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「すごいね。空も海もすごく広い」
「私のお気に入りの場所だからさ。律樹に来て欲しかったの」
「菜穂がお気に入りっていうの、わかるな」
私の隣で律樹が言う。
ここは灯台と海と空が見える、展望台。
淡い色で描かれた冬の空はキンと晴れ渡っていて、刺すような風が吹いている。波の音は激しく、はるか下にある岸壁に何度も打ち付けているようで、白い飛沫があがっていた。
今日も私たちの距離は1歩分。その1歩は近づかない。近づいたら全てが変わってしまう気がするから。
「観光名所で有名なのはあっちの灯台なんだけどね」
「ああ、あの灯台は知ってる」
あの映画の撮影に使っていたよね、と、律樹は30年ほど前に公開された映画の名前を挙げた。律樹に言われてから何度も見た映画だ。今となってはセリフを一言一句違わず言える。
「律樹って、よくそんなに昔の映画を知ってるよね」
まだ、面白さはわからないれど、いつか分かる日も来るのかもしれない。
「せっかくだから、あの灯台の近くにも行ってみたいな」
「そうだね、行こうか」
「あの灯台の上って、登れたりするのかな」
「確か登れるはずだけど、どうしたの?」
「さっき話していた映画あるでしょ。あの作中でカップルが2人で登ってさ……」
「知らないよ、そんなシーン」
知っている。婚約指輪を渡すシーンだ。あのシーンでヒロインが歌う挿入歌は、映画の面白みの分からない私でも素敵だと思う。
「お昼、何がいい?」
「海だし、そうだな。せっかくだから海鮮とか?」
一度そう言ったが、律樹は首を振った。
「いや、でもここは菜穂に任せるよ。オススメのお店とかある?」
「海鮮丼がおいしい居酒屋があってね」
そう言いながら私は今回もあの店に案内する。
予約していたテラス席へ通してもらい、二人分の海鮮丼を注文する。
「お客さん、食べられる量を注文して頂いてもよろしいでしょうか?」
恐る恐る店員が言う。
ふむ。毎回残すのは少し申し訳ないとも思っていた。だが、私の前だけに丼があると変わってしまうのだ。それではだめなのだ。
「彼の前にも皿は用意してください」
こんなやり取り、なかったのに。
必要のないものが追加されたことに苛立ちを覚えながら、湯呑みに手をつける。仕方がない。冷たい麦茶も暖かいほうじ茶に変わっている。店の都合だ。これからも使わせてもらう為には、必要なことだったと割り切ろう。
ふう、と小さなため息をつく。
程なくして頼んでいたものが持ってこられ、あの日と同じように並べられた。
「美味しい?」
「まあまあ、かなぁ」
「菜穂は来たことあったの?」
「随分前にね。小学生の頃だったかな。まだここの先代の大将が元気な時にね」
相変わらず酷い味だ。酢飯にするご飯は硬めに炊くということを知らないのだろうか。
べちゃべちゃした甘ったるい米を、無理やり口に詰め込んでお茶で流した。
「お会計に、しよっか」
店を出ると冷たい北風に足を取られてよろけてしまう。
よろけたのが律樹と反対側でよかった。きっとこの律樹にぶつかったら無事じゃ済まないだろう。律樹も、私も。
灯台の入り口には、「ご自由にお入りください」の看板とともに、沢山の写真が貼られたコルクボードが飾られていた。日焼けして、青のインクだけで印刷したかのように見えるたその写真は、どうやら映画の撮影の様子を印刷したものらしい。
「本当だ、映画のとおりだ」
「そんなに?」
「ほら、ここなんてそのまんまだよ」
ここに立って、こっちを向いて、手はこうして。
律樹に言われるがままに私は体を動かして、ポーズをとる。
「せっかくだから上がろうか」
