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雨は止まない
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光なんてどこにもなかった。
しとしとと、私を閉じ込めるような銀色の糸が落ちる。
「お嬢」
皴一つない黒いスーツを、ぴしりと着た男性が私に声をかける。
「一人にさせて」
生暖かい鉄の匂いが漂う。血の匂いだ。雨が降っているというのに、その匂いは消えるどころかどんどん強くなっていく。そして、黒い靄のように私にまとわりつく。
「ですが、お嬢」
「いいんです。もう。……いいのです」
なぜ私はこんな気持ちで、このチカラなんかを持っていなくてはいけなかったのだろう。もしも私がこんなものを持っていなかったら。
でも、そんなもしもの話は通用しない。
だから、
「もう一度」
唇からほろりと言葉が零れた。
裸足のまま庭に降りる。真新しかった白い花柄のワンピースが、切りそろえられた前髪が、腰まである乱れた黒髪が、冷たく、重たく、私の肌にまとわりつく。
「もう一度」
何回目だろうか。
もう数えることもやめてしまった。次こそはと思っていたのに。
戻れば戻るほど、戻れる時間は短くなっていく。次はどれだけ前に戻れるかわからない。
それでも。
「もう一度」
手を空にかざして、反時計回りに三度回す。口の中でそっと言葉を転がす。大切な人のための言葉を。
雨が止んだ。
いや。雨粒が下に落ちるのをやめたのだ。
空中に浮かぶ水の粒に、世界が逆さに映っている。
そして、すぅっと、なにかに引っ張られるように、空中にあったはずの水の粒が上に上がっていく。
そして──
***
「お嬢、どうされましたか」
気が付けば私は実家の廊下に立っていた。後ろに控えるのは、がっしりとした筋肉質の男性。その体格に合わない黒いスーツを着ている。
「どうって、なんですか?」
「いえ、いきなりぼーっとされたので、おからだの調子が悪いのかと」
なんだか自分が小さいもののように感じるのは、無駄に広いこの家のせいだろうか。日本家屋特有の、磨かれた松の柱が放つ光は、ジロジロと私のことを見つめている。
十八年過ごしている自分の家なのに、居心地が悪い。
縁側から、ぬっと蒸した風が吹き入る。もうすぐ雨が降る為なのか、それとも、誰かがその先の中庭で水やりをしたあとだからなのか。ただ、遠くから湿った土の香りがした。
空に浮かぶのは、厚く、重苦しい雲。今にも押しつぶされてしまいそうだ。
その隙間から1枚の布が落ちているように、陽の光が指す。
「そんなことはありません」
「本日は暑いですので、お飲み物をお持ちしましょうか」
ああ、前にも同じようなことを言われた。これは、事が起きる日の朝に言われた言葉だ。
今回戻ってこられたのは、こんなにも近い場所だったのか。その前に戻った時はもう一日前だったというのに。
この時間から一体何ができるのかわからない。でも、やらなくちゃいけないんだ。
そうでないと、あの人がまた、いなくなってしまう。
「そうね、お願いするわ」
後ろに控えていた男は頭を下げてから、私とは逆方向へ歩き出した。入れ替わりで別の男が後ろにつく。ひょろりとした細身の男だったが、先ほどの男と同様に黒いスーツを着ていた。
「ねえ」
「何でございましょうか」
「ちょっと散歩をするから、下がっていて」
「そういうわけにはいきません。もうすぐ満月ですので」
「いいじゃない。別に」
「いけません。チカラが暴走したらどうするのですか」
チカラ。こんなものせいで私は「お嬢」と呼ばれ続け、監視だらけの牢のようなこの無駄に広くて古い家に住んでいる。
今まで大切なものを守ることすらできない、意味のないチカラ。神の力の一部だといわれるチカラ。持っていたって意味のない、チカラ。月の満ち欠けで強さの変わるチカラ。
「そんなのどうだっていいじゃない」
そう呟いてみたものの、その言葉は力なく透明な空気の中に溶けていった。
「お嬢、お飲み物をお持ちしました」
さっき下がった男性が戻ってくる。
頷いてから部屋に戻るとグラスに注がれたミルクティーが机の上に置いてあった。
応接間のように大きなソファーが並べられたその部屋は、部屋の壁のほとんどが本棚になっている。背表紙に書いてある文字は、古くて読めないものもある。どれもこれも私のチカラだとか、神々がどうのとか、そんな話ばかり。
一口、ミルクティーを口に含むと甘くて懐かしい味がした。
