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赤いリンゴは罪の果実
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「本当にこれでいいのかい?」
背中に大きな白い羽根をつけている人形の生き物はそういった。種族としては「天使」というやつなのだろう。でも、そいつをそのその名前で呼ぶのはなにかまといがっているような気がした。
だって、「天使」というやつは神の使いだけれども、こいつは全然そんな事をしていないからだ。だって、悪い囁きばかりしているのだ。
「いまさら引き返すわけ無いでしょう」
でもそれに乗ってしまった私も、もうこの場所にいる資格なんてないのだと思う。
ここは第1289区画。いわゆる死後の世界というやつではあるが、そのすべてを一人の神が統治するのは難しいということで、細かく区画を分けられ、その一つ一つを神の使いである「天使」が数人で管理しているのだ。この第1289区画は生前に善い行いをした人が集められている天国区画のうちの一つであり、転生を行わない魂が集められている区画の一つだ。
ここに来てもうどれだけの月日が経ったのか、もう数えていないからわからないけれどずいぶん長い間ここにいると思う。
食べるものにも、着るものにも、寝る場所にも困らない。常に美味しいもの、美しい服、寝心地の良いベッドが用意されている。鮮やかな色の花が咲き、太陽の光が眩しいくらいに降り注ぐこの場所に足りないものなんて何もなかった。
しかし、こいつは言うのだ。
「このままの運命でいいのか」
と。
その悪い囁きは何日も何日も続けられた。
「思い出すものはないのか?」
生きていた頃の記憶は満足していたものばかりだ。楽しい思い出はたくさんある。
「後悔はないのか?」
残してきたものはあるが、今更なにかできるわけではない。ここは転生を行わない魂が集まる場所。私もここにいる他の魂と同じように、転生は行わないのだ。
いつものように、花畑の中を散歩していたときだった。
「いい知らせがある」
そいつはまた、私に近づいてきた。
「運命を変える気はないのよ。もう、諦めてくれない?」
「いや、それはどうかな。あんたの連れ、こっちに来たってよ」
「そう……」
まだこっちには来ないと思っていたのに。それだけの時間を知らぬ間に過ごしてしまっていたのか、早く来てしまったのか。それを知るすべは今ここにはない。
「区画は20023区画だそうだよ。つまり、あんたの連れは転生するらしいってことさ」
「じゃあ、あの人の魂は暫くこっちには来ないのね」
「あんたはそれでいいのか?」
「どうすることも出来ないわよ。私が決めることでもないのだから」
諦めるしかない。
まだ私もあの人も元気だった頃は「生まれ変わってもまた一緒になろう」だなんて誓ったものだ。あの人がそれをまだ覚えていてくれるかはわからないが、この誓は破られてしまうのだ。残念だけれど、仕方がないのだ。
あんなに愛し合っていたのに、神様ってのは意地悪だ。私だけ転生できないだなんて。
「ここに、運命を変えられる果実がある」
そいつがどこからともなく取り出したのは真っ赤なリンゴだった。
「それを、どうするの?」
「齧ればいいんだ。そうすればあんたの運命はガラッと変わる。たちまちお前は転生する魂たちの区画にぽーんと飛ばされるのさ」
「もらうわ、それ」
天使の手からりんごをもぎ取る。
「本当にそれでいいのか」
「今更引き返すわけ無いでしょう」
がぶりとかじりつく。口の中に甘くて酸っぱい、あの頃抱いていた恋心のような味がした。
「あーあ、罪の果実を食べちゃったね。本当に人間って、愚かなやつだ」
意識がすうっと遠のく。
さよなら、天国。
この1289区画は私にとってもう、過去の天国だ。
今日もまた、誰かがこの天国を過去のものにするのだろう。
花畑を荒らして、罪の果実に齧りつくのだろう。
背中に大きな白い羽根をつけている人形の生き物はそういった。種族としては「天使」というやつなのだろう。でも、そいつをそのその名前で呼ぶのはなにかまといがっているような気がした。
だって、「天使」というやつは神の使いだけれども、こいつは全然そんな事をしていないからだ。だって、悪い囁きばかりしているのだ。
「いまさら引き返すわけ無いでしょう」
でもそれに乗ってしまった私も、もうこの場所にいる資格なんてないのだと思う。
ここは第1289区画。いわゆる死後の世界というやつではあるが、そのすべてを一人の神が統治するのは難しいということで、細かく区画を分けられ、その一つ一つを神の使いである「天使」が数人で管理しているのだ。この第1289区画は生前に善い行いをした人が集められている天国区画のうちの一つであり、転生を行わない魂が集められている区画の一つだ。
ここに来てもうどれだけの月日が経ったのか、もう数えていないからわからないけれどずいぶん長い間ここにいると思う。
食べるものにも、着るものにも、寝る場所にも困らない。常に美味しいもの、美しい服、寝心地の良いベッドが用意されている。鮮やかな色の花が咲き、太陽の光が眩しいくらいに降り注ぐこの場所に足りないものなんて何もなかった。
しかし、こいつは言うのだ。
「このままの運命でいいのか」
と。
その悪い囁きは何日も何日も続けられた。
「思い出すものはないのか?」
生きていた頃の記憶は満足していたものばかりだ。楽しい思い出はたくさんある。
「後悔はないのか?」
残してきたものはあるが、今更なにかできるわけではない。ここは転生を行わない魂が集まる場所。私もここにいる他の魂と同じように、転生は行わないのだ。
いつものように、花畑の中を散歩していたときだった。
「いい知らせがある」
そいつはまた、私に近づいてきた。
「運命を変える気はないのよ。もう、諦めてくれない?」
「いや、それはどうかな。あんたの連れ、こっちに来たってよ」
「そう……」
まだこっちには来ないと思っていたのに。それだけの時間を知らぬ間に過ごしてしまっていたのか、早く来てしまったのか。それを知るすべは今ここにはない。
「区画は20023区画だそうだよ。つまり、あんたの連れは転生するらしいってことさ」
「じゃあ、あの人の魂は暫くこっちには来ないのね」
「あんたはそれでいいのか?」
「どうすることも出来ないわよ。私が決めることでもないのだから」
諦めるしかない。
まだ私もあの人も元気だった頃は「生まれ変わってもまた一緒になろう」だなんて誓ったものだ。あの人がそれをまだ覚えていてくれるかはわからないが、この誓は破られてしまうのだ。残念だけれど、仕方がないのだ。
あんなに愛し合っていたのに、神様ってのは意地悪だ。私だけ転生できないだなんて。
「ここに、運命を変えられる果実がある」
そいつがどこからともなく取り出したのは真っ赤なリンゴだった。
「それを、どうするの?」
「齧ればいいんだ。そうすればあんたの運命はガラッと変わる。たちまちお前は転生する魂たちの区画にぽーんと飛ばされるのさ」
「もらうわ、それ」
天使の手からりんごをもぎ取る。
「本当にそれでいいのか」
「今更引き返すわけ無いでしょう」
がぶりとかじりつく。口の中に甘くて酸っぱい、あの頃抱いていた恋心のような味がした。
「あーあ、罪の果実を食べちゃったね。本当に人間って、愚かなやつだ」
意識がすうっと遠のく。
さよなら、天国。
この1289区画は私にとってもう、過去の天国だ。
今日もまた、誰かがこの天国を過去のものにするのだろう。
花畑を荒らして、罪の果実に齧りつくのだろう。
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