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左手に小さな幸せを
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カーテンの隙間から光が漏れて、白い壁をぼんやりと照らしていた。昨日の夜は背中に感じていたあたたかさはもう布団の中にはなく、ベッドの左側をどれだけ探しても何も見つからなかった。
ぐっと両手を大きく広げて、寝ている間に固まってしまった身体中の筋肉を伸ばす。それから、体の上にかかっていた布団を蹴り飛ばすように跳ね除けて、上体を起こした。
時計の短い針は七、長い針は九を指している。
「やばい、寝坊じゃん!」
なんでアラームが鳴っていないのかと、昨日の自分を責めながらスマホを充電器から引っこ抜く。ディスプレイに表示されている通知は二十件。それから日付は、
「なんだ、今日土曜日か」
ほっと息をついた。
それと同時に、一つ気になることが。
「いつもの寝坊助はどこに行ったんだ?」
ぐしゃぐしゃの髪の毛を適当に一つ結びにしながら、私は寝室のドアを開けた。
2LDKの小さな家はもうすっかり朝の支度を済ませていたみたいで、その眩しさに目を細める。
それから、いつもの朝ならしない香りがすることに気がついた。パンの焼ける甘くて柔らかい香り、コーヒーのスッキリとした香り、それに、ベーコンの香りまでする。
くう、と小さくお腹が喋る。
「おはよう。もう少しゆっくりしていてもよかったんだよ」
寝坊助──彼が台所に立っていた。茶色みがかった男性にしては少し長い髪が、窓から入る朝の風に揺れる。白い歯をにっと出して笑うその顔は、私が世界で一番好きな顔だ。
「いつも隣にいるゆたんぽがなかったんだもん。今日はどうしたの?」
「こういう日があってもいいでしょ」
「うん。好き」
私は彼の背後に回ると、そのままぎゅっと腰に手を回す。顔を背中に押し当てると、世界で一番安心出来る香りがした。
「ご飯にするから顔、洗っておいで」
「はーい」
子供みたいな返事をして、私は洗面所に向かう。一通り朝の支度を済ませて、最後に左手の薬指に指輪をはめる。
ピンクゴールドの細いリングの中央には、ホワイトトパーズ。小さいながらもその華やかさで存在感をアピールしている。その両脇には小さなジルコニアが三つずつ、従者のようにそっと並んでいた。
やっぱり綺麗。
「何ニヤニヤしてるの?」
「ちょ、いつの間に後ろにいたのよ」
「その可愛い顔早く見たくて、待ちきれなくなっちゃった」
相変わらず口が達者なことで、というひねくれた言葉は口に出さないでおいた。その代わり、可愛いって言ってくれたその顔で、思いっきり可愛さをアピールしておいた。
そんな私のことを、彼は仔犬を撫でるみたいに優しく撫でた。その仕草がたまらなく好きで、私は彼の唇に自分の唇をそっと重ねる。柔らかさと温かさがこの幸せを証明してくれる。
「おはようのキス?」
「そういうことにしておく」
付き合って五年が経つというのに、上手く素直になれない時ばかりなのは彼がかっこよすぎるせいだ。キスをしたはいいけれど、なんだか体温が急に高くなってきて、もっと変な顔になっている気がして、私は彼の方を向けなかった。
まあ、彼は私がどんな顔をしようと全部「可愛い」で済ますのだろうけど。
「ご飯食べよ?」
こくり、と頷くと、彼がいつもみたいに私の左手を引いて歩く。
「今日はどこか出かけようか」
「ケーキバイキング」
「太っても知らないよ?」
「幸せ太りはノーカウント」
テーブルの上には、トーストとベーコンつきの目玉焼き。それからお互いのイニシャルが入っているマグカップに注がれた、コーヒー。
「ごはん、ありがと」
「今週は色々任せっきりになっちゃってたからね」
手を合わせて、私は世界で一番美味しい朝ごはんを食べる。
こうして今日も私は、幸せな一日を始めるのだった。
ぐっと両手を大きく広げて、寝ている間に固まってしまった身体中の筋肉を伸ばす。それから、体の上にかかっていた布団を蹴り飛ばすように跳ね除けて、上体を起こした。
時計の短い針は七、長い針は九を指している。
「やばい、寝坊じゃん!」
なんでアラームが鳴っていないのかと、昨日の自分を責めながらスマホを充電器から引っこ抜く。ディスプレイに表示されている通知は二十件。それから日付は、
「なんだ、今日土曜日か」
ほっと息をついた。
それと同時に、一つ気になることが。
「いつもの寝坊助はどこに行ったんだ?」
ぐしゃぐしゃの髪の毛を適当に一つ結びにしながら、私は寝室のドアを開けた。
2LDKの小さな家はもうすっかり朝の支度を済ませていたみたいで、その眩しさに目を細める。
それから、いつもの朝ならしない香りがすることに気がついた。パンの焼ける甘くて柔らかい香り、コーヒーのスッキリとした香り、それに、ベーコンの香りまでする。
くう、と小さくお腹が喋る。
「おはよう。もう少しゆっくりしていてもよかったんだよ」
寝坊助──彼が台所に立っていた。茶色みがかった男性にしては少し長い髪が、窓から入る朝の風に揺れる。白い歯をにっと出して笑うその顔は、私が世界で一番好きな顔だ。
「いつも隣にいるゆたんぽがなかったんだもん。今日はどうしたの?」
「こういう日があってもいいでしょ」
「うん。好き」
私は彼の背後に回ると、そのままぎゅっと腰に手を回す。顔を背中に押し当てると、世界で一番安心出来る香りがした。
「ご飯にするから顔、洗っておいで」
「はーい」
子供みたいな返事をして、私は洗面所に向かう。一通り朝の支度を済ませて、最後に左手の薬指に指輪をはめる。
ピンクゴールドの細いリングの中央には、ホワイトトパーズ。小さいながらもその華やかさで存在感をアピールしている。その両脇には小さなジルコニアが三つずつ、従者のようにそっと並んでいた。
やっぱり綺麗。
「何ニヤニヤしてるの?」
「ちょ、いつの間に後ろにいたのよ」
「その可愛い顔早く見たくて、待ちきれなくなっちゃった」
相変わらず口が達者なことで、というひねくれた言葉は口に出さないでおいた。その代わり、可愛いって言ってくれたその顔で、思いっきり可愛さをアピールしておいた。
そんな私のことを、彼は仔犬を撫でるみたいに優しく撫でた。その仕草がたまらなく好きで、私は彼の唇に自分の唇をそっと重ねる。柔らかさと温かさがこの幸せを証明してくれる。
「おはようのキス?」
「そういうことにしておく」
付き合って五年が経つというのに、上手く素直になれない時ばかりなのは彼がかっこよすぎるせいだ。キスをしたはいいけれど、なんだか体温が急に高くなってきて、もっと変な顔になっている気がして、私は彼の方を向けなかった。
まあ、彼は私がどんな顔をしようと全部「可愛い」で済ますのだろうけど。
「ご飯食べよ?」
こくり、と頷くと、彼がいつもみたいに私の左手を引いて歩く。
「今日はどこか出かけようか」
「ケーキバイキング」
「太っても知らないよ?」
「幸せ太りはノーカウント」
テーブルの上には、トーストとベーコンつきの目玉焼き。それからお互いのイニシャルが入っているマグカップに注がれた、コーヒー。
「ごはん、ありがと」
「今週は色々任せっきりになっちゃってたからね」
手を合わせて、私は世界で一番美味しい朝ごはんを食べる。
こうして今日も私は、幸せな一日を始めるのだった。
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