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「ね、海に行きたい」
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空が赤く燃えている。
パトランプみたいに目に焼き付くような赤だ。
目をそらしても、追いかけてくるような赤だ。
雲も、街も、空と同じ終わりを告げる赤色で染め上げられている。
灰色の鉄筋コンクリートでできた空に向かって伸びている直方体が、ところどころにヒビの入っている舗装道路の上に黒くて大きな影を落とす。
雲よりたくさん空に浮かんでいるのは、ラグビーボールのような形をした銀色の物体。飛行機の二、三倍位ある大きさのそれは、数えるだけで一日が終わってしまいそうだ。
「繰り返す。地球は我々、××××××に降伏した。二十四時間後から我々の支配下になることを望む生命体の回収を始める。その後、地球は我々によって破壊される。地球上の生命体は二十四時間後までに選択を完了しろ」
飛行体から機械で作られたような固い声が何十回も、何百回も流れてくる。それは日本語だけでなく、英語、中国語、ロシア語などでも繰り返され、私の知らない言語もたくさん流れてきた。きっと同じことを繰り返しアナウンスしているのだろう。
長いようで、一瞬にして終わった、地球外生命体「××××××」からの侵略が終わったのだった。
「終わったんだね」
私は自室のある三階のベランダからその様子を見ながら呟いた。
「終わったんだよ」
後ろから同棲している彼氏、遥輝がそっと私のことを抱きしめながら言った。
背中に伝わる温もりは、優しくて、そして少し淋しそうだった。
街は悲しみの叫びが溢れている。地球の降伏を認められない老人が叫んでいる。××××××の支配下に入ることに反抗したい若者が叫んでいる。地球がなくなることに絶望を感じた女性が叫んでいる。すべて夢だったと信じ込んでいる男性が叫んでいる。
「美穂、冷えるよ。中に入ろう」
遥輝のその言葉にうなずいて、私はその現実から目をそらした。
「そうだ、テレビ。今ならなにかテレビもやっているんじゃない?」
私は置物になってしまったテレビの電源をつけた。
しかし、流れてくる映像は何十年も昔に撮影されたであろう、どこかの川をゆっくり船が進んでいく様子に、のんびりとした音楽がついた、今の状況とはまるで正反対の映像だった。
「仕方ないよ。放送する人がいないんだし、どうせもう地球が降伏したってことは、電波だってジャックされているのかもしれないのだからね」
遥輝はため息交じりにそういった。
流れているものに予想はついていたから、そこまで落胆はしなかった。
××××××の侵略が始まって一年くらい経ったある日、どこのチャンネルをつけても山奥の風景や、今流れているような船と川などが流れていた。その日からテレビは同じ映像を繰り返し流すだけの置物になってしまっていた。
映像が切り替わる。
画面に映し出されたのは青い空と青い海。白い砂浜の上をヤドカリがちょこまかと歩いている。
「ね、海に行きたい」
潮の匂いが、波の音が、なんだか急に懐かしくなった。
「今から?」
口も目も大きく開けた顔がおかしくて、おもわず吹き出してしまう。
「何よその顔。当たり前じゃない」
「いいよ。どうせ全部最後なんだから」
世界一やさしい笑顔で遥輝はそう答えた。
「そうと決まれば、荷物の準備をしなくっちゃ」
押入れの中から、最近使うことのなくなっていたアウトドア用の少リュックサックを引っ張り出してきて、荷物を詰め込む。
配給されていたレーションと、カンパン、果物や魚の煮付けの缶詰。それから、数日前にたまたま手に入ったバターで作ったクッキー。
こんなことになるとは全く思っていなかったけれど、作っておいてよかった。
水筒の中に飲用水を入れて、水に溶かして作ることの出来るお茶の素やスープの素もリュックサックの中に詰める。
「電波をジャックされて中のデータが悪用される」なんて噂話が出回ってから使うことのなくなっていたスマートフォンの電源をつけて、地図アプリを開く。一年以上使っていなかったけれど、正常に作動して一安心だ。
ぎこちない手付きで、ここから一番近い海岸までの道のりを検索する。
「ここから八時間とちょっとだってさ」
「海って遠かったんだね」
私の手元を覗き込む遥輝はどこか寂しそうだった。
「車があればもう少し早くつくと思うけどね」
「車を動かすガソリンもないし、車も売ってしまったでしょ。それに自転車は一台しかないからな」
「じゃあ、二人乗りする?」
「その距離はちょっときついかも」
ふふふ、と、顔を見合わせて笑う。
「行こうか」
目の前に差し出された手をとって、立ち上がる。
「うん。行こう」
