7 / 13
第七章 不法侵入罪適用不可
しおりを挟む
浦澤に詳しく聞いて見たところ、ストラップはヒメカの母親が、骨董品屋で絵を買った時におまけでもらったものらしい。ネットで検索して見た所、その骨董品屋『クリオ』は全国展開しているようだ。アンティークのインテリアのコーディネートもやっているらしく、頼めば自分の部屋にぴったりとあった品を見繕ってくれるとかなんとか。
そのマークに見覚えがあるという事は、レイが生前住んでいた家の傍にも店があったのかもしれない。けれど全国に何店舗もあるうちのどの店なのかを見つけるのは難しそうだ。 と、言う事で、亜矢達は一番近くの店をのぞいてみる事にした。
印刷してきた地図を片手に、亜矢は店に続く通りを歩いていた。
「でも、マークに見覚えあるってだけで具体的な記憶はないんでしょ? ただ単にここで買物したことがあるとか、そんなオチじゃないの?」
「おお、いいねえ。ひょっとしたら生前金持ちだったのかな」
「じゃなかったら他に考えられるのは……」
亜矢はピッと指を立てて見せた。
「一、この会社で働いてた」
「悪くないな、なんかアンティークってかっこいいし」
「二、実はラーメン屋でバイトしてて、この店にちょくちょく出前に行ってた」
「ま、実際はそんなトコかもな」
「三、実は印刷のバイトしてて、このダイレクトメールを延々刷り続けていた。
「う~ん、まあ、あるかも」
「四、なんかもう前世そのダイレクトメールだった」
「人間ですらねえじゃねえか」
「いいじゃない。今でも人間じゃないんだから」
目当ての店を見つけて、亜矢は足を止めた。
「あった。ここだ」
クリオは、骨董店のイメージと違って近代的だった。白い壁に、花びらのような波のような、灰色の石でできた看板がかかっていた。
ガラスの扉を開けると、ぬるい空気が体を包んだ。まるで美術館のように掛け軸や燭台などがガラスケースに納まっている。
「いらっしゃいませ」
学生が来るなんて珍しいのだろう。女性の店員は一瞬驚いた顔をしたあと、やさしい笑顔になった。もっとも、心の中では「金にならないわ」とでも思っているのかも知れないけれど。
「ええと、おばあちゃんに誕生日プレゼントあげようと思って……」
売っている物の値段はピンキリで、小さな香炉なら千円以下の物もあり、亜矢でも買える。
商品に気を取られているふりをしながら、亜矢はそっと指輪を指先で叩いた。それを合図に、レイが指輪を抜け出した。
それに気付かない店員さんは、営業スマイルを浮かべた。
「まあ、えらいですわね」
「えへへ。でも買うかどうか分かりませんよ」
というか、ごめん、買うわけない。心の中で亜矢はぺろっと舌を出した。
「あの、これって……」
あとは、どれだけ時間を引き伸ばせるか。亜矢は心の中で気合いを入れた。
亜矢が店員の気をそらせている間に、レイが店を調べて何か手がかりを探し出す。それが二人の作戦だった。
亜矢は、香炉のウンチクを語る店員さんの言葉を熱心に聞くふりを始めた。
レイは亜矢達の隣を通り過ぎ、スタッフオンリーの扉を擦り抜けた。広い廊下が続き、その両脇に扉がいくつか並んでいる。とりあえず忍び込んだ者の礼儀として、抜き足さし足でレイは進んでいった。
「さて、どこから調べるべきか……」
といってもレイ自身にも具体的に何を探せばいいのか分からなかった。記憶がよみがえるきっかけになる何か。ここで働いていたのだとしたら履歴書、でなければ顧客情報……もっとも、資料があったとしても、この体では書類をめくれないだろうけれど。
両方に並ぶドアのうち、マークがついているのはトイレくらいな物で、他にはなんの手がかりもない。とりあえずレイは手近なドアの中に顔を突っ込んだ。暗い小さな部屋の中、ロッカーが二、三個並んでいる。どうやら女子社員の更衣室らしい。汗止めスプレーの甘い匂いが漂っていた。あいにくと言うか幸いというか、今は誰もいない。
「おおう、外れたような当たりのような」
