風雨のち、おかえり

manato

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大雨と、出逢い。

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 金曜日。21時。駅に向かって流れるビニール傘。その傘を壊さんばかりに降り注ぐ雨。

 頭が痛い。吐き気もする。でも誰にも助けを求められない。

人の渦の中で孤独に押しつぶされ、私の意識は遠のく。

「大丈夫ですか」
 傾いた肩を支えられたとき、一瞬ほっとした自分がいた。

「大丈夫ですか」

 深藍しんらんのゆるくパーマがかかった髪。皺の無いスーツ。高い位置にあった顔が私をのぞき込んでくる。



 私に手を差し伸べたのは取引先の若い社員の霧島だった。



「大丈夫です。 軽い貧血を起こしただけなので」

 霧島は少し困ったように眉根を寄せた。

「いや、実際今倒れかけてたし。一度休みましょう」

こいつにはどうしても頼りたくなかった。取引先の後輩を頼るなんて弱みを見せるようでいけ好かない。

でも。もう意識を保つのも限界だった。











 雨音。ニュース原稿を読むラジオの声。 意識が戻ると、私は車の中で寝ていた。
チェアーが倒され、体の上にタオルが乗っていた。

「具合はどうですか」

運転席の彼がこちらを見ずに問いかけた。

「いや……はい、大丈夫です」

「本当に? 」

霧島は振り向いた。その顔は曇っていた。

「震え、収まりませんね。顔色も悪いし。本当に貧血だけですか」

目は、心底心配だと言っていた。

「ちょっと、低気圧が苦手で。でも、大丈夫です。ありがとうございました」

少しのめまいに耐えながらドアのレバーに手をかける。

「低気圧が苦手なら」

「今日は良くなりませんね」

 車内に響いたその声に体が固まる。

「送ります。 住所どこですか」

「あの、いや、」

「送らせてください」
問答無用。彼が少し強引な男であることを、その日初めて知る。




 それからというもの、調子が悪い日に限って彼と居合わせるようになった。

「送らせてください」

その言葉に甘えている自分もいた。

いつもマンションの前で車から降ろしてもらっていた。でも、その日は本当にダメだった。

「部屋まで送ります」

「いい」

「でも……」

「大丈夫だから」

リクライニングソファーからなんとか起き上がり、ドアを開ける。そして一歩踏み出した先で、何もないところで、つまずいて転んだ。

膝をついた私に豪雨が降り注ぐ。涙が出てきた。冷たい雨。頭痛。無様な自分。


「先輩っ」

慌ててフロント座席から降りてきた後輩に、

抱きしめられた。

スーツの湿ったにおい。 彼の体もどちらかというと冷たかった。

 涙がとめどなく溢れ、拭っても拭っても止まらない。

傘もささず、彼に抱きしめられ、二人一緒にずぶぬれになった。

本当に馬鹿だ。




「入って」

「すみません」

部屋に人を上げることなんてほとんどなかった。

それにここ数日の不安定な天候で部屋も荒れていた。

無言でバスタオルを投げてよこす。できればはやく帰ってほしい。

「膝、けがしませんでしたか」

心臓がぎゅっとした。ずっと目を背けていた膝の痛み。血が出ているのは確実だった。

「大丈夫だって。それより、あなたこそ早く体拭きなよ」

脱衣所でスーツのパンツを脱いで膝を見るとやっぱり血が出ていた。

風呂場で膝を洗いタオルをあてる。

脱衣所を出ると霧島は所在なさげに突っ立っていた。

「先輩、はやく寝てくださいね。 俺は、帰るんで」

居心地悪そうな顔をした後輩はいそいそと帰り支度を始めた。

「待って。 本当に助かった。だから、風呂使っていいし、ドライヤーも使っていいから。
そのままじゃ風邪ひくから……。」

後輩は振り返って微笑んだ

「俺、ちょっとやそっとじゃ風邪ひかないんで。
先輩こそ、風邪に気をつけてください」

霧島が部屋を出ていく。

 張りつめていた緊張が解け、また頭痛と吐き気が襲う。

帰らないで、と言えばよかった。








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