まるで、あの人みたいだ。
ソファーにごろりと横になる。行儀悪いなんて言葉は知らない。
「大樹」
私のことを、唯一名前で呼んでくれる人。私の大切な人。私の愛する人。本当の私にとってすべてだといえる人。どんな時でも私を愛してくれる人。
あの人の名前を口に出すと、悲しさと、切なさと、寂しさと後悔がいっぺんにあふれてきて涙がこぼれそうになる。
「駄目よ、今度こそは」
自分で自分に言い聞かせるけれど、何をしたらいいかハッキリとは思いつかない。きっとタイミングさえ合えばあの方法で、あのチカラを使えば何とかなるはず。だって、物理的なダメージは効かない人ばかりだったから。
考えを巡らせても、結論は出てこなかった。
ただ、想いが募るばかり。
「会いたい」
本当はあなたと二人きりでどこか遠くへ行けたなら、どんなにいいだろうっていつも思っていた。でも今は、あなたを救うことができなければその先なんてどこにもない。
もしこのチカラが、この家の外まで広げられるのなら、私はきっと大樹の元へ抜け出していただろう。二人だけの世界へ行けただろう。だけど、この家は牢なのだ。私のチカラが外に漏れないようにするための、牢なのだ。
だから、願うなら、こんな私ではない私であなたに出会いたかった。
産まれた時からの罪人である私じゃなかったら、きっと違ったのだろうか。
そんなことは、傲慢だろうか。
目を閉じれば、大樹の顔が浮かんでくる。
いつもこっそり屋敷に忍び込んでは、私に会いに来てくれて外の話をしてくれた。私が外出するときはこっそり近くを歩いてくれた。
あったかくて、柔らかい声は世界で一番好きな声だ。大きくてごつごつした男の人らしい手が、私の頭をなでてくれるあの瞬間が好きだ。「文字は下手なんだ」といいながらいつも手紙を持ってきてくれるところが好きだ。残念ながら屋敷の中に次の朝までには見つからないように燃やしておかなければならなかったが。私のことを「好きだ」といいながら笑うそのクシャっとした顔が好きだ。補足切れ長の目が、真剣に前を向いているときが好きだ。
チカラをのことばかりの他の人たちと違って、大樹が見ていてくれたのはいつも私のことだった。それが何よりうれしかった。それが何より幸せだった。それが何より大好きだった。
呼吸をするように揺れるクリーム色のカーテン。
その向こう側には、まだ、何もない。
まだ。
……まだ。
かさり。
木の葉が揺れた。
カーテンに人影が映る。
どきん、と、心臓が大きく跳ね上がる。慌てて窓辺へ駆け寄る。
「美月」
息が止まりそうになる。
あの瞬間、もう聞けなくなるって思った声が、もう触れられなくなるって思ったぬくもりが、もう見られなくなるって思った輝きがそこにはあった。
お日様と、ほんのり少し花の優しい香り。柔らかくって、あったかくって。
緑色の風が、そっと私の横を通り過ぎる。何かが繋がるような、結ばれていくような感覚。
「大樹」
それ以上は声にならなかった。
いや、その言葉も掠れてしまい、声になっていたかは分からない。
大樹の瞳に私が映る。
そっと手を伸ばす。
手と手が触れる。
あったかい。
そして、自分の身を向こうへ預けようと窓から身を乗り出した時だった。
「侵入者を捕らえろ!」
突然の大きな声に、耳の奥がキンと痛む。
ガラリガラリと音を立て、幸せな時間が崩れていく。胸の奥きゅうっと痛くなり、血流が早くなるのを感じる。
「違うわ!」
力の限り叫ぶけれど、ドカドカと押し寄せる足音の波にかき消される。
時間がない。このままだとまた、大樹がいなくなってしまう。
左手を高く掲げて、空を切る。覚えている限りの一番強いチカラ。
「お嬢、無事ですか」
黒いスーツを着た男たちが私に話しかけてくる。
うるさい、邪魔をするな。
「お嬢、その手を下ろしてください。大丈夫です」
なにも大丈夫じゃない。
口の中で言葉を転がす。とっておきの、一番の奴を。
大丈夫、私がすぐに助けるから。
大丈夫、絶対に私が守るから。
白い光が当たりを包む。
うまくいった。
……はずだった。
「侵入者は捉えました」
「どう、して」
喉に言葉が張り付いて、うまく出てこない。
「お嬢、我々に何をしようとしたんですか? 我々の服にはこの屋敷と同じ呪いが付けられていて、お嬢のチカラくらいなら何ともならないんですよ」
「なん、で」
「なんでって、お嬢、知っていましたでしょ?」
「し、らな、い」
「とにかく、もう不審者の肩を持つようなことはお辞めくださいね」
大樹は、不審者なんかじゃない!
