天野蒼空

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「ですからね、他人の目なんて気にしないで生きたらいいのですよ」

有名人が小さな画面の向こうで話していた。

「そんな事できたら楽だよ」
 私の独り言が暗い自室にこぼれ落ちた。

 どこにいっても誰かの目がある、そんな時代。評価を気にしないで生きることが出来る人なんて、一握りしかいないのではないだろうか。

 勇気のない、能力のない、容姿も良くない、特別になんてなれない私は、死ぬことすらできずに今日も時間を貪って生きている。

 ぼんやり光るスマホの画面を伏せて、手探りで机の引き出しからカッターナイフを取り出す。

 カチ、カチ、カチ、カチ。

 ゆっくりと刃を出す。そして、それをそっと手首に当てる。

 金属のひんやりとした冷たさが、少し心地良い。

 でも私は、そこから一ミリもそれを動かすことができない。

 そんな勇気がないからだ。

 もし、朝になってご飯を食べにリビングに言ったとき、傷だらけの手首を見たら両親はどうなるのだろうか。もし、学校で傷だらけの手首を友人が見たら、その後の関係は今のままでいられるのだろうか。

 どんな行動にも、目が気になる。

 良い行動も、悪い行動も、目が動くのだ。

 私はそれが怖い。

 そして、そんな自分が嫌いだ。いつも誰かの目を気にしてビクビクしている自分は、とても醜いのだ。

 誰かの目を気にして影のようにひっそりと生きる。そんな自分に息をする価値はそもそもあるのだろうか。そんなことを考えると、無性にこの場所から消えたくなってしまう。このまま存在ごと、最初からなかったことにできないだろうか。

 もう一度、カッターナイフをぐっと手首に押し当てる。

 やはり、一ミリも動かせない。

 私には動かす勇気なんてないのだ。

 私の悩みは所詮その程度で、私の存在もその程度なのだから仕方ない。SNSにはリストカットしたところの写真を撮って、公開する人もいるらしい。きっとその人達はそれだけの勇気がある人で、私なんかよりもずっと存在する価値のある人なのだろう。そして、生きることに執着のある人なのだろう。

 ふうっと息を吐いて、カッターナイフを元の位置に戻す。

 もしも、特別ななにかになれたら、変わるのだろうか。

 でも、ちっぽけな私は、なんにもできない。

 だから私は、特別になんかなれないのだ。

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