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 身支度を整えたハティスが食堂に向かうと、既にレヴェントが席に着いていた。
 
 朝の冷んやりした独特の空気と窓から降り注ぐ光に包まれたレヴェントはこの上なく崇高で、気怠げな色気もたたえたその姿にハティスはしばらく見入っていた。
 
 
「おはよう、ハティス」

「おはようございます、レーヴェ様」
 
 入口付近で佇むハティスに気づいたレヴェントが席を立って迎えにきた。
 
「どうかした?」
 
「朝早くのレーヴェ様に見惚れてしまいました」
 
「……えっ?」
 
 瞠目するレヴェントにふんわり微笑みかけて、ハティスはレヴェントの差し出した手を取る。
 
 そうして二人は並んで座った。

  
「よく眠れた?」

「はい、ぐっすりです」
 
 眠れたかと問うレヴェントの言葉に、ハティスは菫色の魔石に触れた。
 
 繰り返し悪夢を見た。あれは夢ではなく以前の記憶なのかもしれない。不思議とレヴェントからネックレスを贈られた日以降見ていない。
 
 眠れたと柔らかく微笑むハティスに、レヴェントは胸をなで下ろす。
 
 公爵家に泊まった日うなされているハティスに胸が痛んだ。どんな時でも穏やかにいてほしいと願っている。

 手を伸ばしてチョコレート色の髪に触れた。

「ふわふわだ」

「朝は大変なんですよ」

「今度俺がしよう」

「ふふ……」

 髪を撫でる手が心地よくてハティスは瞳を細める。レヴェントは指先でふわふわを丁寧に梳かす。
 
「今日はうちに来る日だろう?義母さんに自慢されたよ。楽しみにしているみたいだ」
 
「刺繍を教えていただく約束をしています。何度か試したけど全然駄目でした。公爵夫人にご相談したら誘ってくださったの」
 
「俺も早めに帰るよ。夕食も一緒に食べようか。向こうでゆっくり過ごすといい」
 
「ではお帰りをお待ちしていますね」


 
(自分の邸なのに入りづら……)
 
 なぜレーヴェは髪に触れている。なぜハティスはなにも言わない。
 
 朝から勘弁してくれ、エディは思った。
 




 

「ではお兄様、レーヴェ様、行ってらっしゃいませ」

「うん、行ってくるよ」
  
「…………俺はここに残る」
 
 その場にいたハティス、ジェム、家令、エディの四名は硬直した。
 
 ただ一人、レヴェントが当然のようにハティスを背後から抱きしめる。
 
「ハティスを一人残すのは危険すぎると思う。エディ、お前だけ行け」
 
「ふざけるな、どう考えてもお前が一番危険だろうが」

「ふざけてなどない」

「おい、僕の妹から離れろ」

「嫌だ」

 二人が言い争う中、なんとかしろという無言の圧を感じたハティスは、振り向いて手に持っていたマントをレヴェントに差し出す。

「時間がなかったのでアイロンでシワだけ取りました。初めてだから上手くできなかったけれど、次はもっとがんばります」

 そう言いながら背伸びして長身のレヴェントの左肩にマントを掛けた。その手にレヴェントが手を重ねる。
 
「ハティス、ありがとう」
 
「ふわぁ、眩しっ。……すてきです、とても。お帰りを公爵家でお待ちしております」

「じゃあ行ってくるから!」
 
 エディはレヴェントを引きずって、無理やり馬車に押し込んだ。





 
「レーヴェ、ハティスが好きなのはわかる。僕のハティスはかわいくて天使だからな。だがベタベタと触るな。昨日も話したがハティスは婚姻前だからな!それから震えるのやめろ」
 
「ハティスがかわいくて天使なのは同意する。その上清楚で美しいからな。だがではない、だ。兄でも不快になるからやめろ」

 走り出した馬車の中、エディは思いきり眉を顰める。
 
 真面目な顔してなにを語り出すのかと思ったら……
   
「ハティスは僕の妹だぞ、お前になんの権利があって……待て、そこじゃないわ!ベタベタ触るのをやめろって話だ。全くお前と話してたらわけがわからなくなるな」
 
「俺のハティスが手ずからマントを肩に掛けてくれたんだ。さっきのあれは夫を愛する妻が愛する夫のためにする行為だろう。かわいい妻が待ってるからすぐ帰らないと。外は危険だからもう邸から出さないようにしないといけないな……」

「お前……」
  
 なんだこいつ……
 
 思考が犯罪者のそれじゃないか。このままじゃ妹が危ない。騎士団に通報を……待て。こいつが取り締まる側の騎士じゃないか。
 
 エディは天を仰いで瞑目し、目の前で震える男を無視して会計報告について集中した。



「エディ」

「……ああ」

 向き合ったレヴェントは普段の冷たい空気を纏っていた。

「ダヴィト・リファートが本日付けで職場復帰する。そちらは問題ない。例の令嬢も社交に復帰するだろう。お前も留意してくれ」
 
「そうか、だが今回はお前がいるから僕は悲観していないよ」

 やはり頼りになる男だと、エディは口の端を緩く持ち上げる。
 

「……なんだ、エディ?」

「お前がいてくれてよかったよ」

「俺も同じ事を考えてる」

「はは、それはうれしいな」


 向かいに座るレヴェントはそわそわと落ち着かない。エディは嫌な予感がした。

「俺は報告書を作成したら即帰る」

「…………おい。ふざけるな」

 前言撤回だ、とエディは雑に髪をかき上げた。


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