律樹は満足したような声色でそう言った。
螺旋階段をえっちらおっちら登って、デッキの上へ出る。
「高いね」
「広いね」
「綺麗だね」
「気持ちいいね」
ありきたりな感想を二人でかわす。
「これ、なんだろう」
「『愛の南京錠』ってやつでしょ。ほら、よくあるやつだよ」
最近では観光地の定番だ。
ここに来た思い出を残すだとか、愛に鍵をかけてロックするだとか、形だけの儀式をさせてくれるもの。形だけでも儀式をさせてくれるもの。
「僕らもしようか」
「ええ、やるの?」
「いいじゃん、こういうのもたまには」
無地販売の箱からハート型の鍵を買う。今の時代、現金だけ箱に入れて勝手に取っていくなんてスタイル、化石みたいな存在だ。しかし、意外に買う人はいるようでコインを入れると、チャリンと音がした。
備え付けの油性ペンで名前を書く。
「何を誓う?」
海が見える方の柵に南京錠をひっかける。場所によってはもうぎっしりと鍵が取り付けられているので、海が綺麗に見える場所に見える場所にするには少し低い位置につけるしか無かった。
「愛でしょ」
律樹の素直な返しに、すこし頬が熱くなる。
「それからさ」
「他にあるの?」
「また一緒にここに来ること」
「いいの?」
律樹はゆっくりと頷いた。
「僕もここが好きみたいなんだ。さっきの展望台も、この灯台も。すこし懐かしい気持ちになる。なんでかはわからないんだけれど」
運命。
口の先だけで言葉をなぞる。
「じゃあ、約束だよ」
「約束、だから。ここに誓おうか」
二人で南京錠の鍵をかける。
指先が触れてしまうと夢から覚めてしまうから、私は少しだけ触りながらだけれど。
「酒井律樹は中村菜穂のことを愛します」
「中村菜穂は酒井律樹のことを愛します」
「酒井律樹は中村菜穂とまたこの街に来ます」
「中村菜穂は酒井律樹とまたこの街に来ます」
誓ったからね。
絶対だからね。
「私のお気に入りの場所だからさ。律樹に来て欲しかったの」
「菜穂がお気に入りっていうの、わかるな」
私の隣で律樹が言う。
ここは灯台と海と空が見える、展望台。
淡い色で描かれた冬の空はキンと晴れ渡っていて、刺すような風が吹いている。波の音は激しく、はるか下にある岸壁に何度も打ち付けているようで、白い飛沫があがっていた。
今日も私たちの距離は1歩分。その1歩は近づかない。近づいたら全てが変わってしまう気がするから。
「観光名所で有名なのはあっちの灯台なんだけどね」
「ああ、あの灯台は知ってる」
あの映画の撮影に使っていたよね、と、律樹は30年ほど前に公開された映画の名前を挙げた。律樹に言われてから何度も見た映画だ。今となってはセリフを一言一句違わず言える。
「律樹って、よくそんなに昔の映画を知ってるよね」
まだ、面白さはわからないれど、いつか分かる日も来るのかもしれない。
「せっかくだから、あの灯台の近くにも行ってみたいな」
「そうだね、行こうか」
「あの灯台の上って、登れたりするのかな」
「確か登れるはずだけど、どうしたの?」
「さっき話していた映画あるでしょ。あの作中でカップルが2人で登ってさ……」
「知らないよ、そんなシーン」
知っている。婚約指輪を渡すシーンだ。あのシーンでヒロインが歌う挿入歌は、映画の面白みの分からない私でも素敵だと思う。
「お昼、何がいい?」
「海だし、そうだな。せっかくだから海鮮とか?」
一度そう言ったが、律樹は首を振った。
「いや、でもここは菜穂に任せるよ。オススメのお店とかある?」
「海鮮丼がおいしい居酒屋があってね」
そう言いながら私は今回もあの店に案内する。
予約していたテラス席へ通してもらい、二人分の海鮮丼を注文する。
「お客さん、食べられる量を注文して頂いてもよろしいでしょうか?」