がっかりしたようなホッとしたような複雑な気持ちを抱きつつ、次の部屋を覗き込む。そこは物置部屋のようだった。スチールの棚に、木箱やら段ボールやらが並んでいる。
中にどんなお宝が入っているのか中身をのぞいてみたくて仕方がなかったが、残念ながらそんな暇はない。いつ亜矢と店員の会話が途切れるかわからないのだ。亜矢が店を出れば、レイも強制退去決定なのだから。
「ええ、ええ。ですから……」
壁から女の声が聞こえて、レイは一瞬飛び上がった。落ち着いて見ると、隣の部屋から声が漏れているようだ。壁に首を突っ込んで、レイは隣の部屋をのぞき見た。
そこはどうやら店長だか社長だかの部屋らしい。何か記憶に引っ掛かる物はないかと見回した。
濃いブドウ色のじゅうたんに、普通の二倍はありそうなデスク。どこかで犬を飼っているのか、ドッグフードの袋が口を丸められて机の隅に置かれていた。。そして壁には海を描いた絵。ドラマから取り出してきたように分かりやすい、大企業の偉い人の部屋だ。
レイに背を向けて、紺の着物姿の女性が机の上の電話で何かを話している。商談でもまとまらないのか、ひどくイラついた口調だ。
「もしもし……ええ、あの計画は中止してください」
受話器のコードを伸ばして、女は壁の絵に歩み寄った。
描かれた帆船に触れると、カチッと音がして絵がずれた。そして期待通り、壁に埋め込まれた金庫が現れた。しかも横に暗証番号をいれるボタンまでついている。
(うわー! うわー! 本当にマンガとかドラマの世界だ! おもしれぇ!)
なんだか人の秘密をこっそり見ていると思うとドキドキする。うっかりすると、のぞき趣味に目覚めそうだ。
女は相手の声にしばらく耳を傾ける。
「ええ、金が必要? でも失敗したらこちらにまで迷惑がかかるのをお忘れなく」
女性のほっそりした指が、金庫の横に取り付けられたタッチパネルの上を跳ねる。レイは、その番号を心の中で読み上げた。
『747086』
(ナシナオーヤク……梨、なお焼く)
と、ナシのタルトでも作っているとしか思えないシチュエーションのゴロ合せを思いついたあたりで、女が振り返った。
その顔を見た途端、レイの全身に銃で撃たれたような衝撃が走った。
俺は、こいつを知っている。でもどこで? なぜ? 鼻の奥で、血の匂いをかいだ気がした。この沸き上がる憎しみはなんなんだ? なんで俺はこいつをこんなに殺したい?
着物には不似合いな名札には、『宮波 時子』(みやなみ ときこ)と書いてある。
(宮波 時子? 俺は会った事あるのか?)
レイの考えを断ち切るように、女の悲鳴が入り口の方から響いた。
「亜矢の声だ!」
レイは、ほとんどすっ飛ぶようにして亜矢のもとへと戻っていった。
「ちょ、大丈夫ですかお客様!」
何があったのか、亜矢は店員に肩を支えられていた。立ってはいる物の、足元がふらふらしているように見える。
「いきなり倒れるなんて。顔色が悪いですよ」
亜矢が顔をあげた。意識があるのがわかって、レイはホッとした。
「ごめんなさい。ちょっとめまいがしちゃって。貧血かな」
心配そうな店員さんの声に、亜矢は無理やり笑って見せる。
「そろそろ帰りますね。色々ありがとうございました!」
よろよろと亜矢は外へ出て行った。背後でドアが閉まったとたん、力なくレイをにらみつけてくる。
「何があったのよ」
「大丈夫か亜矢。そっちこそ何があったんだ」
まるで南極にでもいるみたいに、亜矢は自分の肩を抱いてさすった。
「あんた、自分を殺した奴でも見つけたの? 急にあんたの殺意が伝わって来て、いきなりブン殴られたみたいだったわ」
「俺の殺意が?」
「どうやらお互いの気持ちというか感情が伝わる見たいね。相当強い感情じゃないと無理見たいだけど」
「うう、どうせ伝わるなら殺意なんて物じゃなくてお前への愛を伝えたかった!」
軽口を叩いてから、レイは自分の見て来た事を教えた。隠し金庫と見覚えのある女について。
亜矢は身を乗り出して来た。
「で、何か思い出した? 金庫の中は何だったの?」
