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三塚 章

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第四章

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 ラルシュが入り込んだのは、小さな教会だった。壁に描かれた絵は所々剥がれ落ち、まだらになっている。祭壇に安置された翼の像は、埃とクモの巣で綿にくるまれたようになっていた。
 そろそろと祭壇に歩み寄ると、ラルシュは割れ目から草がのぞいている床にひざまづいた。
「い~けないんだ、いけないんだ」
 からかう口調で背後から声をかけると、ラルシュはびくりと振り返った。
「神様に祈るのは禁じられてるぜ」
 昔々、獣と変りない下等な生き物だった人間の前に魔法を教えてくれたのは天使だったという。
 人間はそれを使い、文明を発達させた。しかし、愚かな人間は、天使が止めるのもきかず、些細なことから、争いを始めた。そして大きな爆弾で、一握りの人間を残してほとんど死んでしまったという。
 人間の愚かさにすっかり嫌気がさした天使は、人間を見捨てて皆天国へ帰って行った。
 だから今、神や天使に祈るのは禁じられている。自分たちの愚かさ故(ゆえ)に見捨てられた者が、なおも願いをかけたりしたら、それこそ神や天使が人間を許し、戻ってくることは無くなってしまうだろうと。
「神様じゃない、天使様に祈ったんだ」
 子供らしくラルシュは唇を尖らせた。
「同じようなもんだろ」
 その言葉にラルシュは反論もしないでうつむいた。
「弟が……パルシュが病気になったのは僕のせいなんだ」
「え?」
「パルシュはあんまり体が丈夫じゃないんだ。その日だってちょっと具合が悪いって。それなのに僕が無理に遊びに連れ出したから」
「レコン病の潜伏期間は一週間だ。その日にはもう感染してた」
 確かにそれは事実だが、それを言ったところでラルシュの気持ちが楽になるとはアレイルも思っていなかった。こういった思い込みは、理屈ではなく精神的な物だから。
「……僕は何もできないんだ」
 アレイルは黙って聞いていた。
「最初はちょっと熱っぽいって言って……だから僕はできるだけのことをしたんだ。僕の食べ物をわけてあげて、早く寝かせてあげて……でも弟はどんどん悪くなっていって」
 アレイルは肩をすくめた。
「かといって、居もしない天使や神に祈ったって仕方ないだろう。そんなヒマがあるなら弟の汗でも拭いてやった方がいい」
「でも……」
「結局は自分でなんとかするしかないんだよ。病気のことだってそうさ。薬を飲ませたって結局はパルシュの生きる力だ」
「そんな!」
「事実だよ! 俺達は見捨てられたんだ。神のご加護はあきらめたほうがいい。いいか、仮に『天使だ』『神だ』言ってくる奴がいたら、そいつは間違いなく偽物だからな。覚えておけ」
「っ!」
 また戸口にむかってラルシュは駆け出した。
「おい、まっすぐ家に帰れよ!」
 ラルシュを見送ってから、アレイルは壁画に目をやった。
 永い時間の中で、どういうわけか天使の顔だけがはがれている。それはまるでだれか天使に恨みを持つ者がやったようにも見えた。
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