手を伸ばしても、大きく口を開けても、声にはならなかった。出てくるのは透明な息ばかり。
「この家の外に秘密を漏らしてはなりません。これは、お嬢のためなんです」
男の一人が私の目をのぞき込む。
やめて。そういうのを私にするのは、大樹だけなんだ。お前らなんかにされたくないんだ。
「おい、こいつは処分していいのか?」
別の男が、縄で縛った大樹を蹴り飛ばしながらそう言った。
「大樹!」
力を振り絞って名前を呼ぶが、返事はなかった。意識がないのかぐったりとしていて、目は閉じていた。頬は傷だらけで、痛々しい。
「大樹。ねえ、大樹!」
お願い、返事をして。
「お嬢、落ち着いて」
がしりと後ろから押さえつけられ、その場から動くことができない。
「嫌だ! 大樹!」
訳が分からなくなるまで叫んだ。何度も何度も名前を呼んだ。声が枯れるまで呼んだ。
「ああ、決まり通りに」
嫌だ、嫌だ。
違うの。
お願いだから。
引き離さないで。
奪わないで。
それは私の大切な。
……大切な。
どうして、また。
私は、なんで。
ただ、好きなだけ。
私の、どうして。
「お嬢、どうぞこちらへ」
そういわれてもその場から動くことができなかった。
「ここは危ないです」
「お嬢の見るようなものじゃありませんよ」
彼らの手には、細長い棒状のものが握られていた。
ぽつり、ぽつり。
空から大粒の涙が降ってきた。それはやがて勢いを増し、私をまた、この牢獄に閉じ込める。
また、守れなかった。
私のせいだ。
どうして。
どうして。
どうして。
どうして。
雨が降り続いていた。
しとしとと、私を閉じ込めるような銀色の糸が落ちる。
「お嬢」
皴一つない黒いスーツを、ぴしりと着た男性が私に声をかける。
「一人にさせて」
生暖かい鉄の匂いが漂う。血の匂いだ。雨が降っているというのに、その匂いは消えるどころかどんどん強くなっていく。そして、黒い靄のように私にまとわりつく。
「ですが、お嬢」
「いいんです。もう。……いいのです」
なぜ私はこんな気持ちで、このチカラなんかを持っていなくてはいけなかったのだろう。もしも私がこんなものを持っていなかったら。
でも、そんなもしもの話は通用しない。
だから、
「もう一度」
唇からほろりと言葉が零れた。
裸足のまま庭に降りる。真新しかった白い花柄のワンピースが、切りそろえられた前髪が、腰まである乱れた黒髪が、冷たく、重たく、私の肌にまとわりつく。
「もう一度」
何回目だろうか。
もう数えることもやめてしまった。次こそはと思っていたのに。
戻れば戻るほど、戻れる時間は短くなっていく。次はどれだけ前に戻れるかわからない。
それでも。
「もう一度」
手を空にかざして、反時計回りに三度回す。口の中でそっと言葉を転がす。大切な人のための言葉を。
雨が止んだ。
いや。雨粒が下に落ちるのをやめたのだ。
空中に浮かぶ水の粒に、世界が逆さに映っている。
そして、すぅっと、なにかに引っ張られるように、空中にあったはずの水の粒が上に上がっていく。
そして──
***
「お嬢、どうされましたか」
気が付けば私は実家の廊下に立っていた。後ろに控えるのは、がっしりとした筋肉質の男性。その体格に合わない黒いスーツを着ている。
「どうって、なんですか?」
「いえ、いきなりぼーっとされたので、おからだの調子が悪いのかと」
なんだか自分が小さいもののように感じるのは、無駄に広いこの家のせいだろうか。日本家屋特有の、磨かれた松の柱が放つ光は、ジロジロと私のことを見つめている。
十八年過ごしている自分の家なのに、居心地が悪い。
縁側から、ぬっと蒸した風が吹き入る。もうすぐ雨が降る為なのか、それとも、誰かがその先の中庭で水やりをしたあとだからなのか。ただ、遠くから湿った土の香りがした。
空に浮かぶのは、厚く、重苦しい雲。今にも押しつぶされてしまいそうだ。
その隙間から1枚の布が落ちているように、陽の光が指す。
「そんなことはありません」
「本日は暑いですので、お飲み物をお持ちしましょうか」