「いや、結局何も分からなかった。お前が倒れたのに気づいて、すぐに戻って来ちまったから」
「はあ? 何よそれ! 収穫なし? あんだけ時間を稼ごうとした私の身にもなってよね!」
返す言葉もなくシュンとしているレイに亜矢はまくしたてた。
「おかげで香炉と風水について詳しくなったわ! よく金運アップには黄色とか言われているけど金をつかさどるのは白だから!」
「あ、そうなんだ」
「そもそも、風水ってのは中国の気脈ってのが」
『何だろう、命の危機を感じる。そのうち符かなんかで浄化されそうだ』
レイはハハハと硬い笑い声をたてた。
宮波は話を終えると、八つ当たりをするように強く電話を切る。
「やれやれ。困った客だこと。物事にはタイミングがある事を知らないのだから」
「ターゲットの周りに変な奴がうろついているのに、下手な事できるわけないでしょうが」
とにかく、計画は見送った方がいいだろう。こういう計画というのは、ほんの少しの事で破綻してしまう物だ。たとえターゲットを茂みからのぞいていたのが、害のなさそうな女子中学生だとしても。
ふわり。その時、ふいに空気が揺らぎ、どこからか霧のような物が中空に沸き上がった。その塊は、見えない手に刻まれ引きちぎられるように形を変え、巨大な犬の姿になった。
半透明の獣は黒い牙をむき出し、唸り声をあげる。苦痛を感じているような、苦しそうな声だった。
その背中には、大きな縫い針のような物が突き刺さっていた。先端が腹からのぞくほど深く。
自分の肩の高さにある犬の頭を、宮波は一つなでた。
「お帰りなさい、ノーラ。仕事ご苦労様」
爪に赤いマニキュアの塗られた指を犬の額にのせる。宮波は何か小さい物を見ているようにスッと目を細めた。
まるで映画でも見ているように、宮波の脳裏に映像が浮かんだ。
下に広がる、コンクリートの道。胸のすぐ下をかすめる雑草。背後から追い越して来た自動車のタイヤが遠ざかっていく。
「あんたの記憶をのぞけるのはいいけど、犬の視界というのはいつまでたってもなれないわね」
流れて行く映像を見ながら、宮波は言った。
ドアップになって通り過ぎる花。クリオのドアが見えた所で、ノーラは立ち止まった。
視線の先にある角から、中学校の制服を来た、かわいらしい女の子が近付いてくる。
ついさっき店に来た時の、亜矢の姿だった。
「あら。この子……公園をうろついていた子じゃない。いやね。やっぱりめんどうくさい事になりそうだわ」
宮波は眉間に深くシワを刻んだ。その時、ヒメカの後に何か薄い人影をみつけた。
「あら。これ、あなたのお友達じゃないの? ねえ、ノーラ」
ノーラは宮波に応えず、黒い目で廊下をじっと見つめているのに気がついた。
「ふうん。なんだか使えそうな幽霊ね」
主人に返事をするように、犬はフンと鼻を鳴らす。
「まあ、せいぜい警戒するとしましょうか」
宮波は口元を隠す。細い肩が小さな笑いに揺れていた。
そのマークに見覚えがあるという事は、レイが生前住んでいた家の傍にも店があったのかもしれない。けれど全国に何店舗もあるうちのどの店なのかを見つけるのは難しそうだ。 と、言う事で、亜矢達は一番近くの店をのぞいてみる事にした。
印刷してきた地図を片手に、亜矢は店に続く通りを歩いていた。
「でも、マークに見覚えあるってだけで具体的な記憶はないんでしょ? ただ単にここで買物したことがあるとか、そんなオチじゃないの?」
「おお、いいねえ。ひょっとしたら生前金持ちだったのかな」
「じゃなかったら他に考えられるのは……」
亜矢はピッと指を立てて見せた。
「一、この会社で働いてた」
「悪くないな、なんかアンティークってかっこいいし」
「二、実はラーメン屋でバイトしてて、この店にちょくちょく出前に行ってた」
「ま、実際はそんなトコかもな」
「三、実は印刷のバイトしてて、このダイレクトメールを延々刷り続けていた。
「う~ん、まあ、あるかも」
「四、なんかもう前世そのダイレクトメールだった」
「人間ですらねえじゃねえか」
