一人ぼっちの宇宙船

天野蒼空

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一人ぼっちの宇宙船

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 もう、随分と遠い所まで来てしまったんだと思う。この先どこへ進むのかもわからないまま、私はこの小さな二人乗りの宇宙船に一人で乗って、ふわふわとこの真っ暗闇の中を漂い続ける。

 何も見えない。しかし、怖いとは感じない。
 何も感じない。しかし、退屈とは感じない。

「お腹、すいたな」

 こんなときでもこの体は生きていたいと思っているらしい。その言葉に応えるかのように、おなかの虫がぐう、と鳴く。

 電気は節約したいのだけれど、真っ暗闇の中じゃ食事ができない。仕方なく私は少しだけ明かりをつけた。
 目の前に小さな操縦席が浮かび上がる。何も表示されていないレーダー画面、つながらない通信機器。目の前の操縦桿なんて、もう何ヶ月も動かしていないからどこかが錆びてしまっているかもしれない。
 座席の後ろから段ボール箱を持ってくる。がさごそ、と中を漁ってレーションを取り出す。美味しくはないが、生きるためには仕方がない。もそもそと口の中に押し込む。
 ふと、操縦席の横に飾られた写真に目が行く。そこに映っているのはタキシードを着た男性と、真っ白いドレスを着た女性。あの星を出る前の君と私だ。昔の自分だと言うのに、幸せそうに笑っているその女性が羨ましくなる。


 君は、とても眩しい人だった。いつもたくさんのあこがれの眼差しが、君へと降り注いでいた。君が笑えば、周りがぱっと明るくなる。
 君は、とてもあたたかい人だった。


「君はどこにいっちゃったのかな」


 何事もなければ今頃二人で新しい星、オースマンテウスで、新しい生活をしていたのだろうか。きっと君はまたその星で目新しい食材を手に入れようと無茶をするのだろう。そして、私と二人で一緒に御飯を作るのだ。君の食器は君の好きな黄色で揃えて、私の食器は私の好きな緑で揃えてあるに違いない。それから、寝るときはふかふかのベッドに、真っ白いシーツを掛けて、あったかい毛布に二人で一緒にくるまって寝るのだ。
なんて、ありもしない事を考える。


 あの時、もしもあの手が離れなかったなら。あの時、もしももう少しだけ早く仕事が済んでいたなら。
 考えても無駄なことばかり、頭の中を回っている。

*****

 打ち上げ場は人でごった返していた。いつもこんな感じなはずなのに、その日はいつも以上に人混みをうるさいと感じていた。

 私は電話を君にかけながら、一と人の間を縫うように走っている。

「ごめん、仕事の引き継ぎが長くなっちゃって。もう打ち上げ場についたから、大丈夫」

「よかった。今はA3ゲートの前にいるよ」

 頭上の表示を追いかけながら彼のところへ向かう。

「オースマンテウスに行ったら、もう少し楽になるといいね」

「きっと楽になるわ。ここよりも技術進化が早いって聞くもの。便利なものがいっぱい揃っているはずよ」

 オースマンテウスは今いる星よりも三十年分は技術が先を行っているらしい。住民の幸福指数も高く、長生きする人も多いのだとか。
 どれだけ前から私がオースマンテウスに配属されるのを願っていたことか。運良く君がオースマンテウス配属になったからゴリ押しで人事の人に頼んだのだ。その代わり、引き継ぎはドタバタだったのだが。

「ま、だからこそ人気な行き先で、ツアーで行くなら他の星よりも値段の桁が2つくらい違うし、個人ロケットでも打ち上げは三ヶ月待ち、ってわけなんだけどさ。つまり今日打ち上げ時刻に遅れたら次は三ヶ月先になっちゃうんだからね」

「わかってるってば。……あ、見つけた」

 私はA3と大きく書かれた看板の下に君がいるのを見つけて、大きく手を振った。

 その時だった。

──ウー、ウー、ウー。

 大きな音で警報が鳴り出した。

「なんなの、これ」

 次の瞬間、地面が大きく揺れ、警報の音よりも大きな爆発音がした。一瞬で辺りが黒煙に包まれる。爆発の方向はロケットがおいてある場所とは真逆。つまり……。

「早くこの星から逃げろ!」

 誰かがそう叫んだような気がした。でも、どうにかしてこの場所から逃げないといけないのは確かだった。

「早く行こう! 僕らのロケットはちょうど発射台の上だ!」

 君と手をつないで発射台へ走る。人にぶつかろうが、気にしない。とにかく、前へ。
 煙で目が痛くなる。喉の奥が苦しい。君の右手を握る私の左手は汗が吹き出るように出てきている。

 どんっ、と、大きなものがぶつかってきて私達の間は、引き裂かれてしまった。
「大丈夫、行き先はわかっているから」

 遠くで君の声がした。


 私はそれだけを信じて、今ここまで来ているのだ。


*****

 レーションの袋が空になったので、また、電気を消そうとしたその時だ。

 見つけたのだ。

 今までになかった光を。

「なに、あれ」

 それは青白い光を放っていた。はるか遠くにあるようで、ここからは一つの点のようにしか見えなかった。

 でも、あれは星だ。やっと見つけた、君がいるかもしれない星だ。
 視界がぼやける。温かい雫が、頬を伝う。

「やったね、私。おめでとう」
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