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第八章
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アレイルの乗ったジープは、小さな駐車場に乗り込んだ。アスファルトを割って生えた草が、何台か止まっている車を覆っている。ツタや草の葉からのぞく車体はどれもサビがひどかった。
自家用車ばかりの駐車場の中にトラックを見つけ、槍を手に車を降りるとそれに近づいていった。肩に止まったカナフが興味深そうにトラックを見上げている。
バカにしたように唇の片端をつり上げた。
「生きものいじくって喜ぶ奴だからと思って動物園に来てみればビンゴかよ。ここはお客様用の駐車場だぞ。なんで業務用のトラックが止まっているんだ?」
車体は錆びている物の、ツタは絡まっていないし、タイヤは草を踏み付けている。間違いなく最近誰かがこれに乗ってやって来たのだ。
試しに荷台を開けようとしたが、さすがに鍵がかかっていた。
アレイルは駐車場を抜け入り口に回った。
動物園の名前が書かかれていたはずの看板は錆びつき、笑うキリンの絵がちょっとしたホラーになっている。しかもどこか接合部が外れているのか、風が吹くたびに頭上からキイキイと音が降ってくる。
無人のチケット売り場を通り抜け、アレイルは園の中へと入り込んだ。
動物と人間を隔てる檻は錆び、ガラスは土埃で曇っている。そして動物達はそれぞれの場所で、それぞれの格好で骨になっていた。
「かわいそうにな」
神様がいるのかどうか分からないが、アレイルは動物達の魂が今安らかに眠っていることを願った。
静かな園内に人気(ひとけ)はない。アスファルトに書かれた順路案内は雨風に削られてほとんど消えている。
「これは……?」
そのアスファルトに、何か小さな跡があるのに気がついた。集まって弧を描く、小さないくつかの穴。それが一定の距離をおいて左右二列に並んでいる。
ちょうど、コンクリートに穴が開けられるほど丈夫な爪を持つ、大きなトカゲが歩いたらこんな足跡ができるだろうか。
アレイルは、槍を持つ手に力を込め、その跡をたどって行った。歩くに連れて、風に悪臭が混じり始めた。なんとなく薄ら寒いのは服が濡れているからだけではないだろう。
足跡を追うに連れて、檻の並ぶエリアから離れて行く。
行く先に、小さな建物が建っていた。
足跡の主は、その横に有った。
アレイルには一瞬それが悪趣味なオブジェに見えた。
今朝のワニのような皮膚、劣化していたとはいえアスファルトに穴を開けた爪。口からのぞく鋭い牙の間から、胴を伝って地面にまで、赤黒く凝固した血がこびりついている。
転がっていたのはドラゴンの骸(むくろ)だった。高さは成人男性二人分ほどの大きさでしかないが、それでも威圧感がある。
カナフが恐れるような鳴声をあげた。
「あの村を滅ぼしたのは、たぶんこいつだ」
ヒナタの村の前に立ち寄ったエオルの村。殺された村人の傷から、襲ったのはこの竜に間違いない。
その体に、縫い目のような跡があちこちあるのを見付け、アレイルは顔をしかめた。その縫い目に沿って魔法陣の焼印がいくつか押してある。
ふいに建物から小さな音がした。足を止めドラゴンを見入っていたアレイルは、意識を建物に向ける。両開きの、大きなガラス製の扉は、ガラスが割られ鍵が外されていた。
中に入ると、壁には書類やビンが納められた棚がずらりと並べられていた。ビンには消毒薬が多く、飲み薬らしき物も並んでいるから、この建物はケガや病気になった動物を治療する場所だったのだろう。
床には剥がれ落ちた漆喰や棚から落ちた書類、写真が床いっぱいに散らばっていた。天井の蛍光灯は、どれも割れるか外れるかしていて、代わりに手作りの燭台が壁に取り付けられていた。
奥にある扉は閉められていて、その先に何があるのかは見えない。
部屋の隅に、ラルシュが怯えた様子で座り込んでいた。小さな体は細かく震え、目に涙がたまっている。気を失ったパルシュが、その膝に頭を乗せていた。
カナフが兄弟の元に飛んでいって、励ますようにそのまわりを跳び回る。
「おや。お客さんかな」
一人の男に立っていた。灰色の目がアレイルを捕らえる。
「誘拐された子供を迎えにきたんだよ!」
アレイルは兄弟を指差した。
男は鼻で笑った。
「誘拐などとは。この兄弟はこれから神の祝福を受けるんだ」
「神の祝福~?」
アレイルは軽蔑するように肩眉をあげた。
「あ、あの人は……セレイダルは天使なんだって……」
ラルシュが震えた声で言う。どうやらセレイダルというのがあの男の名前らしい。
「僕達を助けてくれるって言ったのに……」
セレイダルがわずかに背を丸め、体を震わせる。ローブの背中を突き破り、真っ白い翼が現われた。広げられた翼の勢いで書類と写真が舞い上がった。
その写真には、どれもグロテスクな化物が写っていた。異常に牙の大きな犬、羽の生えた魚に猫、触手のような物の生えたドラゴン。そして、一番多いのは翼の生えた子供の写真だった。
「はん!」
アレイルはさもバカにしたように鼻で嗤(わら)い、白い翼につかみかかる。
