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幸せ色の空
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「明日、出かけようよ」
金曜日の夜、彼は私にそう言った。
「いいけれど、どこにいくの?」
「一番きれいな空が見れる場所があるらしいんだけれど、どう?」
「一番きれいな空?」
「そう、ちょっとネットで有名になっている場所でさ」
ふーん、と言いながら彼のスマホを覗き見て、なるほど、と。ここは最近SNSで有名になっていた空と海がつながったように見えるあれだ。海外の有名な観光地に似ているだとかと、話題になっていたのは知っている。
「一番きれいな空、か」
「こういうの、嫌い?」
「そんなことないよ。ここだと車、かな。楽しみ」
大学生になって車の免許を取った彼は「いろんなところに行けるね」と気合をいれて、最近はいろんなところにドライブで連れて行ってくれるのだった。
でも、その一方で私は思い出していた。車なんて使っていなかった、高校時代の頃を。二人で見た「一番きれいな空」を。
*****************
確か高校二年生のころだったと思う。まだ日が昇る前の朝だというのに、じっとりとした空気は制服のスカートをべったりと太ももに張り付ける。重たい空気とともに、私はふうっとため息をついた。
もうすぐ文化祭だというのに、実行委員はやることが山積みなのだ。だからわざわざ始発の電車を使って、始業の数時間前、朝練もしないであろう時間帯に登校しようとしているのだ。
だけど、いやなことばかりでもない。だって、彼が一緒に登校してくれるから。
付き合い始めて一年。でもまだお互い素直になれないところばかりで、しょっちゅう喧嘩ばかりしてしまう彼だが、私の心配ばかりしてくれているのは知っている。
でも、ありがとうなんてうまく言えないんだけれど。
そんな彼は普段自転車通学なのだが、今日は私に合わせて一緒に電車で登校してくれるらしい。電車のほうが大回りだといつも言っているのに、こんな日は決まって「一緒に行こうか」なんて言ってくれるのだ。
五時二十四分発の上り電車。二号車三番ドア。彼が乗ってくるその電車に乗る約束。直前までSNSのチェックだとか、今日やることを頭に思い描いていたらお決まりのアナウンスが流れ始めた。
「まもなく、二番ホームに各駅停車───」
こんな時になって急に前髪が気になって仕方が無くなる。彼女の前髪が熊手になっていたらやっぱり幻滅するかなとか、普段気にもしないようなことが気になって仕方なくなる。プリーツにしわが寄っていたらどうしようとか、今気にしても仕方のないところまで気になって仕方がない。
が、電車というものは時刻通りに来る。
ぷしゅーと、気の抜けた音といっしょに電車のドアが開くと、向かいの長椅子に彼が座っていた。
「おはよう」
「おう、おはよ」
いつも通りのあいさつをした後は、他愛もない話になる。昨日読んだ小説が面白かったとか、古典の先生が変な話をしていたとか、体育のときに転びそうになったこととか。
そんな話をしていると、ビルとビルのあいだから、真っ赤な太陽が昇ってくる。
「あ、やっと日の出」
「ほんとだ。綺麗」
じんわりと広がっていく、はじまりの色。やさしくて、あかるくて、元気な空の色。その光はまっすぐ、透き通るヴェールのよう。柔らかく、そっと私たちの上に落ちてくる。
電車の中だと言うのに、目の前から風を受けたかのような気分だ。見えない何かに引っ張られるみたい。
透き通ったその色が、溶けるように私の中に混ざっていく。
「そういえばさ」
彼が急に改まってこちらを向くから、私も背筋が伸びる。
「好きだよ」
わ。
わわ。
わわわ。
普段そんなこと言わないじゃん。
急にそんなこと言われたら、心臓ついていけるわけないじゃん。
だから、うなずくのが精いっぱいで。顔を合わすこともできなくて、じっと朝焼けを見ていた。
こつん、と、手の甲と手の甲がぶつかる。思い切ったことなんてなかなかできないけれど、今ならなんとかできる気がする。
息を吸って、ちょっと止めて、思い切ってえいっと掴む。指と指が絡まって、恋人つなぎになる。
「ねえ、こっち見ないの?」
「にやにやしながら言わないの」
「かわいいなって」
「そんなの知らない!」
でもその瞬間が幸せで、こんな時間が幸せで。
あの時の空の色は、一番きれいだったんだ。
******************
「どうしたの、にやにやして」
「なんでもないけどー?」
「でさ、明日ここでいい?」
「もちろん。楽しみだね!」