ああ、前にも同じようなことを言われた。これは、事が起きる日の朝に言われた言葉だ。
今回戻ってこられたのは、こんなにも近い場所だったのか。その前に戻った時はもう一日前だったというのに。
この時間から一体何ができるのかわからない。でも、やらなくちゃいけないんだ。
そうでないと、あの人がまた、いなくなってしまう。
「そうね、お願いするわ」
後ろに控えていた男は頭を下げてから、私とは逆方向へ歩き出した。入れ替わりで別の男が後ろにつく。ひょろりとした細身の男だったが、先ほどの男と同様に黒いスーツを着ていた。
「ねえ」
「何でございましょうか」
「ちょっと散歩をするから、下がっていて」
「そういうわけにはいきません。もうすぐ満月ですので」
「いいじゃない。別に」
「いけません。チカラが暴走したらどうするのですか」
チカラ。こんなものせいで私は「お嬢」と呼ばれ続け、監視だらけの牢のようなこの無駄に広くて古い家に住んでいる。
今まで大切なものを守ることすらできない、意味のないチカラ。神の力の一部だといわれるチカラ。持っていたって意味のない、チカラ。月の満ち欠けで強さの変わるチカラ。
「そんなのどうだっていいじゃない」
そう呟いてみたものの、その言葉は力なく透明な空気の中に溶けていった。
「お嬢、お飲み物をお持ちしました」
さっき下がった男性が戻ってくる。
頷いてから部屋に戻るとグラスに注がれたミルクティーが机の上に置いてあった。
応接間のように大きなソファーが並べられたその部屋は、部屋の壁のほとんどが本棚になっている。背表紙に書いてある文字は、古くて読めないものもある。どれもこれも私のチカラだとか、神々がどうのとか、そんな話ばかり。
一口、ミルクティーを口に含むと甘くて懐かしい味がした。
まるで、あの人みたいだ。
ソファーにごろりと横になる。行儀悪いなんて言葉は知らない。
「大樹」
私のことを、唯一名前で呼んでくれる人。私の大切な人。私の愛する人。本当の私にとってすべてだといえる人。どんな時でも私を愛してくれる人。
あの人の名前を口に出すと、悲しさと、切なさと、寂しさと後悔がいっぺんにあふれてきて涙がこぼれそうになる。
「駄目よ、今度こそは」
自分で自分に言い聞かせるけれど、何をしたらいいかハッキリとは思いつかない。きっとタイミングさえ合えばあの方法で、あのチカラを使えば何とかなるはず。だって、物理的なダメージは効かない人ばかりだったから。
考えを巡らせても、結論は出てこなかった。
ただ、想いが募るばかり。
「会いたい」
本当はあなたと二人きりでどこか遠くへ行けたなら、どんなにいいだろうっていつも思っていた。でも今は、あなたを救うことができなければその先なんてどこにもない。
もしこのチカラが、この家の外まで広げられるのなら、私はきっと大樹の元へ抜け出していただろう。二人だけの世界へ行けただろう。だけど、この家は牢なのだ。私のチカラが外に漏れないようにするための、牢なのだ。
だから、願うなら、こんな私ではない私であなたに出会いたかった。
産まれた時からの罪人である私じゃなかったら、きっと違ったのだろうか。
そんなことは、傲慢だろうか。
目を閉じれば、大樹の顔が浮かんでくる。
いつもこっそり屋敷に忍び込んでは、私に会いに来てくれて外の話をしてくれた。私が外出するときはこっそり近くを歩いてくれた。
あったかくて、柔らかい声は世界で一番好きな声だ。大きくてごつごつした男の人らしい手が、私の頭をなでてくれるあの瞬間が好きだ。「文字は下手なんだ」といいながらいつも手紙を持ってきてくれるところが好きだ。残念ながら屋敷の中に次の朝までには見つからないように燃やしておかなければならなかったが。私のことを「好きだ」といいながら笑うそのクシャっとした顔が好きだ。補足切れ長の目が、真剣に前を向いているときが好きだ。
チカラをのことばかりの他の人たちと違って、大樹が見ていてくれたのはいつも私のことだった。それが何よりうれしかった。それが何より幸せだった。それが何より大好きだった。