「いいじゃない。今でも人間じゃないんだから」
目当ての店を見つけて、亜矢は足を止めた。
「あった。ここだ」
クリオは、骨董店のイメージと違って近代的だった。白い壁に、花びらのような波のような、灰色の石でできた看板がかかっていた。
ガラスの扉を開けると、ぬるい空気が体を包んだ。まるで美術館のように掛け軸や燭台などがガラスケースに納まっている。
「いらっしゃいませ」
学生が来るなんて珍しいのだろう。女性の店員は一瞬驚いた顔をしたあと、やさしい笑顔になった。もっとも、心の中では「金にならないわ」とでも思っているのかも知れないけれど。
「ええと、おばあちゃんに誕生日プレゼントあげようと思って……」
売っている物の値段はピンキリで、小さな香炉なら千円以下の物もあり、亜矢でも買える。
商品に気を取られているふりをしながら、亜矢はそっと指輪を指先で叩いた。それを合図に、レイが指輪を抜け出した。
それに気付かない店員さんは、営業スマイルを浮かべた。
「まあ、えらいですわね」
「えへへ。でも買うかどうか分かりませんよ」
というか、ごめん、買うわけない。心の中で亜矢はぺろっと舌を出した。
「あの、これって……」
あとは、どれだけ時間を引き伸ばせるか。亜矢は心の中で気合いを入れた。
亜矢が店員の気をそらせている間に、レイが店を調べて何か手がかりを探し出す。それが二人の作戦だった。
亜矢は、香炉のウンチクを語る店員さんの言葉を熱心に聞くふりを始めた。
レイは亜矢達の隣を通り過ぎ、スタッフオンリーの扉を擦り抜けた。広い廊下が続き、その両脇に扉がいくつか並んでいる。とりあえず忍び込んだ者の礼儀として、抜き足さし足でレイは進んでいった。
「さて、どこから調べるべきか……」
といってもレイ自身にも具体的に何を探せばいいのか分からなかった。記憶がよみがえるきっかけになる何か。ここで働いていたのだとしたら履歴書、でなければ顧客情報……もっとも、資料があったとしても、この体では書類をめくれないだろうけれど。
両方に並ぶドアのうち、マークがついているのはトイレくらいな物で、他にはなんの手がかりもない。とりあえずレイは手近なドアの中に顔を突っ込んだ。暗い小さな部屋の中、ロッカーが二、三個並んでいる。どうやら女子社員の更衣室らしい。汗止めスプレーの甘い匂いが漂っていた。あいにくと言うか幸いというか、今は誰もいない。
「おおう、外れたような当たりのような」
がっかりしたようなホッとしたような複雑な気持ちを抱きつつ、次の部屋を覗き込む。そこは物置部屋のようだった。スチールの棚に、木箱やら段ボールやらが並んでいる。
中にどんなお宝が入っているのか中身をのぞいてみたくて仕方がなかったが、残念ながらそんな暇はない。いつ亜矢と店員の会話が途切れるかわからないのだ。亜矢が店を出れば、レイも強制退去決定なのだから。
「ええ、ええ。ですから……」
壁から女の声が聞こえて、レイは一瞬飛び上がった。落ち着いて見ると、隣の部屋から声が漏れているようだ。壁に首を突っ込んで、レイは隣の部屋をのぞき見た。
そこはどうやら店長だか社長だかの部屋らしい。何か記憶に引っ掛かる物はないかと見回した。
濃いブドウ色のじゅうたんに、普通の二倍はありそうなデスク。どこかで犬を飼っているのか、ドッグフードの袋が口を丸められて机の隅に置かれていた。。そして壁には海を描いた絵。ドラマから取り出してきたように分かりやすい、大企業の偉い人の部屋だ。
レイに背を向けて、紺の着物姿の女性が机の上の電話で何かを話している。商談でもまとまらないのか、ひどくイラついた口調だ。
「もしもし……ええ、あの計画は中止してください」
受話器のコードを伸ばして、女は壁の絵に歩み寄った。
描かれた帆船に触れると、カチッと音がして絵がずれた。そして期待通り、壁に埋め込まれた金庫が現れた。しかも横に暗証番号をいれるボタンまでついている。
(うわー! うわー! 本当にマンガとかドラマの世界だ! おもしれぇ!)