金曜日の夜、彼は私にそう言った。
「いいけれど、どこにいくの?」
「一番きれいな空が見れる場所があるらしいんだけれど、どう?」
「一番きれいな空?」
「そう、ちょっとネットで有名になっている場所でさ」
ふーん、と言いながら彼のスマホを覗き見て、なるほど、と。ここは最近SNSで有名になっていた空と海がつながったように見えるあれだ。海外の有名な観光地に似ているだとかと、話題になっていたのは知っている。
「一番きれいな空、か」
「こういうの、嫌い?」
「そんなことないよ。ここだと車、かな。楽しみ」
大学生になって車の免許を取った彼は「いろんなところに行けるね」と気合をいれて、最近はいろんなところにドライブで連れて行ってくれるのだった。
でも、その一方で私は思い出していた。車なんて使っていなかった、高校時代の頃を。二人で見た「一番きれいな空」を。
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確か高校二年生のころだったと思う。まだ日が昇る前の朝だというのに、じっとりとした空気は制服のスカートをべったりと太ももに張り付ける。重たい空気とともに、私はふうっとため息をついた。
もうすぐ文化祭だというのに、実行委員はやることが山積みなのだ。だからわざわざ始発の電車を使って、始業の数時間前、朝練もしないであろう時間帯に登校しようとしているのだ。
だけど、いやなことばかりでもない。だって、彼が一緒に登校してくれるから。
付き合い始めて一年。でもまだお互い素直になれないところばかりで、しょっちゅう喧嘩ばかりしてしまう彼だが、私の心配ばかりしてくれているのは知っている。
でも、ありがとうなんてうまく言えないんだけれど。
そんな彼は普段自転車通学なのだが、今日は私に合わせて一緒に電車で登校してくれるらしい。電車のほうが大回りだといつも言っているのに、こんな日は決まって「一緒に行こうか」なんて言ってくれるのだ。
五時二十四分発の上り電車。二号車三番ドア。彼が乗ってくるその電車に乗る約束。直前までSNSのチェックだとか、今日やることを頭に思い描いていたらお決まりのアナウンスが流れ始めた。
「まもなく、二番ホームに各駅停車───」
こんな時になって急に前髪が気になって仕方が無くなる。彼女の前髪が熊手になっていたらやっぱり幻滅するかなとか、普段気にもしないようなことが気になって仕方なくなる。プリーツにしわが寄っていたらどうしようとか、今気にしても仕方のないところまで気になって仕方がない。
が、電車というものは時刻通りに来る。
ぷしゅーと、気の抜けた音といっしょに電車のドアが開くと、向かいの長椅子に彼が座っていた。
「おはよう」
「おう、おはよ」
いつも通りのあいさつをした後は、他愛もない話になる。昨日読んだ小説が面白かったとか、古典の先生が変な話をしていたとか、体育のときに転びそうになったこととか。
そんな話をしていると、ビルとビルのあいだから、真っ赤な太陽が昇ってくる。
「あ、やっと日の出」
「ほんとだ。綺麗」
じんわりと広がっていく、はじまりの色。やさしくて、あかるくて、元気な空の色。その光はまっすぐ、透き通るヴェールのよう。柔らかく、そっと私たちの上に落ちてくる。
電車の中だと言うのに、目の前から風を受けたかのような気分だ。見えない何かに引っ張られるみたい。
透き通ったその色が、溶けるように私の中に混ざっていく。
「そういえばさ」
彼が急に改まってこちらを向くから、私も背筋が伸びる。
「好きだよ」
わ。
わわ。
わわわ。
普段そんなこと言わないじゃん。
急にそんなこと言われたら、心臓ついていけるわけないじゃん。
だから、うなずくのが精いっぱいで。顔を合わすこともできなくて、じっと朝焼けを見ていた。
こつん、と、手の甲と手の甲がぶつかる。思い切ったことなんてなかなかできないけれど、今ならなんとかできる気がする。
息を吸って、ちょっと止めて、思い切ってえいっと掴む。指と指が絡まって、恋人つなぎになる。
「ねえ、こっち見ないの?」
「にやにやしながら言わないの」
「かわいいなって」
「そんなの知らない!」
でもその瞬間が幸せで、こんな時間が幸せで。
あの時の空の色は、一番きれいだったんだ。
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「どうしたの、にやにやして」
「なんでもないけどー?」
「でさ、明日ここでいい?」
「もちろん。楽しみだね!」
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