「何を……」
まさか天使様に襲いかかる奴がいるとは思わなかったのだろう。その手を防ごうとするセレイダルの動きは鈍かった。
アレイルは片手であっさりと純白の翼をむしり取った。
自家用車ばかりの駐車場の中にトラックを見つけ、槍を手に車を降りるとそれに近づいていった。肩に止まったカナフが興味深そうにトラックを見上げている。
バカにしたように唇の片端をつり上げた。
「生きものいじくって喜ぶ奴だからと思って動物園に来てみればビンゴかよ。ここはお客様用の駐車場だぞ。なんで業務用のトラックが止まっているんだ?」
車体は錆びている物の、ツタは絡まっていないし、タイヤは草を踏み付けている。間違いなく最近誰かがこれに乗ってやって来たのだ。
試しに荷台を開けようとしたが、さすがに鍵がかかっていた。
アレイルは駐車場を抜け入り口に回った。
動物園の名前が書かかれていたはずの看板は錆びつき、笑うキリンの絵がちょっとしたホラーになっている。しかもどこか接合部が外れているのか、風が吹くたびに頭上からキイキイと音が降ってくる。
無人のチケット売り場を通り抜け、アレイルは園の中へと入り込んだ。
動物と人間を隔てる檻は錆び、ガラスは土埃で曇っている。そして動物達はそれぞれの場所で、それぞれの格好で骨になっていた。
「かわいそうにな」
神様がいるのかどうか分からないが、アレイルは動物達の魂が今安らかに眠っていることを願った。
静かな園内に人気(ひとけ)はない。アスファルトに書かれた順路案内は雨風に削られてほとんど消えている。
「これは……?」
そのアスファルトに、何か小さな跡があるのに気がついた。集まって弧を描く、小さないくつかの穴。それが一定の距離をおいて左右二列に並んでいる。
ちょうど、コンクリートに穴が開けられるほど丈夫な爪を持つ、大きなトカゲが歩いたらこんな足跡ができるだろうか。
アレイルは、槍を持つ手に力を込め、その跡をたどって行った。歩くに連れて、風に悪臭が混じり始めた。なんとなく薄ら寒いのは服が濡れているからだけではないだろう。
足跡を追うに連れて、檻の並ぶエリアから離れて行く。
行く先に、小さな建物が建っていた。
足跡の主は、その横に有った。
アレイルには一瞬それが悪趣味なオブジェに見えた。
今朝のワニのような皮膚、劣化していたとはいえアスファルトに穴を開けた爪。口からのぞく鋭い牙の間から、胴を伝って地面にまで、赤黒く凝固した血がこびりついている。
転がっていたのはドラゴンの骸(むくろ)だった。高さは成人男性二人分ほどの大きさでしかないが、それでも威圧感がある。
カナフが恐れるような鳴声をあげた。
「あの村を滅ぼしたのは、たぶんこいつだ」
ヒナタの村の前に立ち寄ったエオルの村。殺された村人の傷から、襲ったのはこの竜に間違いない。
その体に、縫い目のような跡があちこちあるのを見付け、アレイルは顔をしかめた。その縫い目に沿って魔法陣の焼印がいくつか押してある。
ふいに建物から小さな音がした。足を止めドラゴンを見入っていたアレイルは、意識を建物に向ける。両開きの、大きなガラス製の扉は、ガラスが割られ鍵が外されていた。
中に入ると、壁には書類やビンが納められた棚がずらりと並べられていた。ビンには消毒薬が多く、飲み薬らしき物も並んでいるから、この建物はケガや病気になった動物を治療する場所だったのだろう。
床には剥がれ落ちた漆喰や棚から落ちた書類、写真が床いっぱいに散らばっていた。天井の蛍光灯は、どれも割れるか外れるかしていて、代わりに手作りの燭台が壁に取り付けられていた。
奥にある扉は閉められていて、その先に何があるのかは見えない。
部屋の隅に、ラルシュが怯えた様子で座り込んでいた。小さな体は細かく震え、目に涙がたまっている。気を失ったパルシュが、その膝に頭を乗せていた。
カナフが兄弟の元に飛んでいって、励ますようにそのまわりを跳び回る。
「おや。お客さんかな」
一人の男に立っていた。灰色の目がアレイルを捕らえる。
「誘拐された子供を迎えにきたんだよ!」
アレイルは兄弟を指差した。
男は鼻で笑った。
「誘拐などとは。この兄弟はこれから神の祝福を受けるんだ」
「神の祝福~?」
アレイルは軽蔑するように肩眉をあげた。
「あ、あの人は……セレイダルは天使なんだって……」
ラルシュが震えた声で言う。どうやらセレイダルというのがあの男の名前らしい。
「僕達を助けてくれるって言ったのに……」
セレイダルがわずかに背を丸め、体を震わせる。ローブの背中を突き破り、真っ白い翼が現われた。広げられた翼の勢いで書類と写真が舞い上がった。
その写真には、どれもグロテスクな化物が写っていた。異常に牙の大きな犬、羽の生えた魚に猫、触手のような物の生えたドラゴン。そして、一番多いのは翼の生えた子供の写真だった。
「はん!」
アレイルはさもバカにしたように鼻で嗤(わら)い、白い翼につかみかかる。
「何を……」
まさか天使様に襲いかかる奴がいるとは思わなかったのだろう。その手を防ごうとするセレイダルの動きは鈍かった。
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