いた?」
「別に。どうせそんな事だろうと思ったわ」
 ほっとしたのはレイには内緒だ。
「お前が店でこれを買ったって事は、泥棒に盗まれたんだろうな。で、売り払われたんだろう。それで人出に渡って俺の家からお前の近所にまで流れたんだ」
「ずいぶんと長い旅をしてきた物ね」
 亜矢は水の入った桶を持って、墓に背をむけた。二人は並んで緩やかな階段を降りていった。
「さて、どこにいこうか?」
「どこでもいいわよ。おばけやしき以外なら」
 その言葉に、レイはハハハッと明るい笑い声を立てた。
「確かに。もう十分幽霊には驚かされただろうからな」
「そういう事。それにノーラを見たら、もう他の幽霊なんかじゃ驚けそうにないもの」
「じゃあ、ホラー映画でも見にいこうか。それとも、せっかくお互い触れるようになった事だし……」
 亜矢の耳に、レイは唇を近付けて、何事か囁いた。
「な……」
 ぱっと亜矢の頬が熱くなった。ひしゃくで手桶の水をすくった。
「ちょ、バカ、俺今生身なんだぜ。普通に濡れるから!」 
 転びそうな勢いでレイはダダッと階段をかけ降りる。
 その時響いた小さい咳払いに、二人はハッと顔を上げた。
 袈裟の裾をひるがえして、お坊さんが前から歩いてきた。
「お墓でいちゃつくなんて最近の若い者は……」
 二人の足が少しだけ速くなった。 
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