呼吸をするように揺れるクリーム色のカーテン。
その向こう側には、まだ、何もない。
まだ。
……まだ。
かさり。
木の葉が揺れた。
カーテンに人影が映る。
どきん、と、心臓が大きく跳ね上がる。慌てて窓辺へ駆け寄る。
「美月」
息が止まりそうになる。
あの瞬間、もう聞けなくなるって思った声が、もう触れられなくなるって思ったぬくもりが、もう見られなくなるって思った輝きがそこにはあった。
お日様と、ほんのり少し花の優しい香り。柔らかくって、あったかくって。
緑色の風が、そっと私の横を通り過ぎる。何かが繋がるような、結ばれていくような感覚。
「大樹」
それ以上は声にならなかった。
いや、その言葉も掠れてしまい、声になっていたかは分からない。
大樹の瞳に私が映る。
そっと手を伸ばす。
手と手が触れる。
あったかい。
そして、自分の身を向こうへ預けようと窓から身を乗り出した時だった。
「侵入者を捕らえろ!」
突然の大きな声に、耳の奥がキンと痛む。
ガラリガラリと音を立て、幸せな時間が崩れていく。胸の奥きゅうっと痛くなり、血流が早くなるのを感じる。
「違うわ!」
力の限り叫ぶけれど、ドカドカと押し寄せる足音の波にかき消される。
時間がない。このままだとまた、大樹がいなくなってしまう。
左手を高く掲げて、空を切る。覚えている限りの一番強いチカラ。
「お嬢、無事ですか」
黒いスーツを着た男たちが私に話しかけてくる。
うるさい、邪魔をするな。
「お嬢、その手を下ろしてください。大丈夫です」
なにも大丈夫じゃない。
口の中で言葉を転がす。とっておきの、一番の奴を。
大丈夫、私がすぐに助けるから。
大丈夫、絶対に私が守るから。
白い光が当たりを包む。
うまくいった。
……はずだった。
「侵入者は捉えました」
「どう、して」
喉に言葉が張り付いて、うまく出てこない。
「お嬢、我々に何をしようとしたんですか? 我々の服にはこの屋敷と同じ呪いが付けられていて、お嬢のチカラくらいなら何ともならないんですよ」
「なん、で」
「なんでって、お嬢、知っていましたでしょ?」
「し、らな、い」
「とにかく、もう不審者の肩を持つようなことはお辞めくださいね」
大樹は、不審者なんかじゃない!
手を伸ばしても、大きく口を開けても、声にはならなかった。出てくるのは透明な息ばかり。
「この家の外に秘密を漏らしてはなりません。これは、お嬢のためなんです」
男の一人が私の目をのぞき込む。
やめて。そういうのを私にするのは、大樹だけなんだ。お前らなんかにされたくないんだ。
「おい、こいつは処分していいのか?」
別の男が、縄で縛った大樹を蹴り飛ばしながらそう言った。
「大樹!」
力を振り絞って名前を呼ぶが、返事はなかった。意識がないのかぐったりとしていて、目は閉じていた。頬は傷だらけで、痛々しい。
「大樹。ねえ、大樹!」
お願い、返事をして。
「お嬢、落ち着いて」
がしりと後ろから押さえつけられ、その場から動くことができない。
「嫌だ! 大樹!」
訳が分からなくなるまで叫んだ。何度も何度も名前を呼んだ。声が枯れるまで呼んだ。
「ああ、決まり通りに」
嫌だ、嫌だ。
違うの。
お願いだから。
引き離さないで。
奪わないで。
それは私の大切な。
……大切な。
どうして、また。
私は、なんで。
ただ、好きなだけ。
私の、どうして。
「お嬢、どうぞこちらへ」
そういわれてもその場から動くことができなかった。
「ここは危ないです」
「お嬢の見るようなものじゃありませんよ」
彼らの手には、細長い棒状のものが握られていた。
ぽつり、ぽつり。
空から大粒の涙が降ってきた。それはやがて勢いを増し、私をまた、この牢獄に閉じ込める。
また、守れなかった。
私のせいだ。
どうして。
どうして。
どうして。
どうして。
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