なんだか人の秘密をこっそり見ていると思うとドキドキする。うっかりすると、のぞき趣味に目覚めそうだ。
女は相手の声にしばらく耳を傾ける。
「ええ、金が必要? でも失敗したらこちらにまで迷惑がかかるのをお忘れなく」
女性のほっそりした指が、金庫の横に取り付けられたタッチパネルの上を跳ねる。レイは、その番号を心の中で読み上げた。
『747086』
(ナシナオーヤク……梨、なお焼く)
と、ナシのタルトでも作っているとしか思えないシチュエーションのゴロ合せを思いついたあたりで、女が振り返った。
その顔を見た途端、レイの全身に銃で撃たれたような衝撃が走った。
俺は、こいつを知っている。でもどこで? なぜ? 鼻の奥で、血の匂いをかいだ気がした。この沸き上がる憎しみはなんなんだ? なんで俺はこいつをこんなに殺したい?
着物には不似合いな名札には、『宮波 時子』(みやなみ ときこ)と書いてある。
(宮波 時子? 俺は会った事あるのか?)
レイの考えを断ち切るように、女の悲鳴が入り口の方から響いた。
「亜矢の声だ!」
レイは、ほとんどすっ飛ぶようにして亜矢のもとへと戻っていった。
「ちょ、大丈夫ですかお客様!」
何があったのか、亜矢は店員に肩を支えられていた。立ってはいる物の、足元がふらふらしているように見える。
「いきなり倒れるなんて。顔色が悪いですよ」
亜矢が顔をあげた。意識があるのがわかって、レイはホッとした。
「ごめんなさい。ちょっとめまいがしちゃって。貧血かな」
心配そうな店員さんの声に、亜矢は無理やり笑って見せる。
「そろそろ帰りますね。色々ありがとうございました!」
よろよろと亜矢は外へ出て行った。背後でドアが閉まったとたん、力なくレイをにらみつけてくる。
「何があったのよ」
「大丈夫か亜矢。そっちこそ何があったんだ」
まるで南極にでもいるみたいに、亜矢は自分の肩を抱いてさすった。
「あんた、自分を殺した奴でも見つけたの? 急にあんたの殺意が伝わって来て、いきなりブン殴られたみたいだったわ」
「俺の殺意が?」
「どうやらお互いの気持ちというか感情が伝わる見たいね。相当強い感情じゃないと無理見たいだけど」
「うう、どうせ伝わるなら殺意なんて物じゃなくてお前への愛を伝えたかった!」
軽口を叩いてから、レイは自分の見て来た事を教えた。隠し金庫と見覚えのある女について。
亜矢は身を乗り出して来た。
「で、何か思い出した? 金庫の中は何だったの?」
「いや、結局何も分からなかった。お前が倒れたのに気づいて、すぐに戻って来ちまったから」
「はあ? 何よそれ! 収穫なし? あんだけ時間を稼ごうとした私の身にもなってよね!」
返す言葉もなくシュンとしているレイに亜矢はまくしたてた。
「おかげで香炉と風水について詳しくなったわ! よく金運アップには黄色とか言われているけど金をつかさどるのは白だから!」
「あ、そうなんだ」
「そもそも、風水ってのは中国の気脈ってのが」
『何だろう、命の危機を感じる。そのうち符かなんかで浄化されそうだ』
レイはハハハと硬い笑い声をたてた。
宮波は話を終えると、八つ当たりをするように強く電話を切る。
「やれやれ。困った客だこと。物事にはタイミングがある事を知らないのだから」
「ターゲットの周りに変な奴がうろついているのに、下手な事できるわけないでしょうが」
とにかく、計画は見送った方がいいだろう。こういう計画というのは、ほんの少しの事で破綻してしまう物だ。たとえターゲットを茂みからのぞいていたのが、害のなさそうな女子中学生だとしても。
ふわり。その時、ふいに空気が揺らぎ、どこからか霧のような物が中空に沸き上がった。その塊は、見えない手に刻まれ引きちぎられるように形を変え、巨大な犬の姿になった。
半透明の獣は黒い牙をむき出し、唸り声をあげる。苦痛を感じているような、苦しそうな声だった。
その背中には、大きな縫い針のような物が突き刺さっていた。先端が腹からのぞくほど深く。
自分の肩の高さにある犬の頭を、宮波は一つなでた。
「お帰りなさい、ノーラ。仕事ご苦労様」
爪に赤いマニキュアの塗られた指を犬の額にのせる。宮波は何か小さい物を見ているようにスッと目を細めた。
まるで映画でも見ているように、宮波の脳裏に映像が浮かんだ。
下に広がる、コンクリートの道。胸のすぐ下をかすめる雑草。背後から追い越して来た自動車のタイヤが遠ざかっていく。