恐る恐る店員が言う。
ふむ。毎回残すのは少し申し訳ないとも思っていた。だが、私の前だけに丼があると変わってしまうのだ。それではだめなのだ。
「彼の前にも皿は用意してください」
こんなやり取り、なかったのに。
必要のないものが追加されたことに苛立ちを覚えながら、湯呑みに手をつける。仕方がない。冷たい麦茶も暖かいほうじ茶に変わっている。店の都合だ。これからも使わせてもらう為には、必要なことだったと割り切ろう。
ふう、と小さなため息をつく。
程なくして頼んでいたものが持ってこられ、あの日と同じように並べられた。
「美味しい?」
「まあまあ、かなぁ」
「菜穂は来たことあったの?」
「随分前にね。小学生の頃だったかな。まだここの先代の大将が元気な時にね」
相変わらず酷い味だ。酢飯にするご飯は硬めに炊くということを知らないのだろうか。
べちゃべちゃした甘ったるい米を、無理やり口に詰め込んでお茶で流した。
「お会計に、しよっか」
店を出ると冷たい北風に足を取られてよろけてしまう。
よろけたのが律樹と反対側でよかった。きっとこの律樹にぶつかったら無事じゃ済まないだろう。律樹も、私も。
灯台の入り口には、「ご自由にお入りください」の看板とともに、沢山の写真が貼られたコルクボードが飾られていた。日焼けして、青のインクだけで印刷したかのように見えるたその写真は、どうやら映画の撮影の様子を印刷したものらしい。
「本当だ、映画のとおりだ」
「そんなに?」
「ほら、ここなんてそのまんまだよ」
ここに立って、こっちを向いて、手はこうして。
律樹に言われるがままに私は体を動かして、ポーズをとる。
「せっかくだから上がろうか」
律樹は満足したような声色でそう言った。
螺旋階段をえっちらおっちら登って、デッキの上へ出る。
「高いね」
「広いね」
「綺麗だね」
「気持ちいいね」
ありきたりな感想を二人でかわす。
「これ、なんだろう」
「『愛の南京錠』ってやつでしょ。ほら、よくあるやつだよ」
最近では観光地の定番だ。
ここに来た思い出を残すだとか、愛に鍵をかけてロックするだとか、形だけの儀式をさせてくれるもの。形だけでも儀式をさせてくれるもの。
「僕らもしようか」
「ええ、やるの?」
「いいじゃん、こういうのもたまには」
無地販売の箱からハート型の鍵を買う。今の時代、現金だけ箱に入れて勝手に取っていくなんてスタイル、化石みたいな存在だ。しかし、意外に買う人はいるようでコインを入れると、チャリンと音がした。
備え付けの油性ペンで名前を書く。
「何を誓う?」
海が見える方の柵に南京錠をひっかける。場所によってはもうぎっしりと鍵が取り付けられているので、海が綺麗に見える場所に見える場所にするには少し低い位置につけるしか無かった。
「愛でしょ」
律樹の素直な返しに、すこし頬が熱くなる。
「それからさ」
「他にあるの?」
「また一緒にここに来ること」
「いいの?」
律樹はゆっくりと頷いた。
「僕もここが好きみたいなんだ。さっきの展望台も、この灯台も。すこし懐かしい気持ちになる。なんでかはわからないんだけれど」
運命。
口の先だけで言葉をなぞる。
「じゃあ、約束だよ」
「約束、だから。ここに誓おうか」
二人で南京錠の鍵をかける。
指先が触れてしまうと夢から覚めてしまうから、私は少しだけ触りながらだけれど。
「酒井律樹は中村菜穂のことを愛します」
「中村菜穂は酒井律樹のことを愛します」
「酒井律樹は中村菜穂とまたこの街に来ます」
「中村菜穂は酒井律樹とまたこの街に来ます」
誓ったからね。
絶対だからね。
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