リュックを背負い、玄関の扉を開けた。
パトランプみたいに目に焼き付くような赤だ。
目をそらしても、追いかけてくるような赤だ。
雲も、街も、空と同じ終わりを告げる赤色で染め上げられている。
灰色の鉄筋コンクリートでできた空に向かって伸びている直方体が、ところどころにヒビの入っている舗装道路の上に黒くて大きな影を落とす。
雲よりたくさん空に浮かんでいるのは、ラグビーボールのような形をした銀色の物体。飛行機の二、三倍位ある大きさのそれは、数えるだけで一日が終わってしまいそうだ。
「繰り返す。地球は我々、××××××に降伏した。二十四時間後から我々の支配下になることを望む生命体の回収を始める。その後、地球は我々によって破壊される。地球上の生命体は二十四時間後までに選択を完了しろ」
飛行体から機械で作られたような固い声が何十回も、何百回も流れてくる。それは日本語だけでなく、英語、中国語、ロシア語などでも繰り返され、私の知らない言語もたくさん流れてきた。きっと同じことを繰り返しアナウンスしているのだろう。
長いようで、一瞬にして終わった、地球外生命体「××××××」からの侵略が終わったのだった。
「終わったんだね」
私は自室のある三階のベランダからその様子を見ながら呟いた。
「終わったんだよ」
後ろから同棲している彼氏、遥輝がそっと私のことを抱きしめながら言った。
背中に伝わる温もりは、優しくて、そして少し淋しそうだった。
街は悲しみの叫びが溢れている。地球の降伏を認められない老人が叫んでいる。××××××の支配下に入ることに反抗したい若者が叫んでいる。地球がなくなることに絶望を感じた女性が叫んでいる。すべて夢だったと信じ込んでいる男性が叫んでいる。
「美穂、冷えるよ。中に入ろう」
遥輝のその言葉にうなずいて、私はその現実から目をそらした。
「そうだ、テレビ。今ならなにかテレビもやっているんじゃない?」
私は置物になってしまったテレビの電源をつけた。
しかし、流れてくる映像は何十年も昔に撮影されたであろう、どこかの川をゆっくり船が進んでいく様子に、のんびりとした音楽がついた、今の状況とはまるで正反対の映像だった。
「仕方ないよ。放送する人がいないんだし、どうせもう地球が降伏したってことは、電波だってジャックされているのかもしれないのだからね」
遥輝はため息交じりにそういった。
流れているものに予想はついていたから、そこまで落胆はしなかった。
××××××の侵略が始まって一年くらい経ったある日、どこのチャンネルをつけても山奥の風景や、今流れているような船と川などが流れていた。その日からテレビは同じ映像を繰り返し流すだけの置物になってしまっていた。
映像が切り替わる。
画面に映し出されたのは青い空と青い海。白い砂浜の上をヤドカリがちょこまかと歩いている。
「ね、海に行きたい」
潮の匂いが、波の音が、なんだか急に懐かしくなった。
「今から?」
口も目も大きく開けた顔がおかしくて、おもわず吹き出してしまう。
「何よその顔。当たり前じゃない」
「いいよ。どうせ全部最後なんだから」
世界一やさしい笑顔で遥輝はそう答えた。
「そうと決まれば、荷物の準備をしなくっちゃ」
押入れの中から、最近使うことのなくなっていたアウトドア用の少リュックサックを引っ張り出してきて、荷物を詰め込む。
配給されていたレーションと、カンパン、果物や魚の煮付けの缶詰。それから、数日前にたまたま手に入ったバターで作ったクッキー。
こんなことになるとは全く思っていなかったけれど、作っておいてよかった。
水筒の中に飲用水を入れて、水に溶かして作ることの出来るお茶の素やスープの素もリュックサックの中に詰める。
「電波をジャックされて中のデータが悪用される」なんて噂話が出回ってから使うことのなくなっていたスマートフォンの電源をつけて、地図アプリを開く。一年以上使っていなかったけれど、正常に作動して一安心だ。
ぎこちない手付きで、ここから一番近い海岸までの道のりを検索する。
「ここから八時間とちょっとだってさ」
「海って遠かったんだね」
私の手元を覗き込む遥輝はどこか寂しそうだった。
「車があればもう少し早くつくと思うけどね」
「車を動かすガソリンもないし、車も売ってしまったでしょ。それに自転車は一台しかないからな」
「じゃあ、二人乗りする?」
「その距離はちょっときついかも」
ふふふ、と、顔を見合わせて笑う。
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目の前に差し出された手をとって、立ち上がる。
「うん。行こう」
リュックを背負い、玄関の扉を開けた。
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