「あんたの記憶をのぞけるのはいいけど、犬の視界というのはいつまでたってもなれないわね」
流れて行く映像を見ながら、宮波は言った。
ドアップになって通り過ぎる花。クリオのドアが見えた所で、ノーラは立ち止まった。
視線の先にある角から、中学校の制服を来た、かわいらしい女の子が近付いてくる。
ついさっき店に来た時の、亜矢の姿だった。
「あら。この子……公園をうろついていた子じゃない。いやね。やっぱりめんどうくさい事になりそうだわ」
宮波は眉間に深くシワを刻んだ。その時、ヒメカの後に何か薄い人影をみつけた。
「あら。これ、あなたのお友達じゃないの? ねえ、ノーラ」
ノーラは宮波に応えず、黒い目で廊下をじっと見つめているのに気がついた。
「ふうん。なんだか使えそうな幽霊ね」
主人に返事をするように、犬はフンと鼻を鳴らす。
「まあ、せいぜい警戒するとしましょうか」
宮波は口元を隠す。細い肩が小さな笑いに揺れていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。

目覚めれば異世界!ところ変われば!
秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。
ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま!
目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。
公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。
命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。
身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

暗夜刀花
三塚 章
ファンタジー
迷路のような町本防で、通り魔事件発生。有料道案内「送り提灯」の空也(そらや)は事件に巻き込まれる。 通り魔の正体は? 空也は想い人の真菜(まな)を守ることができるのか。
言霊をテーマにした和風ワンタジー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。


闇姫化伝
三塚 章
ファンタジー
荒ぶる神を和神(にぎがみ)に浄化する巫女、鹿子(かのこ)。彼女は、最近荒ぶる神の異変を感じていた。そんななか、行方不明になっていた先輩巫女柚木(ゆずき)と再会する。鹿子は喜ぶが……

【完】テイマーとタンクとヒーラーがいるからアタッカーはいらないと言われてクビになったので、アタッカーしかいないパーティーを作ることにしました
ひじり
ファンタジー
「お前にはパーティーを抜けてもらいたい」
ある晩のこと。
アタッカーのリジン・ジョレイドは、パーティーの仲間たちと共に酒場で飲んでいた。
そこでリーダーからクビ宣告を受けるが、納得がいかない。
だが、リーダーが口にした一言で、全てを分からされてしまう。
「――アタッカー不要論」
それは【勇者】の称号を持つ金級三つ星冒険者の発言だった。
その人物は、自身がアタッカーであるにも関わらず、世にアタッカーは不要であると論じた。【勇者】の称号を持つほどの人物の言葉だ。アタッカー不要論が世界へと広まるのに、然程時間はかからなかった。
「おれたちのパーティーには、テイマーのおれが居る。魔物との戦闘行為は、おれが使役する魔物に全て任せればいい」
今までアタッカーが担っていた部分は、テイマーが使役する魔物や、攻撃的なタンクが担うことが出来る。
回復役として、ヒーラーは絶対に必要不可欠。
メイジであれば応用も効くが、戦うことしか能のないアタッカーは、お荷物となる。だからリジンは必要ないと言われた。
「リジン、お前もアタッカーなら分かるはずだ。おれたちが冒険者になる前の段階で、既にアタッカーの需要は減っていた……それなのに、おれたちのパーティーの仲間として活動できただけでも運が良かったと思ってほしいんだ」
今の世の中、アタッカーは必要ない。
では、アタッカーとして生きてきた冒険者はどうすればいい?
これは、アタッカー不要論の煽りを受けたアタッカーが、アタッカーだけのパーティーを組んで成り上がる物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる